魔法陣の最適化
ギルドに戻ると、ルナリアと名乗った銀髪の少女はすでに次の依頼の前で待っていた。
「ねえ、さっきの薬草採取のルート、教えてくれない? あたしも効率上げたいの!」
彼女の碧い瞳は好奇心でキラキラしていて、断るのが少し悪い気になった。
でも今は自分のことを優先したい。俺は軽く手を振ってかわした。
「後でな。今は別の依頼を受けてくる」
「えー、ケチ! まあいいわ。また後でね!」
ルナリアは笑顔で手を振り返し、ギルドの奥へ去っていった。
活発で、声が大きく、動きが速い。俺とは正反対の人間だ。
俺は依頼板の前に戻り、次の仕事を探した。
目についたのはこれだった。
【緊急依頼:街灯魔法陣の修理】
報酬:銅貨30枚
内容:西通りにある街灯魔法陣が故障中。夜間の治安悪化を防ぐため、早急に修復願う。
「魔法陣……本格的な魔法に触れる初めての機会か」
俺は依頼を受け、受付嬢に場所を聞いた。
西通りはギルドから徒歩十五分ほどの場所らしい。道具として「魔力筆」と「基礎魔力石」を貸してもらった。
現場に着くと、なるほど、確かに暗かった。
石畳の道沿いに並ぶ街灯の半分以上が消え、残りも明滅している。
近くの住人が不安そうに窓から顔を出していた。
魔法陣は地面に刻まれた複雑な円とルーン文字の組み合わせだった。
一部がひび割れ、魔力が漏れているのが見て取れる。
「さて……どうなってるんだ?」
俺はしゃがみ込んで魔法陣をじっくり観察した。
視界に境界演算システムのウィンドウが補助表示を出してくれる。
【解析モード起動】
【対象:街灯用恒常照明魔法陣(中級)】
【問題点:魔力循環ループの冗長化・無駄分岐多数・出力効率42%】
……なるほど。
これはプログラミングでいうところの「スパゲッティコード」だ。
同じ処理を何度も繰り返している無駄なループ、使われていない分岐、効率の悪い魔力の流れ。
俺は魔力筆を握り、頭の中でコードを最適化し始めた。
(まず、この無駄ループを削除。ここは条件分岐をシンプルに。出力は集中させて、消費を抑えつつ明るさを上げる……)
現実世界で独学したPythonやアルゴリズムの考え方が、ここでは魔法陣の設計に応用できる。
魔力の流れを「変数」、ルーンを「関数」、循環を「ループ」と捉えると、驚くほど整理できた。
三十分ほどで修正が完了した。
「よし……これでどうだ?」
俺は魔力石を中央に置き、軽く魔力を流してみた。
瞬間——
魔法陣が淡い青白い光を放ち、道全体が明るくなった。
以前の1.5倍は確実にある。しかも魔力の消費は体感で半分以下に感じる。
周囲から感嘆の声が上がった。
「おお……! すごいぞ、急に明るくなった!」
「これ、誰が直したんだ?」
住人たちが窓を開けて顔を出す。
俺は照れくさくなって軽く頭を掻いた。
ギルドに戻ると、受付嬢が目を丸くして待っていた。
「零さん! もう修理完了ですか!? しかも……報告によると、魔法陣の明るさが大幅に向上して、魔力消費も抑えられているそうですけど……本当ですか!?」
「ああ。少し調整しただけだ」
「少しって……普通の魔術師見習いでも半日かかる作業ですよ!? Eランクの新人さんが一日でここまで……」
ギルド内にざわめきが広がった。
冒険者たちが俺をちらちら見ながら囁き合う。
「なんだあいつ、ただの新入りじゃねえぞ」
「魔法陣の最適化だって? そんな高度なこと……」
俺は報酬の銅貨30枚を受け取りながら、内心で小さくガッツポーズをしていた。
(やった……また、できた)
現実世界では、プログラミングのコードを書いても誰にも評価されなかった。
チーム開発に加わっても「使えない」と言われ、結局一人でゲームばかり。
でもここでは、違う。
ここでは、俺の知識が誰かの役に立っている。
「ふふ……これは、ゲームの延長だよな」
まだ自分に言い聞かせるように呟いた。
本当は、もっと大きな何かが変わり始めている気がした。でも今は認めたくなかった。
認めてしまったら、現実に戻るのが怖くなる。
ギルドの外に出ると、夕陽が西の空を赤く染めていた。
青かった空が、燃えるような色に変わっている。
「綺麗だな……」
そのとき、再び背後から声が飛んできた。
「ねえ! 今度は魔法陣の修理だって聞いたわよ! あんた、本当にただ者じゃないわね!」
ルナリアが駆け寄ってきた。
銀髪のポニーテールが元気よく跳ね、碧い瞳が興奮で輝いている。
「さっきの薬草に続いて魔法陣まで最適化したんでしょ?どうやったの?教えてよ!あたしも見習いたい!」
彼女は俺の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張ってくる。
拒否しにくい、行動的な笑顔だった。
俺は少し後ずさりながら、苦笑した。
「……後でな。まだ俺もよくわかってないんだ」
「えー! じゃあ今度一緒に依頼受けようよ!あたし、魔術師見習いだから、きっと役に立つわ!」
ルナリアの勢いに押され、俺は曖昧に頷いた。
この世界に来て、まだ一日と少し。
でも、確実に何かが動き始めていた。
俺は英雄になれるのかもしれない。
そんな淡い期待が、胸の奥で小さく灯り始めていた。




