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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第12章 海を越えて世界の真実へ

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第107話 海の幸のごちそう

うねりが去った、その夜。

わたくしは、ナギを連れて浜辺に、簡単なかまどをこしらえた。約束した、食事の支度だ。


「ナギさん。今日、獲れた魚は、ありますか」


「あ、ああ。さっき波が引いたあと、浜に打ち上げられてたのを、何匹か」

ナギは、まだ戸惑った様子で、籠を差し出した。中には銀色に光る、新鮮な魚が、数匹あった。


それを見て、わたくしの《美食家の舌》が、ぴくりと反応した。


(……いい魚。身が、締まっている)



「素晴らしい。これは、いい出汁が取れます」


わたくしは、さっそく調理に取りかかった。まずは、一匹を三枚におろす。 新鮮な白身が、つやつやと輝いていた。


「ナギさん。漁師なら、魚の扱いはお手のものでしょう。手伝っていただけますか」


「お、おれが?」


「ええ。あなたの目利きが、欲しいんです」わたくしは微笑んだ。

「どの魚が、いちばん脂が乗っているか。どこの海で獲れたものか。あなたなら、わかるでしょう」


ナギは、おずおずと魚を手に取った。そして、そのうちに、漁師としての本能が目を覚ましたのか、手際よく魚を選り分けはじめた。


「……この、銀色の腹のやつが、いちばん脂が乗ってる。沖の深いところの魚だ」


「さすがです」



火を起こす。


まずは、白身魚を炙る。皮目を、ぱりっと香ばしく。 脂が、じゅうっと滴り、火に落ちて、芳ばしい煙が立ちのぼる。それだけで、ナギの喉が、ごくりと鳴った。


けれど、ここは海の恵み豊かな、南の島。ヴァルドの雪国の味とは違う一皿を、作りたい。 わたくしは、浜辺にたわわに実る、黄色い果実を見つけていた。爽やかな酸味を持つ、この土地の柑橘。 それを、ぎゅっと搾る。


その炙った身に、岩塩と柑橘の汁を合わせた、特製の塩ダレをかける。仕上げに、磯で摘んだ、香り高い青い葉を添えて。 ぱっと鼻に抜ける、爽やかな香り。脂の乗った白身に、柑橘の酸味が、きりりと寄り添う。 南国の太陽を、そのまま皿にのせたような一品だった。


「これには、理由があります」ナギに、説明した。

「脂の強い魚は、酸味と合わせると、後味が、ぐっと軽くなる。いくらでも食べられる。この島の柑橘だからこそ、できる味の引き算です」


「これは……」漂う匂いに、ナギが目を見開く。


「どうぞ。まずは、ひと口」皿を、差し出した。



ナギは、おそるおそる、炙り魚を、口に運んだ。


その瞬間、彼の目が大きく見開かれた。動きが止まる。 ——そして。


「……っ。——うまい」


ぽつりと呟いた声が、震えていた。

「なんだ、これ。爽やかでそれでいて、脂が濃くて。こんなの、初めてだ」


ナギは、夢中で頬張った。皮は、ぱりっと香ばしく。 中の白身は、ふっくらとほどけて、じゅわりと甘い脂が滲み出す。そこへ、柑橘のきりりとした酸味が、さっと重い脂を洗い流す。 後を引く、爽やかさ。いくらでも箸が進む。 漁師として、何度も口にしてきたはずの魚が、まるで、別のごちそうに、生まれ変わっていた。


「うまい……。うまいよ……」


気づけば、ナギの頬を、涙が伝っていた。



「ずっと……独りで、食べてた」ナギは、ぽつぽつと語りはじめた。

「村の隅で、誰とも話さず。冷たい握り飯を、海を見ながら。あったかい飯なんて。誰かと囲む食卓なんて。とっくに諦めてた」


その言葉に、胸が締めつけられた。彼の孤独の深さが、このひと椀の温もりへの涙に、すべて表れていた。


「もう、独りじゃありません」優しく、言った。

「あなたの力は、村を救った。あなたは、もう嫌われ者じゃない。そして、わたくしたちは、あなたと同じ。声を聞く仲間です」


ティナが、こくりと頷いた。

「わたしも、水の声が聞こえるの。最初はすごく怖かった。でも、今は宝物」


ダグも、続けた。

「俺は、地面の声だ。独りじゃねえって。それが、どんなに心強いか。あんたにも、わかるはずだ」



ナギは、涙を拭い、顔を上げた。


その目に、もう、怯えはなかった。あるのは、確かな決意の光。


「セラさん。おれ、力を貸したい」ナギは、言った。

「この海の声で、あんたたちの力になりたい。海の神様を救うって言うなら。おれも、連れて行ってくれ」


待っていた、言葉だった。三人目のティナ、四人目のダグ。 そして今、五人目の同志が、自らの意志で、わたくしたちのもとへ加わった。


「ええ。一緒に、行きましょう」わたくしは、彼の手を握った。

「海の神の苦しみを、あなたの力と、わたくしの料理で、必ず、解いてみせます」


ナギの手は、潮と漁網で、ごつごつと硬かった。けれど、その手は温かかった。 長く独りで、海と向き合ってきたその手が、今、わたくしの手を、しっかりと握り返している。


「……海の神様も」ナギが、ぽつりと言った。

「きっと、独りで苦しんでるんだ。おれには、わかる。あの海の声の悲しみは、誰にもわかってもらえない、孤独の声だ」


その言葉に、はっとした。海の神もまた忘れられ、独りで苦しんでいる。 ナギが、そうだったように。ならば、救う道は見えている。


「あなたがいてくれて、よかった」

「海の神の心がわかる、あなたが、きっと、この旅の鍵になります」


満天の星の下、あたたかな海の幸を囲んで。新たな絆が、静かに結ばれた。

——海の神の救済へ。その確かな一歩を、踏み出して。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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