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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第12章 海を越えて世界の真実へ

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第106話 うねりに抗う

「村のみんなを、高台へ!」


わたくしは、即座に叫んだ。けれど、ナギは絶望したように、首を振った。


「もう、間に合わない。あのうねりの速さじゃ、——逃げ切れない!」


水平線の盛り上がりが、みるみる近づいてくる。村の人々が異変に気づき、悲鳴を上げはじめた。 このままでは、漁村が丸ごと呑み込まれてしまう。


(……考えなさい。何か、手は)


必死に、頭を巡らせた。

——気づいた。 ナギの力に。


「ナギさん。——あなたは、海の声が聞こえるのですよね」彼の肩を掴んだ。

「なら、わかるはず。あのうねりが、どこをどう進んでくるのか」



「わ、わかる。けど……それが、何になる!」


「教えてください。——いちばん波の力が弱まる場所は、どこですか」まっすぐに、彼を見た。

「波は、海の底の地形で進み方が変わります。浅瀬や岩礁があれば、勢いは削がれる。——あなたの耳なら。その逃げ道が、聞こえるはずです」


ナギが、はっと目を見開いた。そして、ぎゅっと目を閉じ、海の声に耳を澄ます。


「……東の、岬の陰。あそこは、海の底に、大きな岩棚がある。——うねりが、あそこで二つに裂ける。村のちょうど横を、すり抜けていく!」


「それです!」村人たちに、向き直った。

「東の岬の陰へ! 急いで!」



アルヴィスが、すかさず動いた。


「おれが誘導する!」彼は、よく通る声で村人たちをまとめあげた。

歴戦の指揮官の、的確な采配。混乱しかけた人々が、彼の声で整然と動きはじめる。


「老人と子どもを、先に! 荷は捨てろ、命がいちばんだ!」アルヴィスの判断は、速かった。

彼は、地形をひと目で読む。

「あの岩場は、崩れやすい。回り込め! ——東側の、なだらかな斜面から登るんだ!」


戦場で、幾度も人の命を預かってきた男。その経験が、こんな時にものを言う。 誰を、どの順で、どの道で逃がすか。一瞬の迷いも、なかった。


ティナも、水鏡で避難路の安全を確かめる。ダグは、地の声で、地面の緩んだ箇所を避け、最短の道を示す。


そして、ナギ。

彼の海の声の導きが、何より確かな命綱だった。


「こっちだ! 早く!」

ナギが、自ら先頭に立った。さっきまでの諦めの色は、もうない。

彼は、必死に村人たちを岬の陰へと、導いていく。



巨大なうねりが、村に迫る。


「間に合うか……!」

アルヴィスが、最後の一人を抱え上げ、斜面を駆け上がる。背後に、黒い壁のような海が迫っていた。


そして——うねりが、村に到達した。


轟音とともに、海がせり上がる。けれど、ナギの言った通りだった。

うねりは、海底の岩棚にぶつかり、真っ二つに裂けて、村のすぐ脇をすり抜けていったのだ。


家々はいくらかは傷ついたが、 しかし誰一人、波に呑まれることはなかった。全員が無事だった。


「……助かった。——助かったぞ!」


漁村に、安堵の声が満ちる。人々が抱き合い、涙を流して喜ぶ。

そして——その視線が、自然と、一人の青年に集まった。


ナギ。

——“災いを呼ぶ”と爪弾きにされてきた、その青年に。



「ナギが……ナギの、おかげだ」


誰かが、ぽつりと呟いた。その言葉が、波紋のように広がっていく。 これまで彼を恐れ、遠ざけてきた村人たち。その顔に、今、浮かんでいるのは、畏れではなく——感謝だった。


ナギは、呆然と立ち尽くしていた。信じられない、という顔で。


「……おれ。——みんなを、助けられたのか」


「ええ」彼の隣に立ち、微笑んだ。

「あなたの力は、災いなんかじゃない。人を救う力です。今、あなた自身が、それを証明してみせた」


ナギの目に、じわりと涙が滲んだ。


「ずっと……ずっと、思ってた」彼は、震える声で呟いた。

「この、海の声が聞こえる耳は。みんなに嫌われる、呪いなんだって。——嵐を、魚の不漁を、おれが呼んでるんだって。だから、村の隅で、息をひそめて生きてきた」


その長い孤独を思うと、胸が締めつけられた。ティナも、ダグも、かつて、同じ苦しみを味わってきた。 声を聞く力ゆえに、疎まれ、独りだった日々を。


「でも、違ったんだな」ナギは、村人たちの笑顔を見渡した。「おれの耳は。——みんなを、守るために、あったんだ」


長い、長い孤独の果てに。彼は初めて、自分の力で、誰かの笑顔を守れたのだ。



うねりは、去った。


けれど、わたくしは知っていた。これは、ほんの始まりにすぎない。 海の神の苦しみは、まだ何も、解決していない。今日のうねりは、その、ほんのひと声にすぎないのだ。


それでも——今日、確かに一つの奇跡が生まれた。孤独だった青年が、仲間と村人に囲まれている。 その光景こそが、これから始まる戦いの希望だった。


「さあ」わたくしは、ナギに向き直った。

「約束、しましたね。一緒に、食事をしましょう。あなたを助けてくれた、その力に。おいしいご褒美を、あげなくては」


ナギのお腹が、また、くう、と鳴った。今度は、彼も、照れたように笑った。

——その初めての笑顔が、何より嬉しかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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