第三百九十話:交渉の席
若い男に睨まれても、リトは不満そうに目を細めるが、謝ろうとはしなかった。
ここはふりでも謝っておいた方がいい気もするけど、まあ、あまり舐められすぎるのもよくないし、領主が代わりに謝ってくれたから、ここはまだいいか。
「それで、用件はそれだけか?」
「いいや? 今回は、あなた達にも有益な情報を提供しようと思ったんだよ」
「ほう? この町を差し出してくれるとでもいうのか?」
「そこまでではないけどね。えっと、説明してもらえるかな?」
そう言って、領主はラウネさんに話を振った。
それを受けて、ラウネさんは、説明を始める。
隣の領地では、今は戦争の準備をしているらしく、色々なものの物価が上がっている。
もし、その調査に偽りがなければ、こちらからそれらを提供できれば、だいぶ助かるだろう。
ここは行き止まり故に、他との交易ルートを持たなかった。
今でこそ、川まで道を繋げることでそれは改善されつつあるが、それでも最大の相手は隣の領地であることに変わりはない。
であれば、そこから物資を提供してくれるのであれば、隣の領地も助かることになるだろう。
「……内乱の話、知っていたのか?」
「僕は知らなかったけど、彼女らが調べてくれてね。そうしたら、そう言う情報を掴んだというわけさ」
「こそこそと我が領地を嗅ぎまわっていたわけか。悪趣味なことだ」
「それはごめんね。でも、こちらからも何か手伝いができないかと思ったんだよ」
内乱の話に関しては、この人も結構気にしていたらしい。
うまく活躍できれば、爵位も上がるかもしれないし、領地も増えるかもしれないけど、下手をすれば、すべてを失う可能性もある。
特に、今回の内乱には、王族の継承争いが絡んでいるらしく、付く側を間違えれば、最悪ギロチンにかけられるかもしれない。
領主である父にはまだまだ現役でいてもらいたいし、くだらない内輪揉めで首が飛ぶなんてことになったら、目も当てられない。
だから、やるからには、絶対に勝たなければならないのだ。
「貴様は内乱など興味がないと思ったんだがな。この美しい花の都を手放すくらいなら、関わらないでいてほしいと奴らも言っている。ここで我が領地に手を貸せば、少なからず危害が及ぶかもしれないぞ?」
「僕はただ、平和な交渉をしたいだけだよ。内乱に加担したいわけじゃない」
「そんな言い訳が通用するかは知らんがな。まあいい。物資を提供してくれるというなら好都合だ。何を出せる?」
領主は、再びちらりとラウネさんの方に視線を向ける。
ラウネさんの口から、提供できるものが示されるけど、その中でも最も需要が高いと思われるのが、薬だ。
特に即効性の高いポーションは、戦争するなら必需品だし、日常においても、役に立たないという場面は少ない。
ただ、高いからあまり使われないというだけでね。
「この領地では、効果の高い薬草が採取できます。それを使って作ったポーションは、従来のポーションよりも効くことは間違いないでしょう」
「なるほどな。確かに、戦争するとなればポーションは必需品だ。だが、対価はどうする? こちらにむしり取られた分、暴利で取り戻すつもりか?」
「そんなことはしませんよ。ただ、条件を付けるとすれば、これ以上この花の都を侵さないでほしいということですね」
「この町から手を引けと言うことか? こんな、金のなる木を手放せと?」
「そのための、物資提供です。もしこれを飲んでくださるなら、ポーションはただで差し上げても構いません。今後必要な場面が出てきても、格安で提供いたしましょう。それならどうです?」
「そこまで言うか」
若い男は、領主の方を睨みつけるが、領主はほんのりと笑顔を浮かべたまま、特に表情を崩すことはなかった。
まあ、ただで上げるのは問題かもしれないけど、こちらも儲けさせてもらっている身だからね。
観光客を全く取り入れないなら、この町の財政は厳しいものになるけど、少しでも取り入れられるなら、安定はする。
別に、宿屋を全部潰せとか、そういうことを言っているわけではなく、あくまでこれ以上の開発をやめてほしいと言うだけだ。
今の関係性のまま、手を引いてくれたら、観光客は適度に残り、取引もできて、一石二鳥である。
まあ、宿屋が足りていない今の状況下では、観光客から不満は出るだろうが、そこはもう、別に宿屋だけの町でも造るしかないんじゃないだろうか。
その辺の問題はまだ解決できないかもしれないけど、現状が普通だと考えられているなら、恐らくは何とかはなるはず。
だから、ここは確実にお願いを聞いてもらうためにも、譲歩は惜しまない。
「……そのポーションとやらは、本当に効果が高いのか? 適当な安ものを押し付けて、誤魔化す気ではないだろうな?」
「それなら、実際に使って見せようか? ラウネ、そのポーションは、今持ってる?」
「ありますが、どうやって試すので?」
すでにポーションに関しては、量産体制に入っている。
薬草の手配が間に合わなく、まだそこまで数はないが、それも時間の問題だ。
ラウネさんは、ポーションの小瓶を取り出し、領主に渡す。
しかし、領主は怪我などはしていないし、試すと言ってもどうやって試すんだろう?
「えーと、ディートリヒさん? ちょっとその剣で僕を切ってくれないかな?」
「……は? な、何を言うのですか?」
「ほら、ポーションの効果を試すなら、傷が必要でしょう? だから、切ってくれないかなって」
「いや、流石にそれは……」
領主のお願いに、ディートリヒさんは困ったように眉を下げる。
まあ、いくら治るとは言っても、切りたくはないよね。
それにしても、ポーションの効果を実際に見たわけでもないのに、何の躊躇もなく傷をつけてくれって言うなんて、肝が据わってるな。
仮に治るとしても、切ったら痛いだろうに。
「待て待て、貴様、自分を傷つけて試そうとしているのか?」
「そうだよ? あ、そこの護衛達でもいいから、僕を切ってくれない? そうしたら、ポーションの効果を実践できるから」
「やめろ、貴様が傷つくところなど見たくもない。あー、そうだな……おい、確かお前、昨日の訓練であざができたとか言ってなかったか?」
「は、はい。木刀でしこたま殴られたので……」
「なら、それを治すことはできるか?」
「もちろん。できるよね、ラウネ?」
「え、ええ、あざ程度であれば……」
領主はそれを聞いて、ポーションを護衛に手渡した。
これで治らなかったら、どうしてくれるんだってなりそうだけど、大丈夫かな。
ラウネさんのことを信用していないわけではないけど、ちょっと心配。
護衛の人は、ちょっと迷っていた様子だったけど、若い男の指示もあり、それを飲んだ。
すると、あざは見る見るうちに消え、元通りの肌の色になった。
いくら即効性があるとはいえ、かなり効くのが早いね。
でも、これなら信じてもらえるかもしれない。
俺は、どうなるかと、反応を待った。




