第134話 暴かれる闇の帳簿
数日後、トマが息を切らせて、わたくしのもとへ駆け込んできた。その顔には、確かな興奮が浮かんでいた。
「奥様。掴みました。商会の取引です」
トマの調査は、見事なものだった。裏通りの仲間たちと連携し、商会の倉庫に出入りする者を、辛抱強く見張り続けたのだ。
「夜中に、覆面をした連中が、商会の裏口から荷を運び込んでいました」
トマは、声を潜めた。
「中身は、わかりません。けれど、明らかに、表の商売とは違う動きです。それに——運び込む先が、商会の、隠し倉庫らしいのです」
隠し倉庫。その言葉に、わたくしの直感が働いた。
「そこに、買い占めた麦が隠されているはずです」
わたくしは、確信した。
「市場に出さず、値を吊り上げるために溜め込んだ麦が。——そして、おそらく、それだけでは、ありません」
◇
わたくしは、トマの集めた情報を一つひとつ丁寧に繋ぎ合わせていった。
商会の取引相手。金の流れ。
荷の動く時刻と経路。前世で、無数の企業の内情を分析してきた経験が、ここで生きた。
断片的な情報も、丹念に並べれば、やがて、一つの像を結びはじめる。
見えてきたのは、想像以上に、根の深い腐敗だった。
商会は、麦を大量に買い占め、隠し倉庫に溜め込んでいた。市場の麦を意図的に枯渇させ、値を何倍にも吊り上げるために。
それだけではない。その莫大な利益を、帳簿には記していなかった。
役人を買収し、税をごまかしていたのだ。庶民から法外な値で巻き上げた金を、商会は一銭も国に納めていなかった。
飢える民を尻目に、私腹だけを肥やし続けていたのだ。
そして、最も、闇の深い部分。商会の隠し倉庫には、麦だけでなく、奇妙な品も運び込まれていた。
トマの仲間が、命がけで覗き見たところによれば。それは、どうやら、かつての滅び派が各地から不正に集めた、財宝の類いらしかった。
神殿から奪われた宝。滅んだ村から、かすめ取られた財。
世界を滅ぼそうとした者たちの血塗られた遺産が、そこに眠っていた。
「やはり、繋がっていた」
「商会は、滅び派の遺した財を隠し持ち、それを元手に、王都の流通を支配している」
世界の滅びを企てた壮大な悪。その亡霊が、商会という器に宿り、今も人々を苦しめている。
ならば、これを断つことは、わたくしたちの旅の、本当の終わりを意味する。神々を救い、世界を救った、その締めくくりとして。
この地上に残った最後の闇を、消し去るのだ。
◇
すべての、絵図が、見えた。
買い占めによる、価格のつり上げ。脱税。
役人の買収。そして、滅び派の不正な財の隠匿。
——これだけの証拠が揃えば。どれほど巧妙に立ち回ってきた商会とて、もう、言い逃れはできない。
けれど、わたくしは慎重だった。証拠は、確実なものでなければならない。
商会は役人を抱き込んでいる。生半可な告発では、揉み消されて終わるだろう。
「アルヴィス様」
わたくしは、彼を見た。
「この件、レオハルト陛下の、お力をお借りしたいのです」
アスタリカの王、レオハルト。彼は、王都を治める若き王と固い友誼で結ばれている。
隣国の王が、後ろ盾となれば。商会に買収された役人とて、簡単には、もみ消せない。
「ああ。レオハルトなら、必ず、動いてくれる」
アルヴィスは、頷いた。
「あの男は、義を重んじる。お前の集めた証拠を見れば、王都の浄化に、力を貸すはずだ」
◇
わたくしは、すぐにレオハルトへ文をしたためた。商会の不正の証拠を、すべて書き記して。
返事は、驚くほど、早かった。
『見事だ、セレスティア殿。これほどの証拠を、よくぞ、揃えた。——王都の腐敗は、隣国にとっても、見過ごせぬ問題。わたしも、正式に、動こう。王都の王と、語らい、商会の不正を、白日の下に、引きずり出す』
その力強い言葉に、わたくしは、確かな手応えを感じた。
包囲網は、整いつつあった。下からは、本物の味を知り商会に背を向けた王都の民。
上からは、隣国の王の正式な後ろ盾。そして、わたくしの手には、商会の悪事を暴く動かぬ証拠。
かつて、たった独りで辺境に追われたわたくしには、何の力もなかった。けれど、今は違う。
料理で繋いだ人々の心。旅で結んだ各国との絆。
前世から受け継いだ知略。そのすべてが、今、一つの大きな力となって巨悪を包み込んでいく。
商会は、もう逃げられない。あとは、この包囲をゆっくりと狭めていくだけだ。
「待っていなさい、バルトロス商会」
わたくしは、夜空を見上げ、静かに呟いた。
「あなたたちが、奪い、溜め込み、隠してきたもの。——その、すべてを。白日の下に、晒してみせます」
決着の時は、刻一刻と近づいていた。
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