第三百七十六話:迷子の子供
ひとまず、入り口の方に向かおうかと思っていた時だった。
視界の端に、何か動くものを見つけて、自然とそちらに視線が向く。
そこにいたのは、一人の少年だった。
道の端で、蹲るように膝を抱えているその少年は、ぼーっとした様子で空を見上げている。
周りの人々は、まるでその少年など見えていないかのように通り過ぎるばかりで、声をかける者など誰もいない。
迷子か何かだろうか? それとも怪我でもして動けないんだろうか。
とにかく、困っている人は助けなければならない。
「だいじょうぶ?」
気が付けば、話しかけに行っていた。
後から追いついたリトが、呆れたようにジト目をしている。
でも流石に、子供を放っておくわけにはいかないだろう。
少年は、俺の声に反応し、びくりと体を震わせる。そして、こちらをゆっくりと見上げてきた。
「……誰?」
「わたし、るみえりゅ」
「ルミエリュ? 変わった名前だね」
「むぅ、ちょっと、ちがう」
相変わらず名前になると言うことを聞かない舌にイライラしつつ、ひとまず事情を聞くことにする。
少年は、どうやらこの町の孤児院に住んでいるらしい。
こんな町に孤児院? と思ったけど、どうやら町長の要望で、造られたようだった。
ただ、その孤児院で、ちょっとした喧嘩をしてしまい、帰るに帰れなくなってしまったらしい。
それで、どうしたものかと途方に暮れていたようだ。
「なに、したの?」
「……花を、踏んじゃったんだ。先生が大切にしてる花を」
孤児院とは言えど、花の都だけあって、花の世話も請け負っているらしい。
しかし、孤児院で遊んでいる最中に、誤って花を踏んでしまい、それを他の孤児達に責められた結果、かっとなって怒鳴ってしまい、そのまま逃げだしてきたようだ。
この町に置いて、花は大切なもの。子供の間違いとはいえ、踏んでしまったことは結構重いことらしい。
きっと、先生も怒っている。だから、帰れないと。
「俺、どうしたらいいかな」
「うーん」
俺としては、帰って謝ればいいと思う。
いくら花が大切なものだとはいえ、孤児院の子供を放り出すような先生はいないだろう。
仮に放り出したとしたら、それはもう孤児院ではないだろうし、別の町にでも行って、保護してもらうべきだと思う。
まあでも、この子だって悪気があったわけではないと思うし、ちゃんと謝れば許してくれると思うんだけどね。
「あやまる」
「許してくれるかな」
「いっしょに、あやまる」
「なんでお前まで謝るんだよ」
「ひとり、より、ふたり、あんしん」
「そんなものかねぇ……」
あえて付き合う必要もないけれど、万が一にも放り出されたら寝覚めが悪いし、ここは一緒に行って、謝って上げるべきだろう。
それでも放り出すようなら、こちらが保護すればいいだけだしね。
リトは相変わらずジト目のままだけど、フェルは賛同してくれて、自分も一緒に行くと言ってくれた。
その言葉に安心したのかはわからないけど、ようやく少年の表情が和らいだ気がする。
「ありがとな。俺、謝りに行く」
「うん」
「そう言えば、名乗ってなかったよな。俺はメル、よろしくな」
「よろしく」
少年、メルは、そう言って立ち上がる。
メルに案内してもらい、孤児院まで向かうことになった。
孤児院があったのは、町の奥の方。
相変わらず、花が美しいが、人通りは結構少ない。
そんな場所にあった、大きな建物が、孤児院だ。
見たところ、外見は結構整っている。埃もないし、ひび割れなども見当たらないから、整備はきちんとされていそうだ。
近くまで行くと、入り口の前に、誰かが立っているのが見えた。
その人物は、こちらの姿を認めると、駆け寄ってきた。
「メル! どこへ行ってたの!?」
「せ、先生、ごめんなさい……」
どうやら、この人が孤児院の先生らしい。
結構身長が高く、人化したイグニスさんより少し低いくらいだろうか?
その人は、メルのことを抱きしめ、よくぞ戻ってきてくれたと頭を撫でていた。
「先生、俺、花を……」
「大丈夫よ。わざと踏んだわけではないでしょう? それに、花も無事だから、安心していいわ」
「ほんと? 俺、まだここにいてもいい?」
「もちろん。あなたも大切な子の一人なんだから」
先生の言葉に安心したのか、メルは目に涙を浮かべ、先生に抱き着いていた。
なんか、ついてこなくても何とかなったのかな? 悪い孤児院でなくてよかった。
「あなた方が、メルを見つけてくださったのですか? ありがとうございます」
「見つけたのはこの子、ルミエールですから、お礼ならこの子に言ってあげてください」
「そうですか。ルミエール、ありがとうね」
「う、うん……」
わざわざフェルが俺のことを前に出してアピールしてくる。
そこまで目立つつもりはなかったんだけど……まあ、いいか。
この様子なら、後で折檻されるということもないだろうし、問題はなさそうだ。
「……貴様、もしかして……」
「? 何か?」
「……いや、今はいい。それより、宿屋が空いてなくてな。もしよければ、一日だけでも部屋を貸してくれんか?」
「まあ、そうだったのですね。もちろん、お礼もしたいですし、どうぞ中へ」
リトの言葉に、先生は快く返事をし、中へ招き入れてくれた。
確かに、野宿するよりは楽でいいけど、リトが言い出すのは珍しすぎる。
いったい、どういう風の吹き回しだろうか?
「気のせいかもしれんが、少し気になったのでな」
「なにが?」
「いずれわかる」
何か気になることがあったらしい。
まあ、結果的に泊る場所が見つかったのならよかったか。
先生の案内の下、中へ入ると、その大きさに少し驚く。
孤児院は、多くの孤児達を養うために、大きめに造られていることが多いが、ここはひときわ大きい気がする。
食堂、寝室、キッチン、倉庫など、結構充実していてきちんと経営できていることがわかる。
リトから聞いた話だと、孤児院って、領主とかの横領に使われるケースが多いらしくて、資金がカットされていると、建物の修繕がされていなかったり、備品が壊れていたりなど、サインが出るらしい。
そう言う意味では、ここはまとも過ぎるのだ。
まあ、まともであった方がいいんだけどさ。
「そろそろお夕飯時なので、良ければ一緒に食べていかれますか?」
「孤児の食事を奪うほど落ちぶれてはいない。こちらはこちらで何とかする」
「まあ、そこまで気にしなくてもよいのですが、そう言うことでしたら、お任せしますね」
でも、そうするとお礼はどうしましょう、と悩む仕草をする先生。
むしろ、こちらから食料の寄付でもしてあげようと思ったくらいだけど、大丈夫そうだな。
お礼はいいから、何か手伝いでもできたら嬉しいのだけど。
「先生、戻りましたよ」
「ああ、お帰りなさいませ。聞いてください、メルが無事に見つかりました」
「おお、それは何より……むっ、君達は……」
「なぜ貴様がここにいる」
部屋の奥からぬるりとやってきたのは、見覚えのある顔だった。
黒髪黒目という、この世界では珍しい色をしたその男性は、かつてリトとも剣を交えた仲である。
すなわち、ディートリヒさんだった。




