表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第2章 飢えの理由、商会の影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/57

第17話 広場の決着

 決行の日は、街の市が立つ、いちばん人の集まる日に定めた。


 街の中央広場に、わたくしたちは、ささやかな屋台を構えた。大きな鍋から、湯気が立ちのぼる。魚醤を効かせた、具だくさんの汁物。香ばしく焼いた、燻製肉。どれも、ヴァルドの恵みと、本物の手間だけで仕上げた品。


「さあ、どうぞ! ヴァルド産の品を使った料理です! ただで、味見ができますよ!」


 ハンスが、声を張り上げる。最初は、遠巻きに見ていた人々も、漂う香りには勝てなかった。一人、また一人と、おそるおそる、屋台に近づいてくる。


 そして、ひと口、口にした瞬間——


「……う、うまいっ!」 「なんだこれ、止まらねえ! こんな深い味、初めてだ!」


 歓声が、広場に弾けた。



「お客さん、ちょっと、聞いてください」


 頃合いを見て、わたくしは、集まった人々に語りかけた。


「最近、市場で、安い『ヴァルド産魚醤』が出回っているのを、ご存知ですか? ——実は、あれは、偽物なんです」


 ざわ、と人垣が揺れた。


「ここに、その偽物があります。そして、こちらが、本物。どうか、両方を、食べ比べてみてください。どちらが、本物のヴァルドの味か——皆さんの舌で、確かめていただきたいんです」


 わたくしは、二つの小皿を、人々に配って回った。バルトロスが流した、安売りの偽物。そして、わたくしたちの、本物。


 結果は、語るまでもなかった。


 偽物を口にした人々が、一様に顔をしかめる。

「うえ、生臭い」

「こんなの、ヴァルドの味じゃない」

そして、本物をひと口すすった瞬間、その表情が、ぱっと輝く。

「ああ、こっちだ!」

「全然、違う! 比べ物にならねえ!」


「ひでえ話だ。あの安いの、偽物だったのか!」

「道理で、評判ほどじゃないと思ったぜ。本物は、こんなにうまいのに!」


 怒りと、納得の声が、広場を満たしていく。バルトロス商会が、評判を落とすために流した偽物。それが、本物と並べられた瞬間、逆に、本物の素晴らしさを際立たせる“引き立て役”に成り果てた。


 人垣の中に、ひときわ厳しい目つきの、白髪の老人がいた。長年、街で食堂を営んできたという、頑固一徹の料理人だ。彼は、腕を組んだまま、無言で本物の汁物をひと口すすり——しばらく、瞑目した。


「……出汁の取り方が、丁寧だ。魚醤の使い方も、心得ている。小手先じゃない。これを作った奴は、本物だ」


 ぼそりと、けれど確かな声で、彼は言った。長年、舌一本で生きてきた職人の、お墨付き。その一言が、周囲の信頼を、決定づけた。


 ——してやったり、だった。



 その様子を、広場の隅から、苦々しげに見つめる一団がいた。


 仕立てのいい服を着た、商会の手の者たちだ。彼らは、想定外の事態に、明らかに動揺していた。本物を直接、人々の舌に届けられては、偽物の安売り作戦は、まるで意味をなさない。それどころか、悪評が、自分たちに跳ね返ってくる。


 その中の一人、ひときわ身なりのいい、神経質そうな男が、つかつかと屋台に歩み寄ってきた。


「……貴様が、ヴァルドの女主人か」


 押し殺した声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。


「私は、バルトロス商会で番頭を務める者だ。……ずいぶん、派手な真似をしてくれるな。これが、どういう結果を招くか、わかっているのか?」


「あら」


 わたくしは、にっこりと微笑んだ。


「派手な真似をしているのは、どちらでしょう? 人の品の名を騙って、粗悪な偽物を売りさばく。——そちらのほうが、よほど派手で、よほど卑怯なやり口だと思いますけれど」


 番頭の頬が、ぴくりと引きつった。


「ぐ……っ。だ、誰が、そんなことを」


「では、この偽物が、どこの誰の手によるものか、街の皆さんの前で、はっきりさせましょうか? わたくしは、構いませんよ。——後ろ暗いのは、そちらでしょう?」


 正面から、まっすぐに切り返す。番頭は、ぐっと言葉に詰まった。周囲の人々の視線が、じわじわと、商会の男たちに集まりはじめている。ここで下手に騒げば、自分たちが偽物の出所だと、自白するようなもの。


「……覚えていろ。これで、終わると思うなよ」


 捨て台詞を残し、番頭は、足早に去っていった。その背中を見送って、ハンスが、ぷっと吹き出した。


「ははっ、ざまあみろ! 完全に、こっちの勝ちだ! 奥方様、お見事!」



 その日を境に、潮目が変わった。


 街の人々は、すっかり、本物のヴァルドの品の虜になった。

「あの偽物に騙されるな、本物はここだ」と、口コミが広がっていく。そして——バルトロスに買い叩かれ、虐げられてきた小さな料理人たちが、次々と、わたくしたちのもとへ集まってきた。


「うちで、ヴァルドの品を扱わせてくれ」

「あんたらのやり方に、惚れた。協力させてくれよ」


 小さな繋がりが、無数に生まれていく。一つひとつは小さくとも、束になれば、巨大商会の妨害も届かない、しなやかで強い販路に育っていく。


 巨人の力を、数と味で迎え撃つ。その戦いは——わたくしたちの、鮮やかな勝利で幕を閉じた。


 けれど、わたくしは、気を緩めてはいなかった。


 バルトロス商会は、王都に通じている。今回の敗北を、奴らは、必ず、王都へ告げ口するだろう。——そして、その先にいるのは。


(オルランド殿下。……そして、わたくしを、目障りに思う、あの人たち)


 辺境の小さな勝利は、やがて、もっと大きな嵐を呼び込む。その予感が、勝利の余韻の中で、ひそかに、胸をよぎっていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ