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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第13章 世界の始まりへ

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第114話 統べる者、来たる

覚え書きの秘密を知った、数日後。


ヴァルドには、つかの間の穏やかな日々が戻っていた。

ナギは、村の子どもたちに海の話を聞かせ、ティナとダグは、畑仕事を手伝う。

アルヴィスとわたくしは、来たる戦いに備えながらも、あたたかな食卓を囲んでいた。

けれど、その平穏は、唐突に破られた。


ヴァルドの空が、突然、暗くなった。真昼だというのに、分厚い黒雲が、館の上空に渦を巻き、太陽を覆い隠したのだ。


「……これは」

わたくしは、空を見上げた。胸騒ぎがする。

ただの天候の変化ではない。空気が、ぴりぴりと肌を刺す。

何か、よくないものが近づいている。


ティナが、水鏡を抱え、青ざめた顔で駆けてきた。


「セラ様、大変! あの黒い雲、もやと同じ。でも、比べものにならないくらい、濃くて大きい。——今までの、どの影とも違う」



そして——空から、声が降ってきた。


『——よくぞ、ここまでたどり着いた。神の声を聞く、娘よ』


それは、不思議な声だった。老いても、若くもない。

男のようで、女のようでもある。けれど、聞いた瞬間、背筋が凍るほどの、深い虚無を感じさせる声。


「あなたが……“統べる者”、ですね」

わたくしは、空を見据えた。


『いかにも』

黒雲の奥で、何かが、ゆらりと動いた。


『わしの手の者を捕らえ、絆そうとした。余計なことを。だが、おかげで確信した。お前こそが、初代が遺した、忌まわしい“希望”だと』



初代が遺した希望。その言葉に、確信した。

やはり、この者は初代辺境伯を知っている。同じ時代を生きた者なのだ。


「あなたは、初代辺境伯と同じ、神の声を聞く者ですね」

わたくしは、問うた。


「なぜ、同じ力を持ちながら、世界を滅ぼそうとするのですか」


『……なぜ、だと?』


声が、わずかに揺れた。そこに滲んだのは、怒りでも、嘲りでもない。

底知れぬ疲弊だった。


『お前も、いずれわかる。声を聞き続けることの、苦しみが。世界の、あらゆる悲鳴を、何百年も聞き続ける地獄が。——わしは、ただ、終わらせたいのだ。この、終わりのない苦しみを』



その言葉に、胸を突かれた。


統べる者もまた、苦しんでいる。あのお方と、同じ。

世界の声を聞きすぎて、絶望に呑まれた者。捕らえた手の者が、戦で故郷を失っていたように。

この滅び派の頭もまた、深い痛みを抱えていた。


「苦しいのなら」

声を、張り上げた。


「その苦しみを、わたくしに話してください。一緒に、和らげる道を探しましょう。滅びなんて、選ばなくても——」


『——黙れ』


声が、鋭く遮った。空の黒雲が、ぐわりと渦巻き、膨れ上がる。


『救う、だと? 笑止。その甘い考えこそが、初代と同じ。わしは、もう決めたのだ。すべてを、無に還すと』



黒雲から、無数の黒い雷が降り注いだ。


「危ない!」

アルヴィスが、わたくしを突き飛ばす。直後、さっきまで立っていた場所に、黒い雷が突き刺さり、地面を抉った。

尋常な力ではない。


「ダグ!」


「おう!」

ダグが、地に手をつく。地面がせり上がり、岩の壁となって、降り注ぐ雷から、わたくしたちを守った。

けれど、その岩盤も、黒い雷の前に、みるみる削られていく。


「くっ……桁が、違う」

アルヴィスが、剣を構え、唸った。


「これが、何百年も生きる者の力か」



『見せて、やろう』

統べる者の声が、響く。


『お前たちの“希望”が、いかに無力か。わしの絶望の、前で』


黒雲が、ひときわ大きく渦を巻く。その中心に——巨大な影が、形を成していく。

鳥のような、獣のような。あらゆる生き物の断末魔を寄せ集めたような、禍々しい瘴気の塊。


それは、これまで救ってきた、苦しむ神々とは、まるで違った。飢えの神も、渇きの神も、海の神も、苦しんではいたが、その奥には、救いを求める悲しみがあった。

けれど、この化け物には、ただ、破壊と虚無しかない。生きているものへの、純粋な憎悪だけが、渦巻いている。


ティナが、悲鳴を上げた。「あれは……神様? でも、違う。壊れてる。声が、ぐちゃぐちゃで、痛くて聞いてられない……」


統べる者が、眠れる神々の力を歪め、生み出した瘴気の化け物。本来、世界を潤すはずだった神の力を、こんな、おぞましい破壊の道具に変えてしまった。

その事実に、ぞっとした。



化け物が、ぬらりと鎌首をもたげ、わたくしたちめがけて、瘴気の奔流を吐き出した。


「させるか!」

アルヴィスが、前に躍り出る。剣に力を込め、瘴気を斬り払った。

けれど、その刃の触れた箇所から、彼の腕に、黒いもやが絡みつく。


「アルヴィス様!」


「……っ、平気だ」

彼は、顔をしかめ、もやを振り払った。


「だが、こいつは、触れるだけで、力を奪ってくる。長くは、持たんぞ」



「皆さん、下がって!」


わたくしは、叫んだ。けれど、心のどこかで、まだ信じていた。

あの、声に滲んだ疲弊は、本物だった。統べる者は、ただの悪ではない。

救いようの、あるはずだ。


「料理で、必ず、あなたの心も解いてみせます」

わたくしは、空を見上げ、宣言した。


「待っていてください。あなたの、その絶望ごと。——わたくしが、受け止めます」


『——できるものなら、やってみよ』


統べる者の嗤いとともに、瘴気の化け物が、咆哮を上げた。——世界の命運を賭けた戦いが、今、幕を開けた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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