第三百七十九話:かつての友人
結局、門番は通してはくれなかった。
いくらリトが威圧しようとも、今の子供の姿では威圧感などあまりない。
これ以上ごねても、不審者扱いされるだけだろう。
イグニスさんが、やんわりとリトを制し、一度引き下がる。
門番は、子供の癇癪と思ってあまり気にしていなさそうなのが救いだけど、これでは領主に会うことはできない。
「まったく、話の通じん連中だ」
「あれは仕方なかろう。仮に知り合いだとしても、領主なら忙しいのではないか?」
「奴はそれでも会ってくれると思うがな。こうなったら、忍び込むか?」
「それはやめた方が……」
隠密魔法を使えば、忍び込むこと自体は可能かもしれないけど、今のところ、そこまでして入り込む理由がない。
先生のことは気になるが、本人が困ったことはあまりなさそうな雰囲気だし、そもそも幻獣かどうかもわからない。
そこまでして困りごとを聞きだしても、先生が望まないのでは意味がないし、ここは引き下がるしかないだろう。
こうなってくると、先生のことは忘れて、息抜きに専念した方がいいだろうか?
「おや、皆様、こんなところでどうしたのですか?」
と、そんなことを思っていると、不意に背後から声をかけられた。
振り返ってみると、そこには先生の姿がある。
あれ、ディートリヒさんと一緒に買い出しに行ったはずでは?
「悪いとは思ったのですが、やることがありましたので、荷物を持って先に帰ってもらいました。本当に、助かります」
「やることというのは、この領主の家に関係するのか?」
「ええ。そうだ、せっかくですし、皆様もどうぞ」
そう言って、先生は門番の前に立つ。
門番は、その顔を見るや否や、すぐに道を開けた。
顔パス? そんなに領主と関係深いんだろうか。
「どうぞ。自慢の庭ですので、ぜひご覧になってください」
「いいんですか?」
「はい。誰かの目に触れた方が、喜ぶと思いますので」
先生の口添えで、俺達も中に入れてもらえることになった。
一体、何者なんだろうと思いつつ、中へと入る。
領主の家には、立派な庭があり、そこには色とりどりの花が咲いている。
先生は、家には入らず、庭に向かうと、水やりを始めた。
「この庭は、この町でも一二を争うほどに美しい場所なんですよ」
「かってに、いいの?」
「ええ。領主様からは許可をいただいております」
「専属の庭師というわけか。そんな人間が、なぜ孤児院の先生などやっている?」
「この庭を、いえ、この町を守ることが、私の使命だと思っていますので」
そう言って、庭の手入れを進めていく先生。
この町を守ることが使命? 孤児院の先生が考えるにしては、ちょっと重い使命である。
領主とも仲がよさそうだし、何かあるんだろうか。
「貴様、領主と、ナツキと知り合いなのか?」
「その名を知っているのですか? 今は亡き、私の友達の名前を」
「……待て、今は亡きだと? 死んだのか?」
リトの言葉に、ピクリと反応する先生。
ナツキというのは、リトの知り合いである領主の名前らしい。
そんな人が亡くなっているというのも驚きだが、先生との関係も気になる。
いったい、どういうことなんだろうか。
「ええ。つい、三年ほど前に」
「確かに人間にしては高齢ではあるだろうが……あんなにぴんぴんしていたのに……」
「ナツキは、最後の最期まで、町のことを、そして、子供のことを案じておりました。事切れる時に、私に後は任せたと言って、静かに旅立っていきましたよ」
「……」
リトは、わずかに俯いて、黙り込んでしまった。
そりゃ、知り合いがいつの間にか亡くなっていたなんてことになったら、ショックも受けるだろう。
先生の秘密を暴こうとしていただけなのに、まさかこんなことになるとは、夢にも思わなかった。
これは、どう慰めるべきだろうか。
「これだから、人間というものは……」
「……その様子だと、かなり親しかったようですね。もしかして、ニクスというのは、あなたのことですか?」
「我のことを知っているのか?」
「ええ。いつも捕まらないのに、困っている時には颯爽と現れてくれる頼もしい友人だと言っていました」
先生は、水やりの手を止めて、リトの前にしゃがみ込む、
優し気な手つきで頭を撫でるその姿は、慈愛の女神のようにも見えた。
「奴の、ナツキの最期は、どんなものだったのだ?」
「過労です。領主の座を子供に引き渡した後も、方々に手を伸ばし、この町を外敵から守ってくださっておりました。それで無理が祟り……」
「本当に、変わらんな」
絞り出すような声に、俺は胸がキュッとなる思いだった。
親しい人間が亡くなる。それは、幻獣にとって、よくあることだ。
人間と幻獣では、そもそもの寿命が違いすぎる。寿命で亡くなるとしたら、先に亡くなるのは必ず人間の方だ。
かつては、幻獣の試練というものがあり、特に一生を添い遂げたいと思う幻獣達は、人間の存在を幻獣に近づけることで、それを解消してきた。
だが、それを受け入れるばかりの人間でもない。中には、真っ当に人間として生き、死にたいと言う人もいるだろう。
ナツキさんという人が、どういう人かは知らないけど、リトにとっては、大切な人だったと思う。
もし、その立場に親しい人が、例えばフェルなどが入り込んだら、俺はどういう反応をするだろう?
きっと、泣きわめき、生きる気力を失っていくだろう。
親しい人と別れるというのは、辛いことだ。特に、また会えると思っていた人が、すでに亡くなっていたなんてことになったら、後悔も深いだろう。
リトの気持ちは、俺にもわかる。
「ならば、今の領主というのは、子供か?」
「はい。まだ未熟ではありますが、精一杯頑張っておられます。私も、幼い頃からおそばにいたので、相談役として、サポートさせていただいております」
「幼い頃から……となると、やはり貴様は……」
「お察しの通りかと思います。あなたも、私が聞いた話と比べて、随分幼い容姿をしていますから」
一瞬、先生の目がきらりと光った気がした。
今のは、確実に幻獣の気配。やっぱり、先生は幻獣のようだ。
リトの知り合いだというナツキさん、そしてそのナツキさんと親しい間柄だったという先生。
こういう形で出会うのは望んでいなかっただろうけど、せめて、ナツキさんの姿を知っている人がいて、良かったのかな。
「ディートリヒ様が、しきりに困ったことはないかと聞いてきたのは、あなたの差し金ですか?」
「奴は奴自身の使命のために動いているだけだが、同じ疑問を持ったのは確かだ」
「でしたら、相談に乗っていただけますか? 今の、この町の問題点について」
そう言って、領主の家の中へと案内する先生。
勝手に入っていいのかと思わなくもないが、この様子だといつものことなのかもしれない。
俺は、どんな問題があるのかと思いながら、その後をついていった。




