第135話 バルトロス商会の落日
決着の日が訪れた。
レオハルトの働きかけにより、王都の王が正式に動いた。商会の隠し倉庫に、王の兵が踏み込んだのだ。
わたくしとアルヴィス、そしてトマも、その場に立ち会った。
倉庫の扉が開かれた瞬間、誰もが息を呑んだ。
そこには、天井まで届くほどの麦の山が積み上がっていた。市場から消え、人々を飢えさせていた膨大な量の麦。
それが、こうして日の目を見ることなく腐りかけながら、溜め込まれていたのだ。さらに奥には、不正に隠された財宝の数々と、二重帳簿が見つかった。
「これは……ひどい」
踏み込んだ役人さえ言葉を失った。
「これだけの麦があれば、王都の民は、誰も飢えずに済んだものを」
動かぬ証拠だった。もはや商会に、言い逃れの余地はなかった。
◇
商会の主バルトロスが、引き立てられてきた。
恰幅のいい脂ぎった顔の男だった。けれど、その顔は今や青ざめ、引きつっている。
かつて王都の食を意のままに操っていた男の、見る影もない姿だった。
「な、なぜだ」
バルトロスは、わたくしを見て喚いた。
「なぜ、たかが辺境の女が、ここまで……!」
「たかが、辺境の女」
わたくしは静かに繰り返した。
「ええ、そうですね。あなた方が見下し、追い払った女です」
その言葉に、バルトロスの顔が歪んだ。
「思い出していただけますか」
わたくしは、続けた。
「かつて、あなたの商会は、わたくしが辺境で作った品の卸元を執拗に探っていた。本物の食が、あなた方のまがい物の商売を脅かすと、恐れて。——あの時から、わたくしたちの戦いは、始まっていたのです」
バルトロスの目が見開かれた。忘れ去っていた過去の因縁が、今、巡り巡って自らに返ってきたのだ。
「あの頃、あなたは思ったでしょう。追放された令嬢など、辺境で野垂れ死ぬだけだと」
わたくしは静かに言った。
「けれど、わたくしは、生きました。料理で土地を救い、人を救い、やがて世界を救った。そして今、こうして、あなたの前に立っています」
皮肉なものだった。あの日わたくしを追い払い見下した、その慢心こそが、巡り巡って商会自身の命取りになった。
もし、商会が、わたくしを脅威と見なさず放っておけば。あるいは、まっとうな商売をしていれば。
こんな結末は、迎えなかっただろう。けれど彼らは、欲に溺れ、人の食を踏みにじり続けた。
その報いが、今、確かに下されたのだ。
◇
「あなたは、食べ物で人を支配しようとした」
わたくしは、まっすぐに彼を見据えた。
「飢えを金に変え、人々の命を弄んだ。——けれど、食べ物は、本来、人を生かし、笑顔にするものです。それを汚した報いを、受けるのです」
バルトロスは、がっくりと膝をついた。
商会の悪事は、白日の下に晒された。買い占め。
脱税。役人の買収。
そして、滅び派の不正な財の隠匿。そのすべてが明るみに出て、商会は完全に解体されることとなった。
バルトロスをはじめ、不正に関わった者たちは捕らえられ、裁きを受ける。買収されていた役人たちも、ことごとく、その職を追われた。
溜め込まれていた麦は、すべて王都の民に放出された。法外だった食料の値はたちまち元に戻り、人々の食卓に、再びあたたかなパンが並ぶようになった。
そして、滅び派の遺した財宝は、かつてそれを奪われた各地の村や神殿へ返されることになった。奪われたものが、本来あるべき場所へ、還っていく。
それは、世界を救う旅の、本当の意味での後始末だった。
◇
すべてが、終わった後。
わたくしは、王都の広場に立っていた。かつて炊き出しをした、あの場所だ。
今や市場には、本物の食材が活気よく並んでいる。人々の顔には、笑みが戻っていた。
「やりましたね、奥様」
トマが、感極まった様子で言った。
「あなたのおかげで、王都は、救われました」
「いいえ。あなたや、王都の人々、そして、各地の仲間たち。——みんなの力です」
わたくしは、微笑んだ。
アルヴィスが隣に並んだ。「これで片がついたな」彼は、穏やかな目で賑わう市場を眺めた。
「お前が、辺境に来た日から続いていた因縁も。——ようやく、終わった」
「ええ」
わたくしは頷いた。胸に、深い感慨が込み上げる。
世界を救う壮大な旅。その果てに最後に残った人の世の闇。
それを、料理人として確かに断ち切った。剣でもなく、神の力でもなく。
ただ、あたたかな一杯と、確かな知略で。
けれど、わたくしのけじめは、まだ、終わっていなかった。
商会は倒した。けれど、かつてわたくしを無実の罪で断罪し、追放した者たち。
あの人たちとの本当の決着が、まだ残っている。
(……次は、あなたたちの番ね)
王都の空は晴れ渡っていた。けれど、その先に、わたくしは果たすべき最後のけじめを見据えていた。
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