第133話 醜い反撃
わたくしの炊き出しが、王都の人心を掴みはじめた頃。ついに、商会が動いた。
その日、広場でいつものように鍋を火にかけていると、数人の屈強な男たちが近づいてきた。柄の悪い、雇われ者の風体だった。
「おい、ここで勝手に商売するな」
先頭の男が凄んだ。
「ここは、バルトロス商会の許可した場所じゃねえ。とっとと、店じまいしな」
「商売では、ありません」
わたくしは、静かに答えた。
「困っている人々に、食事を振る舞っているだけです。お代も、いただいておりません」
「うるせえ。御託はいい」
男は、鍋を、蹴り倒そうと、足を上げた。
「商会の邪魔をする奴は、こうしてやる——」
その時、男の腕が、ぐいと背後から掴まれた。アルヴィスだった。
「やめておけ」
彼の声は、低く、凍るようだった。氷の死神と恐れられた、その眼光が、男を射抜く。
「この鍋に手を出せば、お前の腕は、二度と動かなくなる」
男たちは、その圧倒的な気迫にたじろいだ。捨て台詞を残し、逃げるように去っていく。
◇
「ご無事ですか、奥様」
トマが、青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「商会の連中です。とうとう、目をつけられた」
「ええ。むしろ、好都合です」
わたくしは、微笑んだ。
トマが、きょとんとした顔をする。わたくしは説明した。
商会がこうしてあからさまな妨害に出てきたこと。それは、わたくしたちの炊き出しが、商会にとって無視できない脅威になった証だ。
焦りの表れだった。
それに、とわたくしは考えていた。相手が強引な手を使うほど、こちらには付け入る隙が生まれる。
前世で、幾度も見てきた。追い詰められた者ほど、ぼろを出す。
冷静さを失った相手は、御しやすい。
「これからは、商会も、なりふり構わず、仕掛けてくるでしょう」
「妨害、嫌がらせ、あるいは、もっと汚い手も。——でも、それこそが、商会の尻尾を掴む好機になります」
◇
案の定、商会の妨害は日に日に激しくなった。
炊き出しに使う薪を、買い占められた。食材を運ぶ荷車が道で足止めを食らった。
広場の使用許可に、難癖をつけられた。あの手この手で、商会は、わたくしたちを潰そうとしてきた。
中には、炊き出しに並ぶ人々に「あの食事には毒が入っている」などと、根も葉もない噂を流す者までいた。なりふり構わぬ、卑劣なやり口だった。
けれど、その一つひとつを、わたくしはしのいでいった。薪がなければ、人々が自分の家から持ち寄ってくれた。
荷車が止められれば、ナギの伝手で川を使って運び込んだ。広場が使えなければ、賛同する商店が、軒先を貸してくれた。
毒の噂も、わたくしが人々の目の前で、まず自分が食べてみせれば、すぐに消え去った。むしろ、商会の必死さが、透けて見えるばかりだった。
商会が妨害すればするほど。皮肉にも、王都の人々の結束は強まっていった。
「見ろよ。商会は、おれたちの味方を、潰そうとしてる」
「あの夫人は、タダで飯を振る舞ってくれてるのに」
——人々の、商会への反感が、静かに、しかし確実に高まっていく。
商会は、自らの首を絞めていることに、気づいていなかった。
◇
そして、わたくしは、その混乱の裏で、ひそかに、動いていた。
商会の妨害は、確かに厄介だった。けれど、それは同時に、商会の手の者が表に出てくる、ということでもある。
彼らの動きを、注意深く追っていけば。商会の内側へと繋がる糸が、見えてくる。
「トマさん。あなたに、頼みがあります」
わたくしは、声を潜めた。
「商会に出入りする、人や物の流れを、調べてほしいのです。誰が、どこから来て、何を運んでいるのか。——特に、夜に」
トマは、力強く頷いた。「お任せください。裏通りには、おれの知り合いが、大勢います。商会の動きなら、必ず掴んでみせます」
なぜ、夜なのか。それには理由があった。
後ろ暗いことは、たいてい人目を避けて行われる。商会が、滅び派の闇の利権を引き継いでいるのなら。
その汚れた取引は、白昼堂々とはできないはずだ。帳簿に載せられない金の流れ。
表に出せない品の出入り。それらは必ず、夜の闇に紛れて動く。
商会は、力でわたくしを潰そうとしている。けれど、わたくしは、それを真正面から受けて立つつもりはなかった。
本当の戦いは、こうした目に見えないところで進んでいく。前世で、わたくしが得意としていた領分だ。
情報を集め、相手の弱点を見極め、確実に急所を突く。派手な立ち回りなど必要ない。
事実と、証拠。それさえ揃えば、どんな巨大な悪も崩すことができる。
(商会の、本当の悪事は、必ず、どこかに隠されている。——それを、暴き出してみせる)
炊き出しの湯気の裏で、わたくしの静かな反撃が始まっていた。
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