幕間:金の卵の使い道
花の都の隣の領地の領主の息子の視点です。
隣の領地には、花の都と呼ばれる美しい町がある。
前領主が、私財をなげうって造り上げた町であり、まさに、この世の楽園とも呼べるような素晴らしい町だ。
それを見て、親父が何を考えたのかと言われたら、観光地化である。
美しい花には甘い蜜がたっぷりとあり、それに群がる蝶から搾り上げれば、間違いなく金になる。
なるほど、確かにそれはそうかもしれない。
観光地となるからには、何かしらの強みが必要だ。美しい景色、うまい食べ物、豊富な娯楽、それらがなければ、人は集まらない。
その中でも、花の都は景色に秀でており、他がなくても、それだけで人を呼べるだけのポテンシャルがあった。
しかも、その土地は、未開拓エリアの端っこにあり、そこに行くためには、必ずこの領地を通る。
人が増えれば、それだけ落としていくお金も増えるわけで、花の都が観光地となれば、相乗効果でこちらも儲かるわけだ。
まさにウィンウィンの関係。親父は、絶対に頷くだろうと確信を持って、観光地化の話を持ちかけた。
だが、前領主は頷かず、今の領主も、後ろ向きな考え。
何とか、一部に宿屋を建てさせ、観光客を入れる下地は作ったものの、期待していた収益とは程遠かった。
なぜ、花の都の領主は観光地化を拒むのか。親父は怒鳴り散らしながらイライラしていたが、実際に行ってみれば、その理由はなんとなく想像がつく。
俺は、親父の名代として、何回か花の都を訪れる機会があった。
そうして、その町が、どんな目的で作られたのかを知ったのだ。
道に植えられた木や花々はもちろん、広場に置かれたベンチ、時計塔の位置、花街の配置など、いずれもそれは、一人の男のために作られたものだと伝わってきた。
あれは、観光地にするために作られたんじゃない。今の領主のために作られたのだ。
そう考えれば、領主のみならず、町の住人達も、観光地化に反対なのも頷ける。
ここは、今の領主のための町であって、観光客のための町ではない。
それを考えると、親父の言うことは、間違っているんじゃないかと思ってしまった。
確かに、この町は観光地としてとてつもないポテンシャルを持っている。
実際、少し観光客を入れただけでも、宿屋は常に満室だし、系列店である屋台の収益もとんでもない。
本気を出せば、この何倍もの収益が見込めるとはいえ、そこまでやってしまったら、この町の魅力は、なくなってしまうのではないだろうか。
以前、領主からこんな話を聞いたことがある。
観光客が、ゴミをポイ捨てしたり、夜に大声を出したりなど、様々なトラブルが発生していると。
観光客を入れる以上、それらの問題はつきものだ。
そうして被る迷惑と、収益とを天秤にかけ、収益の方が勝るからこそ、それを許容する。
しかし、領主は迷惑の方に天秤が傾いており、観光客を入れたくないと思っている。
そりゃそうだ。元々、そう言う町なのだから。
だが、親父に逆らって、この町から手を引こうと進言したところで、親父は聞こうとしないだろう。
今の時点でも、花の都のおかげで、領地の収益は上がっている。それに、近々内乱が起こるかもしれないと言われていて、その準備のためにお金も必要だ。
だから、さっさと観光地化を推し進めて、もっと金を稼ぎたい。そう思っていることだろう。
親父の言うことも間違ってはいないと思うが、どうにも気が乗らない。
せめて、何かきっかけでもあればいいのだが。
「なに、ポーションだと?」
そんな風に思っていた時、提案されたのが、質の高いポーションを渡すから、これ以上手を出さないでほしいというものだった。
ポーションは、冒険者の必需品ではあるが、戦争においても、無類の強さを発揮する。
特に、前線の兵士達は、ポーションのありなしで生存率が変わってくるため、ポーションをけちる国は大抵負ける。
内乱のために、こちらもポーションは集めていたが、元々が高額なのもあって、量が手に入らず、また買いしめれば、その分値段も高騰していく。
このままでは、負けてしまうかもしれない。そう思っていたところに、その提案だ。飛びつかないはずがない。
しかし、今までポーションなど、全然話が出てこなかったのに、一体どうしたというんだろうか?
この町は、確かに領主のためを思った施設が充実しているが、薬師がそんなに多くいるとは聞いたことがなかった。
これがはったりだったら、流石に軽蔑するが、こいつはそんなことをできるような人間ではない。
実際、自らの体を傷つけようとして証明してくれたし、嘘ってことはないだろう。
ポーションがただで、大量に手に入る。まさに破格の条件。
将来の収益を手放す代わりに、今の安定した収益を維持しつつ、戦争にも備えられるとなれば、言うことはない。
俺は、その話を手に、親父に報告に行った。
親父は、金の卵を手放すなんて、と言っていたが、ここで欲をかいて、戦争で負けようものなら、間違いなく親父はギロチンにかけられる。
小銭を拾うために、命を差し出すなんて馬鹿のすることだ。
現状でも、領地の財政は安定している。むしろ、上向いている方だ。
これ以上を望んで負けるくらいなら、安定してポーションを手に入れられる今の提案を飲んだ方がいい。
何度か説得すると、親父はようやく頷いた。
親父には、まだまだ現役でいてもらわなければならない。賢明な判断をしてくれてよかった。
「……というわけで、今回の提案、受けることにする」
「本当? ありがとう、助かるよ」
親父の返事を持って花の都に向かうと、相変わらずぽけーっとした雰囲気で領主が出迎えてくれた。
格としては、あちらの方が上なんだが、どうにもこいつ相手は気が抜ける。
こちらがいくら無礼な態度をとっても全然意に介さないし、こちらの要求を真剣に考えてくれる。
まあ、そんな人柄だからこそ、町の人々もついていくのかもしれないが。
「しかし、ポーションとは考えたな。そんなに質の高い薬草が取れるのか?」
「うん、もう量産体制に入っているよ。これもラウネと、みんなのおかげだ」
「あのメイドか。あいつは、何者なんだ?」
時折、庭で作業をしている女がいる。
奴がラウネだということは領主から聞いたが、どうにも不思議の多い女だった。
まるで、花が奴に従いたがっているような、カリスマ性を感じる。
いや、カリスマ性とは少し違うか? どちらかというと、支配下に置いていると言った方がいいかもしれない。
聞けば、この町の花は、奴が管理しているらしい。
花の都が、ここまで美しくいられるのは、美しく咲き誇る花々があるからこそだ。
管理の難しい花を、こうも維持し続けられるのは、何かしらの絡繰りがあるのかもしれない。
領主は、一番信頼している人と言っていたが、果たして、何者なのやら。
しばらくの間、領主と談笑をしながら、考えていた。




