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【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: 更田遅筋
第14章 王都に舞い戻る

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第136話 修道院の静かな再会

商会との決着がついて、ひと月ほどが過ぎた。


王都の食卓は、すっかり、本来の豊かさを取り戻していた。市場には本物の食材が並び、人々の顔には穏やかな笑みが戻っている。わたくしの果たすべきことは、あとわずかだった。


「ミレーユ様が、王都の外れの修道院にいらっしゃると聞きました」

ある朝、わたくしはアルヴィスに告げた。

「会いに、行こうと思います」


ミレーユ。かつて、わたくしの婚約者だったオルランドの隣で、わたくしを嘲笑った男爵令嬢。断罪の宴のあと、彼女はすべての地位を失い、王都の外れの修道院へ送られたのだった。


「会って、どうする」

アルヴィスが静かに問うた。咎める響きはない。ただ、わたくしの心を確かめるような声だった。


「わかりません」正直に、答えた。

「ただ、このまま何も言わずに終わらせるのは、違う気がするのです。憎しみをぶつけたいわけでも、許しを与えたいわけでもなく。ただ、きちんと向き合いたい」


アルヴィスは、しばらくわたくしを見つめて、それからふっと微笑んだ。

「お前らしいな。いいだろう。だが、おれも、ついていく」



修道院は、王都の喧騒から遠く離れた、静かな丘の上にあった。


質素な石造りの建物。手入れの行き届いた小さな菜園。風に揺れる白い洗濯物。かつての華やかな社交界とは、何もかもが違う慎ましい暮らしの場だった。


案内されて中庭へ出ると、一人の女性が菜園で土をいじっていた。粗末な修道服に身を包み、髪を簡素にまとめている。けれど、その横顔には見覚えがあった。


「ミレーユ様」


声をかけると、彼女は、はっと顔を上げた。そして、わたくしを見て、大きく目を見開いた。


「……セレスティア、様」


かつて扇の陰でくすりと笑っていた、あの華やかな令嬢の面影は薄れていた。けれど、その瞳には、以前にはなかった静かな落ち着きが宿っていた。



長い沈黙が流れた。


ミレーユは、土で汚れた手をぎゅっと握りしめている。やがて、彼女は絞り出すように口を開いた。


「……笑いに、来たのですか」その声は、震えていた。

「すべてを失った、わたくしを。ざまをみろと」


「いいえ」

わたくしは、静かに首を振った。


「そんなつもりは、ありません」


「では、なぜ」ミレーユの目に戸惑いが浮かぶ。

「あなたを、あんなに、見下したわたくしに。なぜ、わざわざ」


わたくしは、彼女の傍へ歩み寄り、その荒れた手を見た。かつて絹のドレスをまとい、扇を弄んでいた手は、今、土にまみれ、あかぎれていた。慎ましい労働の証だった。


「あなたが、どう過ごしているのか。ただ、それを知りたかったのです」わたくしは言った。

「憎むためでも、許すためでもなく。ただ、確かめに」


その言葉に、ミレーユの瞳が揺れた。張りつめていた何かが、ほどけるように。彼女の目から、つう、と涙が伝った。


「……わたくしは」ミレーユは、震える声で語りはじめた。

「ずっと、後悔していました。あの日、あなたを嘲笑ったこと。何も知らず、ただ人の不幸を面白がっていたこと。ここへ来て、土を耕し、慎ましく暮らすうちに、ようやく気づいたのです。わたくしが、どれほど愚かだったかを」


その告白に、嘘の響きはなかった。かつての高慢な令嬢は、もうどこにもいない。目の前にいるのは、自らの過ちと向き合い、静かに生き直そうとする、一人の女性だった。


人は変われる。境遇が人を作り、悔いが人を磨く。それを目の前のミレーユが、証明していた。


「ひとつ、お願いがあります」

わたくしは、菜園に実った野菜に目をやった。瑞々しい、立派な育ちだった。

「あなたが育てたこの野菜で、料理を、作らせてもらえませんか。一緒に、食べましょう」


ミレーユは、戸惑ったように、わたくしを見た。

「わたくしと、あなたが……?」


「ええ。あなたが、心を込めて育てた野菜です。きっと、おいしい一皿に、なります」

わたくしは、微笑んだ。


食卓をともに囲むこと。それは、わだかまりを溶かす何よりの方法だと、わたくしは知っていた。言葉では伝えきれないものを、あたたかな一皿が繋いでくれる。それが、料理の力だった。


過去の因縁に、けじめをつける。それは、声高に相手を断罪することでは、ないのかもしれない。こうして、ただ向き合い、同じ食卓を囲むこと。その先に、本当の決着があるのだろう。


けれど、ミレーユは、わたくしの申し出に、すぐには頷かなかった。差し出された手を警戒するように、わずかに身を引く。


「……どうして、そこまで」彼女の声は、かすかに、震えていた。

「あなたを、あれほど傷つけたわたくしに。なぜ、料理など振る舞おうと。——まさか、これは。何かの、罠なのですか」


その問いに、わたくしは、ただ静かに微笑んだ。答えは、言葉ではなく、これから作る一皿が語ってくれるはずだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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