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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第12章 海を越えて世界の真実へ

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第104話 海を越えて

ティナの水鏡が捉えた、海の向こうの白い光。

その新たな同志のもとへ向かうため、わたくしたちは港町へと、やってきた。


潮の香りが、鼻をくすぐる。

ヴァルドの澄んだ山の空気とも、アスタリカの乾いた熱風とも違う。

湿って、どこか懐かしい海の匂い。


前世で、嗅いだことのある匂いだった。


「広いなあ……」


ダグが、水平線を見つめて呟いた。

鉱山育ちの彼にとって、果てしない海は、生まれて初めて見る絶景なのだろう。


「わたしも、海を見るの、初めて」ティナも、目を輝かせている。



港には、さまざまな船が停泊していた。

その一隻に、乗り込む手はずを整えていた。

海の向こう——地図によれば、いくつもの島が連なる、遠い群島へ。


新たな同志は、そのどこかにいる。


「船旅は、長くなる」アルヴィスが言った。


「数日は揺られることになるだろう。——大丈夫か」


「ええ。——むしろ、楽しみです」


「海の幸を、この目で見られる。きっと、ヴァルドでは手に入らない、素晴らしい食材が待っています」


その言葉に、アルヴィスが、ふっと笑った。


「お前は、どんなときも、食のことだな」


けれど、その目は、呆れているのではなかった。

むしろ、どこまでも優しく、わたくしを見つめている。


「——そういうお前だから、おれは、目が離せない」


ふいに放たれた、その言葉に。

頬が、熱くなるのを感じた。


「……アルヴィス様。急に、何を」


「事実を、言ったまでだ」

彼は、こともなげに、けれど、確かな熱を込めて続けた。


「世界の謎だの、神だの。——大きな話の渦中でも、お前は、ただ、おいしいものに目を輝かせる。その姿が、おれには、何より愛おしい」


「……料理人ですから」


照れ隠しに、そう返すのが、精一杯だった。


けれど、アルヴィスは、満足げに口元を緩めている。

——この人には、敵わない。



船に乗り込み、ほどなく、船は港を離れ、大海原へと漕ぎ出した。

甲板から見る海の景色は、圧巻だった。

どこまでも続く、青。

きらめく、波頭。

風をはらんだ、白い帆。


——胸が、すっと晴れていくようだった。


潮風が、思いのほか冷たい。


わたくしが、わずかに身をすくめると、すかさず、アルヴィスが、自分の上着をわたくしの肩にかけてくれた。


「冷えるだろう。——海の風は、侮れん」


「ありがとう、ございます」彼の上着の温もりに、ふわりと包まれる。


さりげない、その気遣いが、じんわりと胸に染みた。


潮風が、わたくしの髪を乱す。


と——アルヴィスの指が、そっと伸びてきた。

風で頬にかかった後れ毛を、彼は、優しくすくい上げ、耳にかけてくれる。

その指先が、頬に触れた。


「……アルヴィス様」思わず見上げると、すぐ近くに、彼の顔があった。


広い海の上、二人きりのような近さで。


「すまん。——つい、手が動いた」

彼は、わずかに目をそらす。


けれど、その耳は、ほんのり赤い。

氷の死神と恐れられた男の、不器用な優しさ。

——それが、たまらなく愛おしかった。


けれど、この旅は、ただの船旅ではない。

胸元の五つの珠が、時折、かすかに疼く。

揺らぎはじめた“あのお方”の眠りに、呼応するように。

——世界の核心へ近づくほど、その鼓動は、強くなる気がした。


「……アルヴィス様」潮風に髪をなびかせながら、呟いた。


「わたくしは、ずっと考えていました。——なぜ、わたくしが、この世界に生まれ変わったのか」



前世のわたくしは、料理に、人生を捧げた。

そして、過労で倒れた。

誰にも看取られず。

——孤独な最期だった。


けれど、目が覚めたら、この世界の令嬢、セレスティアとして、生きていた。


「偶然だと、思っていました。——でも、最近、そうではない気がするのです」続けた。


「神の声を聞く舌。前世の料理の知識。——その二つが揃ったわたくしが、よりによって、世界が滅びかけている、この時代に生まれ変わった。——偶然にしては、できすぎています」


アルヴィスが、静かに、わたくしの隣に立った。


「お前は、選ばれたのかもしれん」

彼は言った。


「世界を、救うために。——何者かの意志によって」


「何者か……」


その言葉が、胸に引っかかった。


わたくしを、この世界に呼んだ者。


それは、いったい——。



「……ひとつ、気になっていることがあります」わたくしは続けた。

「ヴァルドの古い記録。初代辺境伯の、覚え書き。——あそこには、こう記されていました。“神の声を聞く舌は、いつか必ず還ってくる”と」


アルヴィスが、目を見開いた。


「還ってくる……? まるで、お前が来ることを、知っていたかのような」


「ええ」と頷く。


「初代辺境伯は、何かを知っていた。原初の神のことも、神の声を聞く者のことも。——そして、いつか、わたくしのような者が現れることも。だからこそ、ヴァルドに、あの記録を遺した」


なぜ、初代辺境伯は、それを知り得たのか。

原初の神と、どんな関わりがあったのか。


——その謎を解くことが、きっと、“あのお方”の絶望を解く鍵になる。


そんな確信めいた予感があった。


「焦らず、一つずつだ」

アルヴィスが、わたくしの肩に、そっと手を置いた。


「まずは、海の向こうの同志に会う。——謎は、その先に、必ず繋がっている」


その手の温もりが、逸る心を、静かになだめてくれた。



その夜。


船の食堂で、腕をふるった。

船乗りたちが分けてくれた、新鮮な海の幸。

見たこともない、色とりどりの魚。

ぷりぷりとした貝。


——《美食家の舌》が、その一つひとつの最高の味を、教えてくれる。


白身魚は、さっと塩を振り、潮の旨味を閉じ込める。

皮目を香ばしく炙れば、ふわりと磯の香りが立つ。


貝は、酒蒸しにして、旨味をぎゅっと凝縮する。

そこへ、ヴァルドから持参した味噌を、ほんの少し。

海の出汁に、コクと深みが加わった。


——船の揺れる食堂に、湯気と、豊かな香りが満ちていく。


「うまい……! こんな魚、食ったことねえ!」


船乗りたちが、歓声を上げた。

荒くれ者の彼らが、子どものように目を細めて頬張る。

その光景に、ティナとダグも、嬉しそうに笑う。


料理は、この海の上でも、人と人を繋いでいく。


「——よし。これで、船の上でも、わたくしたちは、独りじゃありません」


新たな同志のいる、群島へ。

そして、初代辺境伯と、原初の神の、謎の核心へ。

船は、星明かりの海を、静かに進んでいった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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