第17話 広場の決着
決行の日は、街の市が立つ、いちばん人の集まる日に定めた。
街の中央広場に、わたくしたちは、ささやかな屋台を構えた。大きな鍋から、湯気が立ちのぼる。魚醤を効かせた、具だくさんの汁物。香ばしく焼いた、燻製肉。どれも、ヴァルドの恵みと、本物の手間だけで仕上げた品。
「さあ、どうぞ! ヴァルド産の品を使った料理です! ただで、味見ができますよ!」
ハンスが、声を張り上げる。最初は、遠巻きに見ていた人々も、漂う香りには勝てなかった。一人、また一人と、おそるおそる、屋台に近づいてくる。
そして、ひと口、口にした瞬間——
「……う、うまいっ!」 「なんだこれ、止まらねえ! こんな深い味、初めてだ!」
歓声が、広場に弾けた。
◇
「お客さん、ちょっと、聞いてください」
頃合いを見て、わたくしは、集まった人々に語りかけた。
「最近、市場で、安い『ヴァルド産魚醤』が出回っているのを、ご存知ですか? ——実は、あれは、偽物なんです」
ざわ、と人垣が揺れた。
「ここに、その偽物があります。そして、こちらが、本物。どうか、両方を、食べ比べてみてください。どちらが、本物のヴァルドの味か——皆さんの舌で、確かめていただきたいんです」
わたくしは、二つの小皿を、人々に配って回った。バルトロスが流した、安売りの偽物。そして、わたくしたちの、本物。
結果は、語るまでもなかった。
偽物を口にした人々が、一様に顔をしかめる。
「うえ、生臭い」
「こんなの、ヴァルドの味じゃない」
そして、本物をひと口すすった瞬間、その表情が、ぱっと輝く。
「ああ、こっちだ!」
「全然、違う! 比べ物にならねえ!」
「ひでえ話だ。あの安いの、偽物だったのか!」
「道理で、評判ほどじゃないと思ったぜ。本物は、こんなにうまいのに!」
怒りと、納得の声が、広場を満たしていく。バルトロス商会が、評判を落とすために流した偽物。それが、本物と並べられた瞬間、逆に、本物の素晴らしさを際立たせる“引き立て役”に成り果てた。
人垣の中に、ひときわ厳しい目つきの、白髪の老人がいた。長年、街で食堂を営んできたという、頑固一徹の料理人だ。彼は、腕を組んだまま、無言で本物の汁物をひと口すすり——しばらく、瞑目した。
「……出汁の取り方が、丁寧だ。魚醤の使い方も、心得ている。小手先じゃない。これを作った奴は、本物だ」
ぼそりと、けれど確かな声で、彼は言った。長年、舌一本で生きてきた職人の、お墨付き。その一言が、周囲の信頼を、決定づけた。
——してやったり、だった。
◇
その様子を、広場の隅から、苦々しげに見つめる一団がいた。
仕立てのいい服を着た、商会の手の者たちだ。彼らは、想定外の事態に、明らかに動揺していた。本物を直接、人々の舌に届けられては、偽物の安売り作戦は、まるで意味をなさない。それどころか、悪評が、自分たちに跳ね返ってくる。
その中の一人、ひときわ身なりのいい、神経質そうな男が、つかつかと屋台に歩み寄ってきた。
「……貴様が、ヴァルドの女主人か」
押し殺した声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
「私は、バルトロス商会で番頭を務める者だ。……ずいぶん、派手な真似をしてくれるな。これが、どういう結果を招くか、わかっているのか?」
「あら」
わたくしは、にっこりと微笑んだ。
「派手な真似をしているのは、どちらでしょう? 人の品の名を騙って、粗悪な偽物を売りさばく。——そちらのほうが、よほど派手で、よほど卑怯なやり口だと思いますけれど」
番頭の頬が、ぴくりと引きつった。
「ぐ……っ。だ、誰が、そんなことを」
「では、この偽物が、どこの誰の手によるものか、街の皆さんの前で、はっきりさせましょうか? わたくしは、構いませんよ。——後ろ暗いのは、そちらでしょう?」
正面から、まっすぐに切り返す。番頭は、ぐっと言葉に詰まった。周囲の人々の視線が、じわじわと、商会の男たちに集まりはじめている。ここで下手に騒げば、自分たちが偽物の出所だと、自白するようなもの。
「……覚えていろ。これで、終わると思うなよ」
捨て台詞を残し、番頭は、足早に去っていった。その背中を見送って、ハンスが、ぷっと吹き出した。
「ははっ、ざまあみろ! 完全に、こっちの勝ちだ! 奥方様、お見事!」
◇
その日を境に、潮目が変わった。
街の人々は、すっかり、本物のヴァルドの品の虜になった。
「あの偽物に騙されるな、本物はここだ」と、口コミが広がっていく。そして——バルトロスに買い叩かれ、虐げられてきた小さな料理人たちが、次々と、わたくしたちのもとへ集まってきた。
「うちで、ヴァルドの品を扱わせてくれ」
「あんたらのやり方に、惚れた。協力させてくれよ」
小さな繋がりが、無数に生まれていく。一つひとつは小さくとも、束になれば、巨大商会の妨害も届かない、しなやかで強い販路に育っていく。
巨人の力を、数と味で迎え撃つ。その戦いは——わたくしたちの、鮮やかな勝利で幕を閉じた。
けれど、わたくしは、気を緩めてはいなかった。
バルトロス商会は、王都に通じている。今回の敗北を、奴らは、必ず、王都へ告げ口するだろう。——そして、その先にいるのは。
(オルランド殿下。……そして、わたくしを、目障りに思う、あの人たち)
辺境の小さな勝利は、やがて、もっと大きな嵐を呼び込む。その予感が、勝利の余韻の中で、ひそかに、胸をよぎっていた。
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