表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: 更田遅筋
第14章 王都に舞い戻る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
132/141

第132話 あたたかな一杯

翌朝、王都の中央広場に、わたくしは大きな鍋をいくつも並べた。


各地から届いた、本物の食材。ヴァルドの上等な麦。

サウディスの滋味あふれる乾物。ミルディアの瑞々しい野菜。

群島の海の幸。そして、アスタリカから届いた、たっぷりの肉。

それらを惜しみなく、鍋に注ぎ込む。


まず、肉をこんがり炒めて旨味を閉じ込める。じゅう、と脂がはじけ、香ばしい湯気が立つ。

そこへ、たっぷりの水を注ぎ、乾物から取った深い出汁を加える。野菜を、ごろごろと放り込み、麦を入れて、じっくり煮込んでいく。

仕上げに、群島の海の幸を加えれば、磯の香りが、ふわりと立ちのぼった。


山の幸も、海の幸も、乾いた大地の恵みも。遠く離れた土地の味が、一つの鍋の中で出会い溶け合っていく。

それは、わたくしの旅そのものを煮込んだような、一杯だった。


火を入れると、ぐつぐつと、豊かな湯気が立ちのぼった。


その香りが、広場いっぱいに広がっていく。こんがり焼けた肉の香ばしさ。

野菜の甘やかな匂い。麦のふくよかな香り。

——飢えた王都の人々が忘れかけていた、本物の食べ物の匂いだった。


ひとり、またひとりと、人が集まってくる。痩せた頬の子ども。

疲れ果てた顔の母親。気力を失った老人。

みな、その香りに吸い寄せられるように。


「……いい、匂いだ」

誰かが、呟いた。


「こんな匂い、いつ以来だろう」



「さあ、皆さん」

わたくしは、声を張った。


「あたたかいうちに、召し上がってください。お代は、いりません」


人々は、最初、戸惑っていた。タダでこんな立派な食べ物が振る舞われるなど、信じられないという顔で。

けれど、空腹には勝てない。おずおずと椀を受け取った少年が、スープを、ひと口すすった。


その瞬間、少年の目が、大きく見開かれた。


「……うまい」

少年は、震える声で言った。


「あったかくて、すごく、うまい……!」


ぼろぼろと、少年の頬を涙が伝った。それを見た周りの人々も、次々と椀に手を伸ばす。

そして、ひと口味わうたびに、同じように目を潤ませた。


「ああ、なんて味だ」

老人が、しみじみと言った。


「腹の底から、あったまる。生きてるって、こういうことだったな」


母親は、子どもにスープを飲ませながら、涙していた。「よかった……あったかいものを、食べさせてやれた。やっと……」



その光景に、わたくしの胸も熱くなった。


たかが一杯のスープ。けれど、それはただの食べ物ではない。

奪われ続けた人々の尊厳を取り戻す、一杯だった。飢えと諦めに沈んでいた人々の心に、もう一度、灯をともす一杯だった。


《美食家の舌》を持つわたくしには、わかる。この一杯が、人々の体だけでなく、心の奥まであたためているのを。


「セラ」

アルヴィスが、配膳を手伝いながら、わたくしを見た。


「見ろ。みんなの顔を」


広場に集まった人々の顔から、あの生気のない暗さが消えていた。代わりに、ささやかな、けれど確かな笑みが浮かんでいる。

あたたかな食べ物が、人を、こんなにも変える。それを、改めて思い知った。


「これが、料理の力です」

「商会には、決して、奪えないもの」



炊き出しの噂は、瞬く間に、王都中に広がった。


次の日も、その次の日も、広場には人が押し寄せた。わたくしは、各地から届く食材で、毎日あたたかな料理を振る舞い続けた。

日を追うごとに、人々の顔色はよくなり、街には、少しずつ活気が戻りはじめた。


そして、人々は気づきはじめていた。商会の売る粗悪な品が、いかにひどいものだったか。

本物の味を知った今、もう誰も、まがい物に戻りたいとは思わなかった。


「辺境伯夫人が、本物の食べ物を、振る舞ってくださっている」


「商会の品なんて、もう、買うものか」

——そんな声が、王都のあちこちで、囁かれはじめた。


中には、わざわざ遠くから炊き出しの噂を聞きつけてやってくる者もいた。ひと口食べては涙ぐみ、「こんな食事を待っていた」と口々に言う。

商会に搾取され、諦めていた人々の心に、確かな変化が生まれていた。彼らは、もう、ただ与えられるだけの無力な存在ではない。

本物を知り、選ぶ目を取り戻しつつあった。


人々の心が、動きはじめた。商会の支配に、最初のひびが入ったのだ。


「すごいな」

アルヴィスが、広場を見渡して、呟いた。


「お前は、剣の一振りもせず、兵の一人も動かさず、ただ料理だけで、この街を変えはじめている」


「いいえ」

わたくしは、首を振った。


「変えているのは、わたくしじゃありません。本物の味を思い出した、この人たち自身です。わたくしは、ただ、そのきっかけを、差し出しただけ」


けれど、わたくしは知っていた。これは、まだ序の口に過ぎない。

人々の心を掴んだだけでは、商会は倒せない。やがて商会は、この動きに気づき、牙を剥いてくるだろう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ