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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第2章 飢えの理由、商会の影

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第13話 飢えの、本当の理由

 販路を広げる算段が動きだす一方で、わたくしには、ずっと気にかかっていることがあった。


 漁村は、変わった。館も、潤いはじめた。けれど——領地の大半を占める、内陸の農村は、いまだに深い飢えの中にある。魚醤や保存食を分けても、それは対症療法にすぎない。根本のところで、なぜこの土地はこんなにも痩せ、これほど飢えているのか。それを突き止めなければ、本当の再建は始まらない。


「アルヴィス様。領内の、農村を回らせてください。この目で、飢えの理由を、確かめたいんです」



 馬を借り、わたくしは数日かけて、内陸の村々を巡った。


 目にしたのは、想像以上の惨状だった。やせ細った畑。実りの薄い作物。うつろな目をした村人たち。けれど——わたくしの《美食家の舌》は、その光景の中に、奇妙な“ちぐはぐさ”を感じ取っていた。


 土は、悪くない。痩せてはいるが、死んではいない。作物だって、本来ならもっと採れるはずの土地。なのに、なぜ。


 ある村で、わたくしは、一軒の納屋を覗いて——息を呑んだ。


「……これは」


 そこには、収穫された作物が、無造作に積み上げられ、半分以上が腐りかけていた。せっかく実ったものが、食べられも、売られもせず、ただ朽ちていく。


「どうして、これを食べないの? 売らないの?」


 問いかけると、年老いた村長は、力なく首を振った。


「食い方が、わからんのですよ。この芋は、生のままじゃえぐくて食えん。昔は、ちゃんと処理する手間を知っとる者がいたが……戦で、みんな死んじまった。売ろうにも、街は遠い。運ぶ手立てもない。だから、毎年、半分は腐らせちまう。作っても、無駄になるのが分かっとるから、誰も、本気で耕さなくなった」


 その言葉に、わたくしは、すべてを理解した。


 そして、隣の村を訪ねたとき、その理解は、確信に変わった。


 その村は、逆だった。芋は穫れないが、川沿いの土地で、豆だけはよく実る。けれど——倉には、行き場を失った豆が、これもまた腐るほど余っていた。


「豆ばかり食うのも、飽きましてなあ」と、ここの村人たちは力なく笑う。「隣の村は芋が穫れると聞くが、あそことは、もう何年も行き来がない。道も荒れて、危なくて」


 わたくしは、思わず天を仰いだ。


 ——すぐ隣だ。馬で半日も離れていない、すぐ隣の村に、芋が腐るほど余っている。こちらには、豆が腐るほど余っている。互いが、互いの「足りないもの」を、腐らせている。たった一本の道と、ほんの少しの取り決めさえあれば、両方の村が、豊かになれるのに。


 なのに、それができない。戦が、村と村を繋ぐ糸を、断ち切ってしまったから。互いに、互いを「もう関わりのない、遠い村」だと思い込んでいるから。



 この土地は、飢えているのではない。——“詰まって”いるのだ。


 土地は、ちゃんと恵みを生んでいる。けれど、それを「食べられる形にする知識」が、戦で失われた。「余ったものを街へ流す道」が、断たれている。生み出す力はあるのに、それを活かす“流れ”が、どこもかしこも詰まっている。だから、実りは腐り、人は飢え、やがて誰も耕さなくなる——負の連鎖。


 わたくしの頭の中で、領地全体が、一枚の絵になって見えはじめた。


 漁村の魚を、内陸へ。内陸の作物を、漁村と街へ。失われた調理の知識を、もう一度、村々へ。そして、それらすべてを繋ぐ、流通の道を。点でしかなかった再建を、線で、面で、繋いでいく。そうすれば、この領地は——丸ごと、よみがえる。


「……できる。いいえ、やるんです」


 胸が、熱く高鳴った。これは、館一つ、村一つの話じゃない。辺境ヴァルドという、一つの土地を、根っこから生き返らせる——その、壮大な設計図。


 けれど。


「よそ者の、令嬢様が」


 ふいに、棘のある声が割り込んだ。振り返ると、屈強な体つきの中年の男——村の顔役らしい人物が、険しい目でこちらを睨んでいた。


「ずいぶん、ご立派なことを仰る。だがな、おれたちは、これまで何度も“偉い人”の言うことを信じちゃ、裏切られてきたんだ。新しいやり方を試せ、そうすりゃ豊かになる——そう言われて、結局、ひどい目に遭った。あんたの言うことも、どうせ、ただの綺麗事だろう」


 村人たちの目にも、不信と諦めが、色濃く滲んでいた。


 ——そう、簡単にはいかない。当然だ。何度も希望を裏切られてきた人たちが、ぽっと現れたよそ者の言葉を、すぐに信じられるはずがない。


 けれど、わたくしは、ひるまなかった。むしろ、この不信は、当然の防壁なのだと思った。彼らは、馬鹿だから諦めているのではない。何度も期待しては裏切られ、傷つかないために、心に蓋をしているだけ。だったら、こじ開けるのは、言葉ではない。彼らの舌が、本能が、「嘘じゃない」と認めざるを得ない、まぎれもない“結果”だ。


 前世でも、そうだった。理屈をいくら並べても、人の心は動かない。けれど、たった一口の「美味い」は、どんな不信の壁も、軽々と越えていく。


「綺麗事かどうか、確かめてみませんか」


 わたくしは、納屋の、腐りかけた芋の山に、まっすぐ歩み寄った。その中から、まだ無事な一個を拾い上げる。《美食家の舌》が、はっきりと視せてくれる。この、えぐくて食えないと見捨てられた芋が——本当は、どれほど美味しくなれるのかを。


「この芋、“食えない”んですよね。——では、わたくしが、食べられるようにしてみせます。今、ここで。それを食べて、それでも綺麗事だと思ったら、わたくしを追い返してくださって構いません」


 村の顔役の、眉が、ぴくりと動いた。


 その挑むような沈黙の中で、わたくしは、静かに袖をまくった。——さあ、見せてあげる。食の力が、人の暮らしを、どう変えるのかを。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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