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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第2章 飢えの理由、商会の影

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第18話 収穫祭の準備

 商会との一件が落ち着いた頃、季節は、すっかり実りの秋を迎えていた。


 ヴァルドの変化は、目を見張るものだった。村と村が繋がり、知識が行き渡り、痩せていた畑には、ほどよく作物が実りはじめている。漁村は活気づき、保存食づくりは領地の産業に育ち、街への販路も、しなやかな形で広がった。一年前——わたくしが嫁いできたあの日の、飢えと諦めに沈んだ辺境は、もう、どこにもなかった。


 そんなある日、家令のセバスが、少し改まった様子で、わたくしに言った。


「奥方様。実は、村の者たちから、お願いがございまして」


「お願い?」


「はい。——“収穫祭”を、開きたいと」


 セバスの目が、潤んでいた。


「ヴァルドでは、その昔、実りの秋に、領地をあげて収穫祭を催すのが習わしでした。ですが、戦と飢饉で、もう何年も、誰もそんな気力を持てずにいた。……それが、今年は、違います。皆、口を揃えて言うのですよ。『今年こそ、祭りがやりたい』と。『奥方様と旦那様に、感謝を伝えたい』と」


 それから、セバスは、ふと懐かしむように目を細めた。


「……この収穫祭にはね、奥方様。古い言い伝えがあるのですよ。なんでも、はるか昔、この地が今よりずっと豊かだった頃。“食べ物の本当の姿が視える”という、不思議な力を持った方が、この土地を治めていたとか。その方が、痩せた大地を、実り豊かな楽園に変えたのだと。収穫祭は、その方への感謝から始まった、とも言われております」


 わたくしは、思わず、息を呑んだ。


 ——食べ物の、本当の姿が視える。それは、まるで、わたくしの《美食家の舌》そのものではないか。偶然、だろうか。それとも……。


 胸の奥で、何か、小さな疑問が、ぽつりと灯った。けれど、今は、それを深く考えている暇はなかった。


 胸が、じんと熱くなった。祭り。それは、ただの宴ではない。人々の心に、もう一度、“余裕”と“喜び”が戻ってきた、何よりの証だ。


「……素敵です。やりましょう、収穫祭。盛大に!」



 その日から、館も村も、祭りの準備に沸き立った。


 わたくしは、料理の総指揮を任された。なにしろ、領地中の恵みが集まる、一年で一番の大舞台。腕が鳴らないわけがない。芋の村の芋、豆の村の豆、漁村の魚、各地の作物。それらを、どう組み合わせ、どう最高の一皿に仕立てるか。頭の中で、《美食家の舌》が、次々と献立を描いていく。


 村の女たちが、厨房に集まってくる。かつて、わたくしが一つひとつ伝えた知識は、もう、彼女たちのものになっていた。


「奥方様、この豆は、こうやって潰すんですよね!」

「燻製は、あたしに任せてくだせえ。すっかり得意になっちまったんで!」


 みんな、生き生きとしている。料理を、心から楽しんでいる。その光景に、わたくしは、何度でも、胸を打たれた。わたくしが渡したかったのは、これだ。一皿の料理だけじゃない。人々が、自分の手で、豊かさを生み出していける——その、力そのもの。


 そして、わたくしには、ひとつ、温めている構想があった。


 祭りの目玉となる、特別な一皿。それは、ヴァルドのすべてを、ひと皿に集めた料理。漁村の魚で取った、黄金色の出汁。芋の村の、ほくほくの芋。豆の村の、滋味あふれる豆。各地の作物を、惜しみなく。そして、魚醤と燻製で、深いコクを。——いわば、領地中の村が、手を取り合って生まれる、“ヴァルドそのもの”を煮込んだ大鍋料理。


 頭の中で、その完成図を思い描くだけで、胸が高鳴った。一年前、ばらばらに飢えていた村々が、今、ひとつの鍋の中で、溶け合って、極上の味を生み出す。これ以上、この祭りにふさわしい料理が、あるだろうか。


「絶対に、最高のものを作ります。——皆が、一生、忘れられないような」


 そう呟くと、村の女たちが、わっと沸いた。期待に満ちた、明るい笑顔。その一つひとつが、わたくしの原動力だった。



 準備に追われる中、ふと厨房の窓から外を見ると、アルヴィスの姿があった。


 彼は、祭りのために組まれていく櫓や、運び込まれる食材を、静かに眺めていた。その横顔は、穏やかで——けれど、どこか、複雑な色も滲んでいた。


 わたくしは、厨房を抜け出し、彼の隣に立った。


「アルヴィス様。どうかなさいました?」


「……いや」


 彼は、ゆっくりと口を開いた。


「思い出していた。——最後に、この地で祭りがあったのは、母が、まだ生きていた頃だ。あの頃は、毎年、この広場が、人と笑い声で溢れていた。それが、戦で、すべて消えた。二度と、戻らないと思っていた」


 彼の瞳が、準備に賑わう広場を、まぶしそうに見つめる。


「それが、また、帰ってくる。お前のおかげで。——なあ、セラ。おれは、夢を見ているんじゃないだろうな」


 その声に滲む、かすかな震え。五年間、笑うことを自分に許さなかった人が、戻ってきた幸福を前に、それを信じていいのか、まだ怖がっている。


 わたくしは、そっと、彼の手に、自分の手を重ねた。


「夢じゃありません。これは、現実です。あなたが諦めずに守り抜いた、この土地が、ちゃんと、応えてくれたんです。——だから、アルヴィス様。今年の祭りは、誰よりも、あなたが楽しんでくださいね」


 アルヴィスは、わたくしを見下ろし——ふっと、やわらかく微笑んだ。


「ああ。……そうだな」


 重ねた手の温もりが、心地よかった。秋の風が、二人の間を、やさしく吹き抜けていく。


 数日後に迫った、収穫祭。それは、ヴァルドの再生を祝う、晴れの舞台になるはずだった。


 ——そして、その祭りの日が、思いがけない再会と、新たな波乱の幕開けになることを、このときのわたくしは、まだ知らなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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