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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第2章 飢えの理由、商会の影

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第20話 招かれざる客と、古の記録

 凍りついた祭りの広場で、オルランドは、傲然と顎を上げた。


「セレスティア。久しいな。——使者を寄越したはずだが、つれない返事だったと聞く。だから、私自ら、足を運んでやったのだ」


 人々がざわめく中、彼は、わたくしを見下ろして言い放った。


「考え直せ。お前を、王都へ連れ戻してやる。宮廷の食を、立て直すためだ。——ふん、こんな田舎で燻っているより、よほど名誉なことだろう?」


 その、あまりに身勝手な物言いに、村人たちの間から、怒りのざわめきが湧き起こった。けれど、わたくしは、静かに、そして、はっきりと答えた。


「お断りいたします。——何度、おいでになっても、同じです」


「なん、だと」


「殿下。あなたは、わたくしを“出来損ない”と罵り、捨てました。そして、ご自分が困った途端、今度は戻れと仰る。——あなたにとって、わたくしは、いったい何なのでしょう。都合のいい、道具ですか?」


「く……っ、口の減らない女だ! いいか、これは——」


「殿下」


 低く、凍てつく声が、オルランドの言葉を遮った。


 アルヴィスだった。わたくしを背に庇うように、一歩、前へ出る。その全身から放たれる、戦場で鍛えられた圧倒的な威圧感に、オルランドが、思わず、たじろいだ。


「我が妻は、王都行きを断った。三度も、だ。これ以上、妻を煩わせるなら——たとえ王太子であろうと、辺境伯として、相応の対応を取らせていただく」


「へ、辺境伯ごときが、私に逆らうのか!」


「逆らう? いいえ」


 わたくしは、アルヴィスの隣に並んで、微笑んだ。


「殿下。どうぞ、王都へお帰りになって、こうお伝えください。——“食の魔術師”は、辺境で、幸せに暮らしている、と。そして、宮廷の食を立て直したいなら、まずは、人を大切にすることから始めるべきだ、と」



 それは、痛烈な一言だった。


 オルランドの顔が、屈辱で、真っ赤に染まる。けれど、彼は、何も言い返せなかった。豊かに栄える辺境。領主と固く結ばれ、人々に愛される、かつての婚約者。そのすべてが、彼自身の過ちを、これ以上ないほど雄弁に、突きつけていたからだ。


「……っ、覚えていろ。この無礼、王家への侮辱だ。——必ず、後悔させてやる!」


 捨て台詞を残し、オルランドは、ミレーユを引き連れ、来たとき以上に惨めな様子で、馬車へと戻っていった。豪奢な馬車が、逃げるように、南へと走り去る。


 それを見送って——広場に、どっと、歓声が沸き起こった。


「ざまあみろ、だ!」

「よくぞ言ってくださった、奥方様!」


 凍りついていた祭りの空気が、一瞬で、解け、いっそうの熱気に包まれる。けれど、わたくしは、晴れやかな気持ちの裏で、小さな棘のような不安を、感じてもいた。


 ——王家を、はっきりと、敵に回した。オルランドは、必ず、報復してくる。今回のように、簡単には引かない、もっと大きな力で。嵐は、まだ、去ってなどいない。これは、その序章にすぎないのだ。



 祭りが終わり、夜も更けた頃。


 わたくしは、ひとり、館の古い書庫にいた。昼間、セバスが語った、あの言い伝え。“食べ物の本当の姿が視える力”を持ち、この地を楽園に変えたという、いにしえの領主。それが、どうしても、頭から離れなかったのだ。


 埃をかぶった、古い記録の山。その中から、わたくしは、一冊の、革表紙の書物を見つけ出した。辺境伯家に伝わる、最も古い時代の記録。震える指で、頁をめくっていく。


 そして——わたくしの手が、止まった。


 そこには、こう記されていた。


『建国の祖、初代辺境伯ヴァルドは、“神の舌”を持つ者なりき。その者、あらゆる食物の真価を見通し、痩せたるこの地に、豊穣をもたらせり。されど——』


 ページをめくる手が、汗ばむ。


『されど、その力は、ただ恵みをもたらすのみにあらず。古き盟約により、“神の舌”を継ぐ者、再びこの地に現れしとき。——失われし、世界の理が、動き出すであろう』


“神の舌”。あらゆる食物の真価を見通す力。それは、まぎれもなく、わたくしの《美食家の舌》と、同じものだった。


 さらに頁をめくると、色褪せた一枚の挿絵があった。豊かに実る大地の中心で、人々に料理を振る舞う、一人の人物。その傍らには、小さく、こう添え書きがされていた。——『舌は、人と、人ならざるものとを、繋ぐ鍵なり』と。


 人ならざるもの。その不穏な響きに、背筋が、ぞくりとした。


 わたくしが、この異世界に転生したのは。よりにもよって、この辺境ヴァルドの地に嫁いだのは。そして、ハズレと呼ばれた《美食家の舌》を授かったのは。——本当に、ただの、偶然だったのだろうか。


 いいえ、と、胸の奥で、誰かが囁く。偶然なんかじゃない。まるで、何か大きな意志に導かれるように、わたくしは、ここへ“呼ばれた”のではないか。痩せたこの地を、もう一度、豊穣で満たすために。そして——その先にある、“失われた世界の理”とやらに、触れるために。


『失われし、世界の理が、動き出すであろう』


 その一文が、暗い書庫の中で、やけに重く、胸にのしかかってきた。


 これまで、わたくしは、ただ目の前の人を笑顔にしたくて、料理を作ってきた。飢えた村を救い、凍えた心を溶かし、それで十分だと思っていた。けれど、どうやら、わたくしの物語は、それだけでは、終わらせてもらえないらしい。


 窓の外、祭りの名残の篝火が、ゆらゆらと揺れている。わたくしの、ささやかな“やり直し”の物語は——どうやら、わたくし自身も知らぬうちに、もっと大きな、世界の秘密へと、繋がりはじめていたのだ。


 明日からも、変わらず、わたくしは厨房に立つだろう。この辺境の人々のために、そして、愛する人のために。けれど、その足元で、世界を揺るがす歯車が、静かに、回りはじめている。


 ——その予感を抱きしめて、わたくしは、古い書物を、そっと閉じた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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