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【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: 更田遅筋
第14章 王都に舞い戻る

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第128話 報せ

世界を救ってから、ひと月が過ぎた。


ヴァルドは、かつてないほどの活気に満ちていた。凍てついた土地は神々の恵みを取り戻し、畑は豊かに実り、人々の顔には絶えず笑みがあった。


朝の厨房で、わたくしは焼きたてのパンを、ふっくらと仕上げていた。香ばしい小麦の匂いが、湯気とともに立ちのぼる。

窓の外では、ティナとダグが、村の子どもたちと笑い合っている。ナギは、すっかりヴァルドの漁を任され、新鮮な魚を運んでくる。


平和だった。命を賭けた旅の果てに、わたくしたちが守り抜いた、あたたかな日々。


「いい匂いだ」

アルヴィスが、厨房に顔を出した。


「お前の作るものは、いつだってこの館を満たす」


「もうすぐ焼けます」

「今朝は、蜂蜜をたっぷり塗った、甘いパンです。アルヴィス様の、お好きな」


彼は、ふっと目を細めた。氷の死神と呼ばれた男の、やわらかな表情。

この穏やかさを、わたくしは、心から愛おしく思う。


けれど、その平穏は、一通の手紙によって波立つことになった。


セバスが、慌ただしく駆け込んできた。その手には、王家の紋章が捺された封書があった。


「奥様。王都より、火急の報せにございます」



差出人は、若き王レオハルトではなかった。王都に残る、心ある文官の一人。

かつて、断罪の宴で、わたくしたちに味方してくれた人物だった。


手紙の内容に目を走らせるうち、わたくしの胸に、冷たいものが広がっていった。


王都の食糧事情が、急速に悪化しているという。麦の値が不自然に高騰し、庶民が満足にパンも買えなくなっている。

それだけではない。出回る食材の質が軒並み落ち、粗悪な品が高値で取引されている。


虫の食った麦。水で薄められた油。

古い肉を香辛料でごまかして売る、悪質な手口。手紙には、王都の市場に並ぶ品の、あまりの惨状が、細かく記されていた。

読んでいるだけで、料理人として胸が痛んだ。食材は命だ。

それを金儲けの道具として、平気で汚す。許されることでは、なかった。


そして、その混乱の中心に、一つの商会の名があった。


「……バルトロス商会」


その名を、声に出して読んだ。指先が、わずかにこわばる。


忘れもしない。かつて無実の罪で、わたくしを王都から追放した者たちの、背後にいた商会。

飢えたヴァルドに、粗悪な食料を法外な値で売りつけ、暴利を貪っていた商会だ。宰相が失脚し、王太子が廃嫡された後も、その商会だけは、巧みに罪を逃れて生き延びていた。


「アルヴィス様」

手紙を彼に渡した。


「読んでいただけますか」


彼は、素早く目を通すと、その眉を、険しく寄せた。「バルトロス商会か。——王都の食糧流通を、握りはじめているな」


「ええ」

わたくしは頷いた。


「麦を買い占め、値を吊り上げ、粗悪品を高く売る。——人々の食卓を人質に取っているんです」


かつてヴァルドで、同じことをされた。だからこそ、その手口の卑劣さが、痛いほどわかる。

食べ物で人を支配する。それは、料理人として最も許せない悪行だった。



「文官の方は、こう書いています」

わたくしは、手紙の続きを読んだ。


「“商会は、王家に取り入り、食糧庁の役人を買収し、市場を意のままにしている。我々では、もはや止められない。どうか、あなたの力を貸してほしい”と」


ぎゅっと手紙を握りしめた。


世界を救う旅は終わった。あのお方の絶望も解け、神々も安らぎを取り戻した。

けれど——人の世には、まだ解かれていない理不尽が、残っている。


飢えに苦しむ庶民。暴利を貪る商会。

それは、神の絶望よりもずっと身近で、根深い、人間の業だった。


「行かれるのですか」

セバスが、静かに問うた。


「ええ」

迷いはなかった。


「わたくしは料理人です。食べ物で人を苦しめる者を、見過ごすことはできません」


それにと、胸の奥で、思う。バルトロス商会は、かつてわたくしを陥れた者たちの中で、ただ一人、いまだ裁きを免れている存在。

あの断罪の宴で、王太子は廃嫡され、宰相は捕らえられた。けれど、最も狡猾なこの商会だけは、するりと罪を逃れ、今もこうして、人々の食卓を食い物にし続けている。


思い返せば、辺境に嫁いで間もない頃から、その影は、すでに、わたくしの傍にあった。ヴァルドの特産を扱いはじめた行商人を、商会の使いが、執拗に嗅ぎ回っていたのだ。

卸元はどこか、誰が作っているのか、と。あの頃は、ただの商売敵かと思っていた。

けれど、今ならわかる。商会は、早い段階から、わたくしの作る「本物の食」を、自分たちの粗悪な商売を脅かすものとして、警戒していたのだ。


あの日、果たせなかった、けじめ。それをつける時が来たのだ。


「アルヴィス様。王都へ、参ります」

彼を、見上げた。


「あの商会の、横暴を止めるために」


アルヴィスは、しばし、わたくしを見つめた。そして、ふっと、口の端を上げた。


「言うと思った」

彼は、わたくしの頭に、そっと手を置いた。


「だが、今度はおれも一緒だ。お前を一人では行かせん」


その手の温もりに、胸が熱くなる。世界を救う旅も、この人はいつも隣にいてくれた。

今度の戦いも、独りではない。


「ありがとう、ございます」


窓の外、ヴァルドの空は、どこまでも青く澄んでいた。けれど、その遠く、王都の方角には、見えない暗雲が垂れ込めている気がした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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