幕間:幸運と不運
神殿の巫女の視点です。
任務で訪れた村の一件を終え、私達はとぼとぼと拠点へと帰っていた。
今回の任務では、とてつもない幸運と、不運に見舞われた。
幸運だったのは、訪れた村に、アーリヤ様が現れたこと。
元々、村を訪れたのは、そこを帝国が兵器の実験場にしようと画策しているという情報を掴んだからだ。
別に、帝国がどこを実験の舞台にしようがどうでもいいが、その兵器には、アーリヤ様召喚に関わった勇者が関係しているという。
話によれば、神の欠片を埋め込んだものだとか。
神に仕える神殿として、神に関わる物品や現象は、すべて神殿が管理しなければならない。しかも、それがアーリヤ様と関係するかもしれないとなれば、なおさらだ。
だからこそ、先回りし、ついでに信者を増やしつつ事にあたろうと思っていたわけだが、そうしたら、まさかのアーリヤ様ご本人の登場である。
それだけで、任務などどうでもいいと思えるくらいに幸運なことだった。
しかも、アーリヤ様からの感触は悪くなく、直接お手を触れてくれたばかりか、抱きしめまでしてくれたのである。
まさに慈愛の神。錯乱し、冷静な判断ができていなかった私にも手を差し伸べてくださるとは、何と慈悲深いことか。
ただ、幸運が続いたのはそこまでだった。
帝国が持ちだした兵器は、異様な形をしており、鉄の塊であるはずなのに、まるで人のように動く。
あれはゴーレムとも全く違う、得体のしれないものだった。
その上、手にした熱剣は、軽く振るうだけで周りの森を火の海にし、幻術で誤魔化しても、その被害はあまりあるものだった。
ただ、これに関してはそこまで深刻ではない。
なぜなら、多くの者が大怪我を負ったはずなのに、全員がほぼ無傷だったのだから。
私も、あの化け物に巻き込まれた同士の姿は見たし、あれだけの戦闘で全員が無傷などありえないことだ。
ありえないことが起きた。つまり、そこには神の力が介在したということ。
恐らくは、アーリヤ様の力だろう。やはり、アーリヤ様は神殿に味方してくれる。
あのまま、連れ帰ることができたら、どんなによかったことか。
「アーリヤ様、なぜ御隠れになってしまったのですか……」
本当に不運だったのは、アーリヤ様がいなくなってしまったことだ。
一度は抱きしめ、その体を抱えてすらいたのに、いつの間にかすり抜け、忌々しい護衛の幻獣の手に渡っていた。
もちろん追いかけたが、その足は速く、場所が悪かったのも相まって、すぐに見えなくなってしまった。
なぜ、私はあの時手を離してしまったのだろう。
結局、本来の任務だった兵器の回収もできずじまいだし、結果だけ見れば、散々な結果だった。
「上になんと報告すれば……」
「ありのままを伝えるしかないでしょう。神の力が介在したのなら、それに抗う術はありません」
「そうは言うけれど、一度は手にしたものを、みすみす逃してしまったなんて、流石に許されることではないわ。もしかしたら、巫女の任を解かれるかも……」
「あの方のお気に入りであるあなたが、そうなる可能性は低いと思いますが」
私は神殿の残存勢力をまとめる責任者として、すべての部隊を任されているが、これだけの失態を犯せば、厳罰もありうる。
最悪、降格程度だったら構わないが、もし、アーリヤ様の捜索に加われなくなるなんてことになったら、絶望するしかない。
ミトは何ともお気楽なことだけど、上だって馬鹿じゃない。
何度も失敗を犯せば、お気に入りだろうと罰を下すだろう。
「なら、今からでも追いかけますか? 一応、わずかな魔力の残滓は確認しておりますが」
「思ったより被害が少なかったとはいえ、現状の戦力であの兵器を奪取するのは難しいでしょう。仮に追いつけたとしても、あのドラゴンを相手に取り返せると思うかしら?」
「相応の神器があれば」
「そう言うことよ。どちらにしろ、今追いかけても無駄足になる。悔しいけれど、どうしようもないわね」
アーリヤ様を逃してしまったことも問題だが、兵器の回収もできなかったのも問題だ。
兵器は、アーリヤ様との戦闘の末、その機能を停止し、地に伏した。
しかし、突如として現れたドラゴンがそれをかっさらい、いずこかへと消えたのである。
全く、ドラゴンなんて滅多にお目にかかれるものではないというのに、何だってこんな時に……。
「あのドラゴンは何者だったのかしらね」
「あまりにタイミングが良すぎますし、あれもアーリヤ様の護衛という可能性は?」
「ドラゴンが護衛の幻獣ってこと? それはないでしょう。ドラゴンは、何者の言うことも聞かない暴虐の化身。いくらアーリヤ様と言えど、護衛にするにはじゃじゃ馬過ぎるわ」
「ですが、それならなぜ兵器を持ち去ったのですか?」
「あれには神の欠片が使われているのでしょう? なら、その力に魅せられて、本能的に狙ったのではない?」
魔物は、本能的に魔石を食らう習性がある。
神の欠片と魔石を同列に扱うのはどうかと思うが、強い力を秘めているという点では、同じことだろう。
ドラゴンほどの強い魔物なら、強くなる必要もない気はするが、向上心のあるドラゴンが、力を求めてやってきたという可能性はある。
「確か、帝国の拠点もドラゴンに狙われたという話が最近なかったかしら?」
「ええ。何か重要なものを守っていたという拠点に突如としてドラゴンが現れ、すべてを焼き尽くしたと」
「となれば、帝国を狙ったという可能性もあるんじゃない? 帝国なら、ドラゴンを手懐けようとして、子供を攫うとかしそうだし」
「そんなものですかねぇ……」
元々、兵器は帝国が作ったものだし、帝国が恨みを買っているというのなら、ドラゴンが持ち去った理由にもなるだろう。
まあ、破壊せずに持ち去ったというのは少し引っかかるけどね。
ドラゴンから取り返すとなると、流石にある程度の準備をしないと厳しい。
それ相応の神器を用意し、部隊もきっちり用意して、計画的に囲い込まなければ、負けが濃厚だ。
せめて、街中にでも出てきてくれたら楽でいいのだが、そう都合よくはいかないだろう。
上の判断次第にはなるけど、できれば自分の手で取り返したいな。
「ところで巫女様。随分と服が汚れておりますが、着替えないのですか?」
「当たり前でしょう。この服は、アーリヤ様が抱きしめてくださったものですよ? つまり、加護を授かったも同然。私は今後、これ以外の服は着ません」
「流石にそれは不衛生だと思われますが」
「羨ましいの? ミトは抱きしめられなくて残念ね」
「はぁ……」
一度でもアーリヤ様の手に触れたのだから、それはもはや神器と言っても過言ではない。
どんな加護が備わっているのかはわからないが、着ているだけで力が沸いてくるようだし、きっと凄い加護があるのだろう。
ミトはため息をついているけど、他のメンバーは羨ましがっていたし、きっと照れ隠しだと思う。
なんだか、今もアーリヤ様に抱きしめられているかと思うと、少し勇気が湧いてくる。
報告は正確に行う必要はあるが、どんな結果になっても、私はアーリヤ様に仕えることを目指す。そして、その力を正しく使って見せるのだ。
私は、ぎゅっと服を握り締めながら、力強く足を踏み出した。




