第102話 それぞれの想い
前宰相を捕らえた後。
王都は、ようやく、落ち着きを取り戻した。
国王は、わたくしたちの働きを大いに称えた。
出頭命令という汚名はすべて晴れ、ヴァルドへの嫌疑も、完全に撤回された。
それどころか——。
「ヴァルド辺境伯夫人、セレスティア。——そなたを、王国の特別な客人として遇する」国王は宣言した。
「今後、王国は、そなたの戦いを全面的に支援する。世界の滅びに抗う、その戦いを」
王国の後ろ盾。
それは、大きな力だった。
アスタリカに続き、母国の王権も。
——確かな味方として、得たのだ。
◇
ヴァルドへの帰り道。
馬車の中は、賑やかだった。
ティナとダグが、王都での出来事を興奮気味に語り合っている。
「ティナの水鏡、すごかったな。敵の動き、全部お見通しだった」
「ダグの地の声だって。地下道のこと、すぐ分かったじゃない」
二人は、すっかり打ち解けていた。
かつて、それぞれの土地で孤独に苦しんでいた子どもたちが。
それが今は、互いの力を認め合い、笑い合っている。
——その姿が、何より嬉しかった。
「二人とも、本当によく頑張りました」
「あなたたちがいなければ、宰相の企みは暴けませんでした。——立派な、わたくしの仲間です」
ティナとダグが、照れくさそうに顔を見合わせた。
◇
「なあ、セラさん」ふと、ダグが真剣な顔になった。
「前宰相が言ってた、あの言葉。——本当の黒幕は、俺たちと同じ、神の声を聞く者だって。あれ、どういうことなんだ」
その問いに、馬車の中が、静かになった。
「……正直、わたくしにも、まだ分かりません」正直に、答えた。
「でも、もし本当だとしたら。——とても悲しいことです。わたくしたちと同じ力を持つ者が。世界を救うのではなく、滅ぼそうとしている」
なぜ、同じ声を聞く者が滅びを望むようになったのか。
そこには、きっと、何か深い理由がある。
わたくしには、それを知る必要があった。
「だからこそ、わたくしは、その人に会いに行きたい」
「そして、できることなら。——その人の心も、救いたいのです」
◇
ヴァルドに戻ると、セバスや村人たちが、温かく出迎えてくれた。
久しぶりの我が家。
そして、あたたかい食卓。
——遠く王都で戦ってきた疲れが、ふっと癒えていく。
その夜。
わたくしは、皆のために腕をふるった。
王都での勝利を祝う、ささやかな宴。
卓には、ごちそうが所狭しと並ぶ。
とろりと煮込んだ、肉のシチュー。
ダグの掘り当てた井戸水で炊いた、つやつやの穀物。
ティナが「いちばん甘い」と選んだ野菜の丸焼き。
そして、蜜をたっぷりかけた焼き菓子。
湯気と香ばしい匂いが、館いっぱいに満ちる。
村の子どもたちが歓声を上げ、大人たちも、杯を交わして笑う。
「やっぱり、セラ様のご飯が、いちばん」
ティナが、焼き菓子を頬張り、頬を緩めた。
「ああ。——この味のために、また頑張れる」
ダグも、シチューをすすり、しみじみと言った。
鉱山で乾物しか知らなかった青年が、今は、こうして、あたたかい食卓を心から味わっている。
その光景を眺めながら、ふと、思った。
ダグが掘り当てた井戸の水。
ティナが選び抜いた、いちばん甘い野菜。
——かつて「嘘つき」と疎まれ、「気味が悪い」と恐れられた、二人の力。
それが今、こうして、あたたかな御馳走に変わり、みんなの笑顔を生んでいる。
誰も、その力を恐れない。
むしろ、ありがとう、と笑いかける。
胸が、熱くなった。
孤独だった、声を聞く子どもたちが、ここに、確かな居場所を見つけたのだ。
家族のように囲む、あたたかな食卓。
その中に、二人は、いる。
——ふと、あの黒幕の影が、よぎった。同じ声を聞く力を持ちながら、何千年も、ただ一人で苦しみ、世界を滅ぼしたいと願うまでに、孤独だった者。もし、あの人にも、こんな食卓があったなら。誰かと笑い合える居場所が、あったなら。——きっと、滅びなど望まなかった。
「……だから、わたくしは」小さく、呟いた。
守りたい。
この、あたたかさを。
そして、いつか、あの孤独な神にも。
——同じ温もりを、届けたい。
◇
宴の後。
わたくしは、アルヴィスと二人、星空を見上げていた。
「いよいよ、だな」アルヴィスが、静かに言った。
「“あのお方”。そして、その背後の、神の声を聞く者。——お前の戦いは、これから、本当の核心に入る」
「ええ」わたくしは頷いた。
「怖くないと言えば、嘘になります。——でも」
わたくしは、隣のアルヴィスを見上げた。
そして、振り返れば、館の窓に灯る温かな明かり。
仲間たちの、笑い声。
「これだけ、たくさんのものを、守るために。——わたくしは、戦えます。どこまでも」
「ああ。——二人で。いや、みんなでだ」
◇
その夜、眠りにつく前。
わたくしは、五つの珠を、そっと手のひらにのせた。
味、潤い、水、火、風。
救ってきた、神々の力。
けれど、今夜は、その重みより、胸を満たす温もりのほうが、ずっと大きかった。
仲間たちの笑い声。
アルヴィスの手の温もり。
村人たちの、はじける笑顔。
——わたくしが守りたいのは、世界などという大それたものより、まず、この目の前の、ささやかな幸せなのだ。
(……必ず、守ってみせます)
どんな戦いが待っていようと、この、あたたかな日常を手放さない。
その、ささやかで強い覚悟こそが、きっと、どんな大きな敵にも立ち向かう力に、なる。
わたくしは、珠を、そっと握りしめた。
明日も、また、みんなのために、台所に立とう。
——そう思いながら、穏やかな眠りに、ついた。
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