表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第2章 飢えの理由、商会の影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/65

第16話 バルトロス商会

 執務室に駆け込むと、ハンスが、苦虫を噛み潰したような顔で待っていた。


「奥方様。……まずいことになりました」


 彼が語ったのは、こうだ。わたくしたちが街の市場を断たれてから、別の街へ販路を広げる算段を進めていた。その矢先、バルトロス商会が、先回りして手を打ってきたのだという。


「奴ら、おれが新しく取引を始めようとした店に、片っ端から圧力をかけてやがる。『ヴァルドの品を扱うなら、うちの商品は二度と卸さない』とね。バルトロスと縁を切られちゃ、どんな店もやっていけねえ。……おかげで、新しい販路も、軒並み潰されちまいました」


 それだけではなかった。


「それと、もうひとつ。——奴ら、ヴァルドの“偽物”を、市場に流しはじめてやがるんで」


「偽物?」


「ええ。『ヴァルド産魚醤』と銘打った、粗悪な紛い物でさ。安く叩き売って、客に掴ませる。当然、まずい。すると客は『なんだ、評判ほどじゃないな』と離れていく。——本物の評判を、地に落とす腹積もりでさあ」


 ハンスは、懐から、小さな瓶を取り出した。「これが、その偽物でさ。市場で、こっそり手に入れてきやした」


 わたくしは、瓶の蓋を開け、ひと舐めして——思わず、眉をひそめた。


 ひどい代物だった。《美食家の舌》が、その正体を即座に暴く。発酵が、まるで足りていない。塩で無理やり腐敗を止めただけの、生臭い液体。旨味のうの字もない。それどころか、安く嵩を増すために、得体の知れない雑味まで混ぜ込まれている。これを「ヴァルド産」として食べさせられた人は、二度と、本物を試そうとは思わないだろう。


「……ひどい。これは、料理への冒涜です」


 静かな怒りが、腹の底から込み上げてきた。わたくしと、村の人々が、心を込めて、手間を惜しまず作り上げた一品。その名を騙って、こんな粗悪品を売りさばくなんて。許せなかった。


 わたくしは、奥歯を噛んだ。狡猾な手だ。正面から潰すだけでなく、こちらの最大の武器である“評判”そのものを、内側から腐らせにきている。さすがは、この地方一帯を牛耳る巨大商会。やり方を、よく心得ている。



「相手は、強大です」


 その夜、アルヴィスとハンス、そしてセバスを交え、わたくしたちは対策を練った。


「正面からぶつかっても、勝ち目は薄い。資金力も、販路の数も、向こうが圧倒的に上。同じ土俵で殴り合えば、必ず、すり潰されます」


「では、どうする」


 アルヴィスが、静かに問う。わたくしは、地図の上に広げられた、領地と街道の繋がりを、じっと見つめた。


 巨人と、同じやり方で戦ってはいけない。前世で、何度も思い知ったことだ。大きな相手の強さは、そのまま、弱さでもある。図体が大きいほど、小回りが利かない。あらゆる店を縛れるほどの力は、裏を返せば、その力に頼り切った、硬直した仕組みでもある。


「——二つ、やります」


 わたくしは、顔を上げた。


「ひとつ。偽物への対抗策。本物にしか出せない“証”を作ります。バルトロス商会には、絶対に真似できないものを」


「真似できないもの……?」


「ええ。あの“味”そのものです。偽物がいくら出回っても、本物を一度でも食べた人は、違いがわかる。だから——本物を、人々の舌に、直接届けるんです。街で、大々的な“試食”をやりましょう。百聞は一見にしかず。いいえ、一口にしかず、です」


 ハンスが、ぽかんと口を開けた。


「試食、ですかい? けど、店が軒並み奴らに押さえられてる今、どこでそんなことを……」


「店が貸してくれないなら、店を通さなければいい」


 わたくしは、にっこりと笑った。


「広場で、やりましょう。誰の許可もいらない、街の真ん中の広場で。道行く人すべてに、本物の味を、ただで振る舞う。バルトロスの偽物と、わたくしたちの本物。どちらが美味しいか、街の人々自身に、舌で判じてもらうんです」



「そして、もうひとつ」


 わたくしは、続けた。こちらが、本命だった。


「販路を、商会に握られない形に作り変えます。——大きな店に頼るのを、やめましょう」


「やめる? しかし、それでは品が捌けん」と、セバス。


「大きな店ではなく、小さな店や、個人の料理人と、直接、数多く繋がるんです。一軒一軒は小さくても、何十、何百と繋がれば、大きな販路になる。そして、その一つひとつは、バルトロスにとって“縛る価値もない”ほど小さい。象は、蟻の大群を、踏み潰しきれません」


 それは、前世で言うところの——“小口の分散”。一つの大口取引に依存せず、無数の小さな繋がりに、リスクを散らす。巨大商会の力が及ばない、その隙間にこそ、わたくしたちの活路がある。


「そして、それを可能にする武器が、もう、わたくしたちの手にはあります」


 わたくしは、先日、農村で仕込みはじめた、あるものを思い浮かべた。


「灰汁を抜いた芋を乾かして挽いた、保存食の素。軽くて、何ヶ月も傷まず、遠くまで運べる。——バルトロスがどれだけ近場の市場を押さえようと、本物が、軽々とその包囲の外側まで届くなら、囲い込みなんて、意味をなしません。わたくしが村々で育ててきたのは、ただの畑じゃない。この戦いを勝つための、“武器庫”だったんです」


「それに、小さな料理人たちは、きっと、わたくしたちの味方になってくれます。バルトロスのような巨大商会に、いつも買い叩かれ、虐げられてきたのは、彼らのほうなのですから」


 アルヴィスが、ふっと、口の端をゆるめた。


「……なるほど。力で潰しに来る相手を、力ではなく、“数”と“味”で迎え撃つ、か」


「ええ。わたくしたちには、わたくしたちの戦い方があります」


 わたくしは、拳を、ぐっと握った。胸の奥に、闘志が、静かに燃えている。


 奪われてばかりは、いられない。この辺境の人々が、汗を流して取り戻した豊かさを。アルヴィス様と築いてきた、この場所を。——巨大商会だろうと、王都の影だろうと、絶対に、渡しはしない。


「反撃を、始めましょう」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ