第三百六十九話:一度戻って
神殿や帝国の追撃などはなく、ユグドラシルまで戻ってくることができた。
一応、巫女の執着具合から、警戒はしていたんだけど、流石に人間の足で道も整っていない場所を追ってくるのは無理がある。
もちろん、何か隠し玉を持っている可能性もあるけど、今回の目的を考えると、俺達を追うようなものは持っていないはずだ。
無事に帰ってこれたことに安堵しつつ、さっそくラスクさんに報告をする。
半壊したロボを見て、ラスクさんは目を丸くしていた。
「いやはや、兵器が幻獣の可能性は考慮していたつもりだけど、こんな鉄の塊を持ってくるのは予想外だよ」
「我らもそれは予想外だ。いっそのこと、幻獣本人だったらどれだけよかったことか」
帰る道中、リトはずっと機嫌が悪かった。
最初は、俺が安易に巫女に近づきすぎたことを怒っているのかなと思っていたけど、今回の目的でもある、兵器にされてしまっているかもしれない幻獣を救い出すことができなかったことを、気にしているらしい。
このロボには、幻獣の一部が使われている。それはつまり、幻獣の力の源である魔石を、奪われてしまっているということだ。
下手をすれば死んでいるし、そうでなくても圧倒的に弱っていることだろう。
死んでいたら最悪だし、死んでいなくても、今なお帝国に囚われているということだから、リトにとってはどちらも最悪だ。
それこそ、幻獣本人が出てきてくれた方が、よっぽどよかった。
「流石にこんなものは此方も見たことがない。解析するにしても、少し時間がかかるだろうね」
「せめて、幻獣の一部を取り出すことはできんのか? 場所はわかるだろう」
「それはそうだけど、この鉄の塊、かなり硬いよ。下手に大技をぶちかましたら、一緒に壊れてしまう可能性がある。取り出すにしても、慎重にやらなきゃ」
「ぬぅ……」
レイヴンの耐久力は確かに高かった。
いくら人化していたとはいえ、割と本気で攻撃しても、ちょっとよろめく程度で傷は浅かったからね。
単なる鉄なら、普通に破壊できる自信があるから、あれは何らかの力が作用した結果だろう。
それが幻獣の一部であるのなら、説明はつくかもしれないが、それを取り出すために抵抗されちゃうんじゃ、とても面倒である。
時間をかければ、破壊することはできると思うから、取り出せはするだろうけど、それまではしばらく待つ必要があるだろうね。
リトは納得していなさそうだけど、こればっかりは仕方ない。
「取り出す作業はこちらでやっておくよ。幻獣が帰ってこなかったのは残念だけど、生きているなら、まだチャンスはある。だからまずは、情報収集をしないと」
そう言って、ラスクさんは俺達に何があったのかを聞いてきた。
元々は、帝国が画策していた兵器の実験の話を聞きつけて、現場に向かったわけだけど、その場には神殿の勢力もいた。
どうやら、同じく帝国の話を聞きつけて先回りしていたようだけど、彼女らからも、それなりに情報は聞き出せたと思う。
特に、俺を召喚したのが、帝国であることは、ほぼ間違いないことだろう。
「となると、黒幕は帝国って見ていいかな? 幻獣が打った楔を利用して、召喚を行い、白竜君を呼び寄せた、そういうこと?」
「恐らくはな。奴が嘘を言っている可能性もあるが、あの興奮ぶりを見れば、とっさに嘘を言ったとは考えにくい。神殿は召喚には加担しておらず、帝国の勇者が主導で召喚を行ったということだろう」
今確認されている二種類の楔の内、一つは帝国が、一つは月で方法を聞いた神様が、幻獣に命じて打たせたものということがわかっている。
帝国の打った楔だけでは不十分でも、数百年と安定している楔が加われば、召喚自体は可能かもしれない。
ただ、すべてが均一でなかったからか、あるいは方法が違ったのか、どこかでイレギュラーが混ざり、俺は全く知らない場所で転生することになった。そういうことだろうか?
「神殿が関与していないのは意外だが、試みはしていたようだから、帝国がしくじれば、いずれ神殿が召喚していたことだろう。どちらにしても、アーリヤの力ばかり見て、内面を見ない愚か者ばかりだな」
「帝国を排除したとしても、神殿が出しゃばってくるのは確実だな。さて、どうしたものだろうか」
帝国は、何としてもアーリヤを見つけ出そうと躍起になっているはず。
であれば、その暴走を止めるのは必要なことだろう。
しかし、それが成ったとしても、神殿も同じような目的を持っていると考えると、こちらもどうにかしないといけない。
平穏を招くためには、その二つの勢力はあまりにも障害過ぎる。
「今まで大人しかったと思ったのも、水面下で動いていたってことだよね。本当に、あいつらは懲りるということを知らないのかな?」
「知らないからこそ、同じ過ちを繰り返す。いや、あるいは知っていてなお、自らはうまくやれるとうぬぼれているのかもしれんが、どちらにしても、愚か者に変わりはない」
「人は忘れる生き物だと思っていたが、そういうことは律義に覚えているのだな。理解できん」
過去に起きた大戦争で、人々はアーリヤの夫である神様、グウィネから、制裁を受けた。
そして、もう二度とこのようなことはしないと反省し、事なきを得たはずだ。
しかし、実際には、百年もすればそのことを忘れ、戒めであるアーリヤの像がある村を地図から消そうとするようになり、幻獣のこともまた、忘れて行った。
それなのに、失敗したことを再びやろうとするくらいには覚えているあたり、人の欲とは底知れないものである。
「こんなこと言いたくはないけどさ、これ丸く収まると思う?」
「……」
ラスクさんの言葉に、皆黙り込む。
単純に、元凶を排除してしまえば収まるというのなら、まあできなくはない。
幻獣の力は強力だし、いくら規模が大きいとはいえ、かき集めれば帝国や神殿を滅ぼすこともできるだろう。
ただ、それをやってしまえば、この大陸にはぽっかりと穴が開くことになるし、それをやった幻獣達は、国を滅ぼした凶悪な魔物として、人々に恐れられることになるだろう。
その結末でも、問題が多いのに、今の状況では、俺は相手の犠牲をなるべく少なくと思ってしまっている。
アーリヤを狙う勢力だけを選び出し、それを粛正することで平穏を買う。
しかし、完全に選り分けることなどできはしないし、仮にできたとしても、いずれ第二第三の帝国や神殿が出来上がることになるだろう。
どうあがいても、丸く収まる方法などないのである。
「……わたし、いないほう、いい?」
「冗談でもそう言うことは言うな。貴様がいなくなって喜ぶ者など、ここには誰一人いない」
ふと、口を突いた言葉に、リトがすぐに反論した。
召喚が成功しなければ、俺という存在がこの世界に降り立たなければ、まだ平和だったかもしれないと考えると、そう言う考えもありかなと思うけど、リトの真剣な表情を見ると、あまり突っ込みすぎるのはよくなさそうだ。
まあ、すでにこちらの世界に生まれてしまったわけだし、今更元の世界に帰る方法もない。
どっちにしろ、不可能な考えだ。
でも、もし帰る手段があるのだとしたら、それがいいのだろうか?
「……」
俺は、過去のことを思い出し、苦々しく表情を歪めた。
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