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【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第13章 世界の始まりへ

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第115話 瘴気を断つ

瘴気の化け物が、地を這うように迫ってくる。


触れれば、力を奪われる。アルヴィスの剣も、長くは保たない。

まともにぶつかっては、勝ち目がない。わたくしは、必死に頭を巡らせた。


(……あの化け物は、神の力を歪めて作られたもの。なら、必ず、どこかに綻びがあるはず)


《美食家の舌》を研ぎ澄ます。瘴気の放つ、淀んだ気配。

その中に、かすかな、不協和音のようなほころびを感じ取った。



「ティナ。あの化け物、どこか、繋ぎ目のように弱い場所が、ないですか」


水鏡なら、瘴気の奥の構造が見えるはず。神の力を歪めて作られたものなら、必ず、その力の中心がある。

料理と、同じだ。どんな複雑な一皿にも、味の要となる核がある。

それを見抜けば。


「見てみる」

ティナが、水鏡をかざす。


「……あった! 体の真ん中。心臓みたいに、瘴気が渦巻く核。でも、ぐるぐる瘴気に守られてて、近づけない」


核。そこが急所だ。

あの瘴気の渦さえ、突破できれば。


「ダグさん。あの核めがけて、足場を、作れますか」


「やってみる」



ダグが、両手を地に打ちつけた。


地面が、轟音とともに隆起する。化け物の足元から、巨大な岩の柱が突き上がった。

その勢いに、化け物がよろめき、瘴気の守りが、一瞬薄れる。


「今です、アルヴィス様!」


「——応!」


アルヴィスが、岩の柱を駆け上がる。薄れた瘴気の隙間を縫って、剣を振りかぶり、化け物の核へと——突き込んだ。



ぎゃああ、と、化け物が、耳をつんざく悲鳴を上げた。


核を貫かれ、瘴気の体が、ぐらりと崩れる。けれど——倒れない。

傷ついた化け物は、いっそう凶暴になり、むちゃくちゃに瘴気を撒き散らしはじめた。


撒き散らされた瘴気が、触れた草木を、たちまち黒く枯らしていく。緑が、命が、見る間に失われる。

あれが、村に、人に届けば、どれほどの命が奪われるか。背筋が寒くなった。

一刻も早く、仕留めなければ。


「アルヴィス様!」


剣を引き抜いた、アルヴィスの全身に、黒いもやがまとわりつく。彼の顔が、苦痛に歪んだ。

力を、奪われている。このままでは。


「させない!」



わたくしは、咄嗟に駆け出した。


懐に忍ばせていた小瓶。旅の常備品の香草から抽出した精油に、これまで救ってきた、神々の恵みを混ぜ込んだもの。

ミルディアの清らかな水。サウディスの潤いの実り。

火の神の加護が宿る、香辛料。救った神々への感謝を込めて、旅の間に、少しずつ作りためてきた、お守りのような一品だった。

それを、アルヴィスにまとわりつく、もやめがけて、振りかけた。


すると——黒いもやが、じゅっと音を立て、霧散する。清らかな神々の恵みに、瘴気がたじろいだのだ。


「……助かった」

アルヴィスが、もやを振り払い、体勢を立て直す。


「この香りが効くのか」


「ええ。瘴気は、清らかなものを嫌う。救ってきた神々の恵みが、わたくしたちを守ってくれます。——これで、いけます」



わたくしは、皆に、その精油を配った。


「これを武器に塗って。瘴気をまとわせず、核を叩けます」


ダグの岩に、アルヴィスの剣に、神々の恵みの精油が塗られていく。清らかな加護をまとった武器は、もう、瘴気に力を奪われない。

救ってきた、ひとつひとつの土地。結んできた、ひとつひとつの縁。

その、すべてが、今、わたくしたちの力になっていた。


「ナギ、ティナ。核の位置を、教えて!」


「右に傾いた! 核が、剥き出しになってる!」

ティナが、叫ぶ。ナギも、海の声で研ぎ澄ました感覚で。


「今だ、一気に、行ける!」



総攻撃が、始まった。


ダグの岩が、化け物を押さえつけ、ナギの読みで、動きを先回りし、ティナの水鏡が、核の位置を、寸分の狂いもなく示す。五人の力が、ひとつの矢となって、急所を狙う。

そして、アルヴィスの剣が、清めの光をまとって、核を深く貫いた。


「ぐ、ぎゃあ……ァ!」


断末魔とともに、瘴気の化け物が内側から崩れていく。黒い靄が晴れ、後には、何も残らなかった。

化け物は、塵となって消え去ったのだ。


「……やった」

ティナが、ほっと息をつく。


誰一人、欠けても勝てなかった。声を聞く者たちと、アルヴィス。

皆の力が噛み合って、初めて退けられた、強敵だった。



けれど、空の黒雲は、まだ晴れていなかった。


『——ほう』

統べる者の声が、響く。そこには、わずかな感嘆が滲んでいた。


『あれを、退けるか。……面白い。やはり、お前は、ただの娘ではないようだ』


「統べる者」

わたくしは、空を見上げた。


「あなたの瘴気は、退けました。どうか、もう一度、話を聞かせてください」


『……いや。今日は、ここまでにしておこう』

声に、再び、あの疲弊が滲む。


『だが、覚えておけ。次は、こんな児戯では済まさぬ。お前の、その“希望”を、打ち砕きに来る』


黒雲が、ゆっくりと晴れていく。けれど、去り際の、その声に、わたくしは、確かに感じ取っていた。

“面白い”と言った、あの一瞬。そこには、ほんのわずかだが、何百年も忘れていたような、生きた者への興味の、ひらめきがあった。


完全に絶望しきった者なら、わたくしたちの抵抗など、歯牙にもかけないはず。なのに、彼は、こちらを“面白い”と言った。

まだ、心の奥の奥に、消えきっていない何かがある。


「……必ず」

わたくしは、晴れていく空に呟いた。


「あなたの、その絶望を、解いてみせます」


最初の対決は、辛くも、わたくしたちの勝利で終わった。けれど、本当の戦いは——まだ、これからだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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