幕間:花の都の救世主
花の都に住む幻獣、ラウネの視点です。
美しき花の都。
ナツキが生涯をかけて作り上げてきた楽園であり、子供のために、何不自由なく過ごせるようにと作られた場所だった。
しかし、現実は残酷なもので、財政難に陥り、元の静かな都とはかけ離れた姿になってしまった。
確かに、花の都というだけあって、その景観はとても美しい。
私も手を貸したが、季節問わずに咲き誇る花々は、人を魅了していくものだろう。
だからこそ、安易に手を出さず、静かに見守っていてほしいと思っていたわけだが、現実には、観光客を呼び寄せ、人々の賑わう場所へとなってしまった。
別に、それ自体は悪いことではないと思う。
人の賑わいは、心の安定をもたらし、活力を与えてくれるもの。静かな都とは言ったが、人の活気が全くないという意味ではないし、そう言う意味では、ある程度の賑わいは必要だった。
だが、観光客を入れたことによって、いろいろと問題も浮上した。
例えば、ゴミ問題。
様々な場所からやってくる観光客は、時にはその常識を疑いたくなるようなこともある。
この町において、ゴミを捨てるなどあってはならないことだが、それを平然とやる人もいるのだ。
元々、観光客向けに作られた町ではないというのもあるが、宿屋の質が低かったり、数が足りなかったりと、観光客は不満を抱えている。
それを晴らすように、町の人に迷惑をかけるから、嫌われるのだ。
ルールを厳格化し、ゴミ箱などの設置も進めて、多少は落ち着いてきたが、最初は酷いものだった。
花は環境によって容易に姿を変える。町が汚くなれば、花もそれに準ずるものになっていく。
子供のために作った楽園を、そんな風に穢されたくはないと、ナツキもよく言っていた。
できることなら、観光客など突っぱねて、静かに暮らしていたい。けれど、それだけでは回らないのが、世の中の残酷なところ。
町を作るだけでも、相当なお金を使ったこともあって、この領地は財政難に陥っていた。
領民の中には、ナツキのことを愚か者と揶揄する者もいる。
第一に考えるのは領民のことであり、子供ではないと。
それはその通りかもしれないけど、私から見たら、ナツキはよくやっていた方だと思う。
本当に、理解を得るのは難しいものだ。
「このままこの町は静かに歪んでいくものと思っていましたが、案外、何とかなるものですね」
もはや、元の静かな町は戻ってこない。そう思っていたけれど、最近やってきたある集団によって、それは改善されていくことになった。
常々、ナツキはよく言っていた。子供の頃は、困った時はよく助けてくれる頼もしい味方がいたと。
私は、その話を聞いて、誰のことだろうと思いつつも、特に気にしたことはなかった。
けれど、いざその人がやって来てみると、案外可愛らしくて、逆の意味でびっくりしたのだ。
領主様のことがきっかけで、その相手は幻獣ではないかとは思っていたけど、まさかそんなに幼い幻獣だとは思わなかったから。
ただ、幼いのは外見だけで、その手腕は手練れのそれだった。
町の問題点を吐露すれば、即座にそれを洗い、考察を広げ、見事に改善点を見つけてくれた。
町の奥には川がある。それは知っていたけど、それを利用して、隣の領地を介さずに交易を行おうなど、良く思いつくものだ。
やろうと思えば、道くらいは作れたかもしれないが、ここは行き止まりの領地であり、他の領主との交流も少ない。
そんな中で、全く新しい開拓ルートを作り出し、そこに取引を持ちかけるなんて、かなり無謀な話だと思う。
道を作り出した白竜も、取引先を見つけたニクスさんも、見た目に寄らず凄い人だった。
「これも、アーリヤの力なんでしょうか?」
白竜の姿を見て思っていたが、あれはどうやら、アーリヤであるらしい。
いや、正確には、アーリヤの生まれ変わりだろうか?
破壊した木々すら蘇らせる癒しの力はまさに伝え聞いたアーリヤの力と合致する。
アーリヤは偉大な幻獣だった。
神に求婚され、その力を手にし、地上の数多の人々を救って見せた。
その最期は、とても悲惨なものだったらしいけれど、もしそんな幻獣が手を貸してくれたというのなら、この結果にも納得できる。
まさに町の救世主。本当に、出会えてよかった。
「ラウネ、そんなところでどうしたの?」
「領主様、いえ、この町もようやく元の姿を取り戻しそうだなと安堵していたのです」
ふと、近寄ってくる領主様の姿があった。
ナツキの息子である領主様は、本来は何もせずとも将来が確約された、輝かしい未来を歩むはずだった。
しかし、現実には、隣の領地との関係を取り持つために、日々政務に追われる日々が待っていた。
ナツキも、何とかしようと頑張っていたが、結局それは実らず、亡くなってしまった。
きっと、かなり悔しい思いをしていたことだろう。
それが、ニクスさん達の登場によって、少しでも緩和されたのなら、いいことだ。
今や、港も完成しつつあるし、畑で育てている薬草も順調に数を増やしている。
隣の領地との交渉、港からの取引、いずれも軌道に乗るのは時間の問題だ。
そうなれば、領主様も、ようやく休める時が来るかもしれない。
「そうだねぇ、ラウネもよく頑張ってくれたよ。本当にありがとう」
「滅相もございません。私は、当然のことをしたまでです」
「ラウネは昔からそうだよね。お父さんも、ラウネのことはとても信頼していた。僕にとっても、最も信頼に値する人物だ」
「もったいないお言葉です」
領主様とは、生まれた頃からの付き合いである。
ナツキがこの町を作る前から一緒にいたから、もはや家族みたいなものだ。
私も、ナツキのことは本当の家族のように思っていたし、領主様も、立場は変われど、私の子供のようなものである。
そうやって信頼してくれるのは、素直に嬉しい。
「ラウネは、この町の花の管理も一手に引き受けてくれているし、孤児院のことだって任せてる。もはや、この町になくてはならない存在だ」
「領主様?」
「でも、だからこそ、本当のことを教えて欲しい。ラウネは……人間じゃないよね?」
「ッ!?」
普段と変わらない口調で、いきなり告げられて、びくりと肩を震わせてしまった。
これでは、図星と言っているようなものである。
でもまあ、ばれるのは当たり前かもしれない。
なにせ、私の容姿は、領主様が子供の頃から変わっていない。
最初こそ、ばれないようにはしていたが、次第に絆が芽生え、ばれても別にいいのではないかと思うようになった。
だからこそ、あえて姿を変えなかったのかもしれない。
でも、いざ正体を見破られると、心が痛い。
領主様は、人間ではない私を、どう思っているんだろうか?
「あ、勘違いしないでね。僕はラウネが人間じゃなかったとしても、突き放すつもりはないし、信頼も変わらない。ただ、ずっと隠しごとを抱えたままじゃ、苦しいでしょう? だから……」
「領主様……ありがとうございます。その心遣い、とても染み入ります」
一瞬身構えたが、領主様はいつもと変わらぬ表情でそう言った。
いつも、どこか抜けているようで、その実肝心なところは押さえているあたり、私が知らないだけで、意外と切れ者なのかもしれない。
私は、安堵するとともに、本当のことを話し始める。
これからも、この町で共に生きていくために。




