第三百七十四話:花の都
第十五章、開始です。
花々が咲き誇り、麗らかな風が草原を駆け巡る時期。
俺達は、そんな季節にぴったりな場所へと赴くことになった。
現状、問題は何も解決していない。
俺を呼び出したのは、恐らくは帝国だということはわかったが、その帝国を止める術はないし、神殿の介入もどうにもできない。
さらに言うなら、帝国に囚われていると思われる幻獣を取り返す算段も付いていないし、正直、こんなことしている場合ではないのかもしれない。
しかし、どうにかしようにも、俺達にできることはない。
帝国関連に関しては、ラスクさんが送り込んだ潜入部隊が情報を掴むのを待つ必要があるし、説得に関しても、上層部に会う必要がある。
どちらもすぐにどうこうするのは難しいし、だったら今のうちに、息抜きでもして、気持ちをリフレッシュさせたらどうかと言われたわけだ。
確かに、ここ最近は、ずっと気を張っていて、あんまり穏やかな気持ちになれていなかった。
俺自身、この世界にいなければ、争いも起きないのではないかと思い悩むこともあった。
そう言う気持ちを振り払うためにも、気分転換は大切だ。
果たして楽しめるかはわからないが、花の都って話だし、きっと楽しい場所なんだろう。
一体、どんな場所なんだろうか?
『その名の通り、花が綺麗な町だな。精霊の庭のような、自然の中に管理されたものではないが、街並みと融合したその光景は、多くの人に人気がある』
『リトも行ったことあるの?』
『一応な。人間どもが作り上げた町にしては珍しく、まともな町だ』
『へぇ』
リトがそこまで評価するとは珍しい。
いつも、町に寄ること自体嫌うのに、今回は嫌がらなかったからね。
それだけ綺麗な場所なのか、それとも他に何か要因があるのか。
いずれにしても、楽しみであることに変わりはない。
『観光地だけあって、飯もまあまあうまい。退屈はしないだろう』
『楽しみ』
リトの話に期待を膨らませつつ、飛び続ける。
そうして、しばらくして、ようやくその花の都へとやってきた。
最初に目に入ったのは、淡く輝く桃色の花。
桜だろうか? この世界では初めて見るかもしれない。
通りに沿って燦然と輝くその光景は、見ているだけで心が安らぐ気がする。
どことなく懐かしさを感じる花に、俺はお上りさんよろしくきょろきょろと視線をさまよわせていた。
「ここにある木は、特殊な方法で作られたらしいな。自然界には存在しない種らしい」
「そうなの?」
「本当かどうかは知らんがな。そもそも、木を作るとは、どういうことなのかわからん」
人間のように子供を産むわけでもあるまいし、とリトは独り言ちる。
それってつまり、品種改良したってこと?
この世界の花や木は、基本的に自然のものを利用しているらしい。
種などから育てることはあるが、特に品種改良などはしておらず、その種のままの花が咲くようだ。
そう言う意味では、品種改良をしているかもしれないというのは、結構凄いことな気がする。
優秀な研究者でもいたのかね?
「それより、どうだ? なかなかに美しいだろう?」
「うん、とっても」
桜以外にも、そこかしこに花が植えられているのが見える。
どこに目をやっても、必ずどこかに花が存在するという状況だ。
あえて裏路地とかに目を向けない限り、その美しさが途切れることはないだろう。
話によると、町を作る段階から、計算して植えて行ったらしい。
そう考えると、気合の入りようが違うな。
「よくここまでのものを作り上げたものだ。ここまでくると、もはや芸術作品のようだな」
「実際そうだろうよ。町とは、始めはただの住居の集まりだ。それが目的ができるに従って、様々なものが追加されていく。初めから、花を取り入れた町にするなど、本来はないことだ」
イグニスさんも、感心したように呟いている。
見たところ、建物に関しては、飲食店が多い印象だ。それも、屋台が所々並んでいるのを見る。
そこかしこにベンチが設置されているところを見ると、意図的に外で食べることを推奨されていそうだ。
確かに、花を見ながら食事というのは凄く楽しそうだけど、こんなことやってゴミとかは出ないんだろうか?
見たところ、道はとても綺麗に整備されているけれど。
「ゴミのポイ捨ては厳禁だ。もししようものなら、ああなる」
そう言って、リトは顎である一方を示した。
そこには、ちょうどポイ捨てをしている観光客らしき人がいる。
マナーが悪いなと思いつつ見ていると、すぐさま警備隊らしき人達が現れて、その人達を捕まえてしまった。
ポイ捨てしただけで、捕まるのか。相当厳しいみたいだね。
「この町では、観光客であろうが、ルールを守らなければ即座に牢屋行きだ。初犯なら注意で済まされる場合もあるが、あいつらは常習犯だろうな」
捨てられたゴミは、近くの人が拾って、すぐに綺麗になった。
言われてみれば、この町に入る時も、環境美化にご協力くださいみたいなことを言われた気がする。
芸術作品とも呼べるこの町を、全力で守ろうって言う気概を感じるね。
「まあ、基本的に町を汚さなければ何も言われん。それだけ頭に入れておけ」
「はーい」
さて、せっかく来たのだから、俺達も花見でもしながら何か食べるとしよう。
さっそく、近くの屋台で料理を買い、ベンチに座って食べる。
まさか、ここにきて花見などできる機会が訪れようとは思わなかった。
前世でも、花見なんてしたことがない。
……いや、一応あるのか?
確か、会社の懇親会で、珍しく張り切った上司が花見を画策したことがあった気がする。
新人に対するものだったけど、なぜか場所取りをその新人にやらせた上に、前日から待機させるとか言う頭おかしいことしてたけどね。
新人の犠牲によって開かれた懇親会では、案の定新人は疲労困憊で、全然楽しめている様子がなかった。
楽しんでたのは、上司くらいなものじゃないだろうか?
今思い出してみても、あまり楽しくない思い出である。
「こうして花を見ながら食べるのもいいものだね」
「そうだね」
「その割にはあまり楽しそうな顔には見えないが、何かあったのか?」
「……いや、なんでも」
「何でもないわけないだろ。いいから吐け」
「うー……」
話すつもりはなかったけど、リトがそう言うので仕方なく前世の話をすることにした。
ただ、話した後、案の定複雑そうな顔をしていたので、やっぱり話さなかった方がよかった気がする。
基本的に、前世の話ってあんまりいい思い出がないからね。
リト達からすると、俺の前世での働き方は奴隷以下らしいし、思い出す側にとっても、聞かされる側にとっても、あまり面白い話ではない。
だから、話さない方がいいと思うんだけどなぁ。
「奴隷と主人という見方をするなら、なくはない話だが、それも給金は出てないのだろう?」
「ぜんぶ、じばら」
「やはりそちらの世界の人間の考えはよくわからんな」
基本的に、人員は使い潰す前提で、代わりはいくらでもいるとか言われていたからね。
まあ、実際にはそんな体制だから、新人はすぐにやめるし、そのしわ寄せが来るから代わりなんていないのだが。
なんでそんな待遇で働いてくれると思うのか、理解できない。
まあ、俺みたいな、転職も難しいし、居座るしかないって言う人がいるからなのかもしれないけど。
ああ、ちょっと悲しくなってきた。
俺は、辛い思い出を振り払うように、料理に手を付けるのだった。




