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【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: 更田遅筋
第13章 世界の始まりへ

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第127話 あたたかい食卓へ

ヴァルドへの帰り道は、来た時とは、まるで違っていた。


あれほど過酷だった、世界の果ての領域。けれど今は、あのお方の愛の光に満たされ、穏やかな輝きに包まれている。

試練の石門も、霧の世界も。すべてが、わたくしたちを祝福するように、静かに見送ってくれた。


オーレンは、淵の近くに留まることを選んだ。



『わしは、ここで、あのお方と共に、世界を見守ろう』


別れ際、オーレンは穏やかに言った。もう、滅びの化身の面影は、どこにもない。

『長い間、わしは間違っていた。だが、お前のおかげで、アーデンの想いを取り戻せた』


「オーレンさん」

わたくしは、微笑んだ。


「いつでも、ヴァルドに、いらしてください。あたたかい食事を、ご用意して、お待ちしています」


『……ふ。そうだな』

オーレンは、目を細めた。


『その時は、あの男の話でも、しよう。アーデンが、どんなに人好きのする男だったか。——聞かせて、やる』



そうして、わたくしたちは、ヴァルドへと帰り着いた。


館の門をくぐった瞬間、セバスやハンス、マルクたちが、わっと駆け寄ってきた。


「奥様! ご無事で!」

セバスの声が震えていた。いつも冷静な家令が、目に涙を浮かべている。


「お帰りを、皆、首を長くして、お待ちしておりました」


「ただいま、戻りました」

わたくしは、深く頭を下げた。


「皆さんのおかげで、無事に、役目を果たせました」



その夜。館の広間で、盛大な宴が開かれた。


世界を救った祝いの宴。けれど、並んだ料理は、豪華なごちそうばかりではなかった。

ヴァルドの、滋味あふれる根菜の煮込み。あたたかなパン。

——いつもの、けれど、心のこもった、ヴァルドの味。それが、何より、皆を笑顔にした。


ことことと煮込んだ根菜は、ほろりととろけるほどやわらかく、滋味が、体の芯まで染み渡る。焼きたてのパンを、ちぎって、煮込みの汁に浸せば、もう、それだけで、頬が緩む。

旅の間、ずっと保存食でしのいできた皆にとって、このあたたかな、出来たての一皿は、何よりのごちそうだった。


「やはり、ヴァルドの料理が、いちばん落ち着きますね」

わたくしは、しみじみと言った。


「お前が作るものなら、何でも、うまい」

アルヴィスが、隣で笑う。



宴の喧騒の中で、ふと、窓の外の星空を見上げた。


満天の星。その、ひとつひとつが、救ってきた神々の灯のように、あたたかく瞬いている。

飢えの神。渇きの神。

水の神。火の神。

風の神。海の神。

そして、世界を生んだ親神。すべての声が、今は穏やかに、世界を巡っている。


長い旅だった。けれど、その一歩一歩が、今の、このあたたかな食卓に繋がっている。



「何を考えている」

隣に来た、アルヴィスが尋ねた。


「これまでの旅のことを」

「凍てついた、この地に嫁いできた、あの日は。まさか、世界を救うことになるなんて、思ってもみませんでした」


「お前は、おれの想像を、いつも超えていく」

アルヴィスが、わたくしの手を握った。


「だが、どれほど遠くへ行っても、お前の帰る場所は、ここだ。——おれの、隣だ」


「はい」

わたくしは頷いた。その手のぬくもりが、何より愛おしかった。


凍てつく辺境に追放された、あの日。わたくしは、何もかも失ったと思っていた。

婚約者も、地位も、居場所も。けれど、失ったと思った場所で、本当に大切なものを見つけたのだ。

あたたかな食卓。支えてくれる、人。

そして、料理で人を笑顔にする、喜びを。



世界の危機は、去った。あのお方の絶望は解け、神々は安らぎを取り戻した。

大きな戦いは、終わったのだ。


けれど、わたくしには、まだ、心にかかっていることがあった。この平和な世界の片隅で、かつて、わたくしを陥れ、あるいは見過ごしてきた、人間たちの問題が。

まだ、決着を見ないまま、残っている。


王都で、いまだうごめく巨大商会。修道院へ去った、あの人。

そして、廃嫡された、かつての婚約者。神々の戦いとは別の、人と人との、地に足のついた因縁が。

まだ、わたくしの帰りを待っている気がした。


(……いつか。あれにも、けじめを、つけなければ)



けれど、それは——また、別のお話。


今は、ただ、世界を救った喜びと、あたたかな食卓のぬくもりに浸っていたかった。


「さあ、皆さん、たくさん召し上がってください」

わたくしは、笑顔で言った。


「これが、わたくしたちの——守り抜いた世界の味です」


ヴァルドの夜は、更けていく。あたたかな灯と、笑い声に包まれて。

——ひと皿の料理から始まった物語は、ひとつの大きな節目を迎えたのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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