表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第13章 世界の始まりへ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
120/141

第120話 始まりの淵

光の神に導かれ、わたくしたちは、地の底へと続く道を下っていった。


進むほどに、空気が変わる。重く、しんと静まり返り。

けれど不思議と、嫌な感じはしない。むしろ——懐かしい。

すべての命が、ここから生まれ、ここへ還る。そんな根源の気配が、満ちていた。


やがて、道の果て。わたくしたちは、その場所にたどり着いた。



それは、言葉を失うほどの光景だった。


巨大な、地の底の空洞。その中心に、深く果てしない淵が、ぽっかりと口を開けている。

淵からは、淡い光が、絶え間なく立ちのぼり、無数の声なき声が、さざめきのように、空気を震わせていた。


その声は、ひとつひとつが、世界のあらゆるものの声だった。風の歌。

水のせせらぎ。大地の鼓動。

生き物たちの、営みの音。それらが、ここで生まれ、世界を巡り、そして、ここへ還ってくる。

淵は、世界の心臓のような場所だった。


世界の中心。すべての声が生まれ、還る場所。

——それが、“始まりの淵”。


「ここに……あのお方が」

わたくしは、淵を見つめた。胸が、震える。

この底に、世界を生んだ神が、絶望の中で眠っているのだ。その存在の、あまりの大きさに、足がすくみそうになる。

けれど——わたくしは、ここへ救いに来たのだ。



『——よくぞ、来た』


淵のほとりに、その人影は、立っていた。


ゆったりとした衣をまとった姿。けれど、その輪郭は、どこか霞んで見える。

何百年もの時が、その身を、半ばこの世から遠ざけているかのように。統べる者。

ついに、その姿を現したのだ。


「あなたが……統べる者」

わたくしは、対峙した。


『そうだ』

その顔は、老人のようでも、若者のようでもあった。ただ、その目だけが、底なしの疲弊と悲しみを、たたえている。


『試練を越えてきたか。大したものだ。初代の託した希望は、存外しぶといらしい』



わたくしは、まっすぐ統べる者を見た。


「あなたのことは、日誌で知りました。初代辺境伯と、あなたが。かつて友だったことも」


統べる者の霞んだ輪郭が、かすかに揺れた。


『……友、か。懐かしい言葉だ』

その声に、ほんの一瞬、深い痛みが滲んだ。けれど、それは、すぐに冷たく沈んでいく。


『昔の話だ。今さら、語る意味もない』


『あの男は、わしを置いて逝った。わしだけが、残された。この、終わらぬ苦しみの中に』

その声に、底知れぬ疲弊が宿る。


『人は、老いて死ぬ。だが、わしは死ねぬ。声を聞く者は、世界が続く限り、生き続ける。わかるか。永遠に独りで、世界中の悲鳴を聞き続ける、その地獄が』



その言葉に、胸が締めつけられた。


統べる者は、友を失い、たった独り、世界中の悲鳴を聞き続けてきた。その孤独の深さは、わたくしの想像を絶するものだった。


「……おつらかった、でしょう」

わたくしは、静かに言った。


「何百年も、独りで。誰にも、わかってもらえず」


『憐れむか』

統べる者の声が、鋭くなる。


『その同情こそ、不要だ。わしは、もう決めた。この苦しみを終わらせる。世界を無に還し、すべての声を、永遠の静寂に沈める』



『淵の底で眠る、あのお方も。同じ望みだ』

統べる者は、淵を見下ろした。


『誰よりも世界を愛し、誰よりも深く絶望した、御方。わしが、その眠りを、完全な滅びへと導いてやる。それが、せめてもの。——手向けだ』


「違います!」

わたくしは、思わず叫んだ。


「あのお方も、あなたも。本当は、滅びなんて望んでいない。ただ、救われたいだけ。誰かに、その苦しみを、わかってほしいだけ!」


統べる者の、動きが止まった。


「わたくしには、わかります」

わたくしは、続けた。


「だって、あなたは、わたくしたちを、ここへ導いた。本当に、滅ぼしたいだけなら、そんなこと、しないはずです」


隣で、アルヴィスが、そっと、わたくしの背を支えた。ティナも、ダグも、ナギも。

淵の圧倒的な気配に怯みながらも、わたくしの傍を離れない。独りではない。

この心強さこそが、統べる者の知らなかったもの。彼が、最も欲しかったものかもしれない。



長い、沈黙が流れた。


淵の光が、二人の間で、静かに揺れている。やがて、統べる者は、低く笑った。

けれど、それは嘲りではなく、どこか、泣いているような笑いだった。


『……ふ。やはり、お前は、あの男に、似ている』


その言葉を最後に、統べる者の輪郭が、再び、霞の中へと消えていく。『見せてもらおう。

お前の、その甘い理想が、この絶望の前で、どこまで通じるのかを』


淵の底から、地鳴りのような音が、響きはじめた。いよいよ、世界の運命を賭けた対峙が、始まろうとしていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ