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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第2章 飢えの理由、商会の影

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第15話 二つの村を繋ぐもの

 芋の村が、変わりはじめた。


 灰汁抜きの方法を覚えた村人たちは、見違えるように活気づいた。毎年腐らせていた芋が、今では立派な食料になる。それだけで、村の空気は、まるで別物になった。けれど、わたくしが本当に取り戻したいのは、もっと大きなものだ。


「皆さんに、お願いがあります」


 わたくしは、村人たちを集めて、切り出した。


「隣の、豆の村と——もう一度、行き来を始めませんか」


 その瞬間、村人たちの顔が、目に見えて曇った。


「……あの村とは、ちょっとな」 「昔、水利のことで揉めてな。それ以来、口もきいてねえ」


 予想は、していた。長く隣り合いながら、断絶した二つの村。ただ道が荒れているだけではない。人と人の間にも、古いわだかまりが、棘のように残っているのだ。流れが詰まっているのは、土地だけじゃなかった。人の心も、同じだった。



 それでも、わたくしは諦めなかった。


 両方の村の顔役に頼み込み、なんとか、村の境にある古い辻に、両村の人々を集めてもらった。久しぶりに顔を合わせた村人たちは、気まずそうに、互いから視線を逸らしている。空気は、重く、ぎこちない。


 このまま話し合いを始めても、きっと、平行線をたどるだけ。理屈や利害で人を動かそうとすれば、かえって溝は深まる。——前世で、嫌というほど学んだことだ。


 だから、わたくしは、言葉ではなく、いつものやり方で挑むことにした。


「まずは、一緒に、ごはんにしましょう」


 辻に、大きな鍋を据える。そして、その場で、両方の村の恵みを、ひとつの料理に仕立てていく。


 芋の村の、ほくほくの芋。豆の村の、滋味あふれる豆。そこに、漁村の魚醤を、隠し味にひと匙。コトコトと煮込んでいくと、芋のとろみと豆の旨味が溶け合い、魚醤がそれを深いコクで包み込む。素朴で、滋味深い、あたたかな煮込みが出来上がっていく。


 香ばしい湯気が、ぎこちない辻に、ゆっくりと満ちていった。



「……できました。さあ、どうぞ」


 両村の人々に、わたくしは、湯気の立つ椀を配って回った。


 最初は、誰もが、ためらいがちだった。けれど、ひと口すすった瞬間——その表情が、ほどけていく。


「……うまい」

「ああ……しみる、なあ」


 冷えた体に、あたたかい煮込みが、じんわりと染み渡る。芋と豆。今まで、互いに腐らせ合っていた二つの恵みが、一つの椀の中で、こんなにも美味しく、手を取り合っている。


 椀をすすりながら、豆の村の老婆が、ふと、芋の村の老婆の顔を、まじまじと見つめた。


「……あんた、もしかして、マーサかい?」


「えっ……アンナ? アンナじゃないか!」


 二人の老婆が、椀を手にしたまま、顔を見合わせる。


「やだよ、あんた、すっかり皺くちゃになって……」 「お互いさまだろう! ……ああ、何年ぶりだろうね。村が分かれる前は、毎日のように、井戸端で喋ってたのに」


 潤んだ目で、二人は、しわだらけの手を取り合った。いがみ合っていたのは、村と村。けれど、その壁の向こうには、かつて笑い合った、ひとりひとりの顔があった。ただ、長い断絶が、それを忘れさせていただけ。


 その光景に、わたくしの胸も、じんと熱くなる。やっぱり、そうだ。人は、本当は、繋がりたがっている。きっかけが、なかっただけ。


「不思議でしょう」


 わたくしは、椀をすする人々に、語りかけた。


「芋だけでも、豆だけでも、出せない味です。二つが合わさって、はじめて、こんなに美味しくなる。——村も、同じだと思うんです」


 人々の手が、止まった。


「芋の村には、豆がない。豆の村には、芋がない。でも、二つの村が手を取り合えば、どちらの食卓も、豊かになる。お互いの“足りないもの”を、補い合える。腐らせ合っていたものが、分かち合えば、宝になるんです」


 しんと、静まり返った辻に、ひとりの老人が、ぽつりと口を開いた。芋の村の、顔役の男だった。


「……なあ。あんたんとこの、豆をよ」彼は、ぶっきらぼうに、けれど確かに、隣村の顔役へ向き直った。「うちの芋と、交換しちゃくれねえか。こんなにうまくなるんなら……その、また、付き合ってやってもいい」


 豆の村の顔役が、虚を突かれたように目を見開き、それから、ふっと相好を崩した。


「……ったく。そっちが言うなら、しょうがねえな」


 差し出された手と、握り返す手。


 何年も凍りついていた、村と村の間の氷が——一杯のあたたかい煮込みに、静かに溶けていく瞬間だった。



 その日を境に、二つの村の間に、再び道が通った。


 芋と豆が、行き交う。人が、行き交う。荒れていた道は、村人総出で整えられ、やがてその道は、漁村へ、館へ、そして街道へと繋がっていく。点でしかなかった再建が、一本の線になり、少しずつ、面へと広がっていく。


 辺境ヴァルドという土地の、止まっていた血が——ふたたび、巡りはじめた。


 そして、わたくしの頭の中では、すでに、次の一手が組み上がりつつあった。


(芋と豆が手に入れば、できることは、まだまだ増える。……特に、この灰汁を抜いた芋。乾かして粉に挽けば、軽くて、何ヶ月も保つ“保存食の素”になる。スープにも、練り物にも化ける万能の品。かさばらず、傷まず、遠くまで運べる——)


 考えるほどに、胸が高鳴った。これは、ただ村を救うための知恵じゃない。日持ちして、軽くて、どこへでも運べる品。それは、街の市場一つに縛られない、圧倒的な“製品力”になる。どんなに大きな商会が、近場の店を押さえようと——本物が、軽々と遠くまで届くなら、そんな囲い込みは、意味をなさなくなる。


(わたくしは、ただ畑を耕しているんじゃない。——この領地そのものを、誰にも潰せない、強い“生産地”に、作り変えているんだわ)


 その確信が、足取りを、いっそう軽くした。その手応えを噛みしめながら、わたくしは、夕暮れの街道を、館へと馬を走らせた。早く、アルヴィス様に伝えたい。今日のことを。二つの村が、また手を取り合ったことを。


 ——けれど、館に戻ったわたくしを待っていたのは、思いがけない、緊張をはらんだ知らせだった。


「奥方様。お戻りをお待ちしておりました」


 家令のセバスが、硬い表情で、わたくしを出迎えた。


「街から、ハンス殿が、急ぎ戻られました。——バルトロス商会が、次の手を打ってきた、と」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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