第三百六十八話:落ち着かせるために
ひとまず、これ以上戦う必要はないと巫女に説いてみた。
帝国はすでに撤退するつもりみたいだし、これ以上神殿側が手を出さなければ、穏便に片が付くだろう。
ただでさえ、帝国は切り札であるレイヴンを失っているのだから、これ以上追い打ちする必要はない。そう言ったんだけど。
「なにをおっしゃいますか! 帝国は、長年神殿の邪魔をしてきた怨敵。ここで少しでも駆逐しておかなくては、後の脅威になりかねません!」
そう言って、全く聞く耳を持たなかった。
アーリヤのことを信仰している割には、そのアーリヤの言葉を無視するんだね。
まあ、こいつらのは信仰ではなく、単に利用したいという欲だろうから、ある意味では正解かもしれないけど。
ただ、意外にも、ミトさんは俺の言葉に賛同してくれた。
先程のレイヴンの暴れっぷりで、神殿側にも少なくない被害が出ている。
いくらラクーンが幻術が得意な部隊とはいえ、ここまで崩された場面からそれを生かすことは難しいし、そうなれば、圧倒的な手数の差によって押し込まれる可能性は十分にある。
だから、ここは一度退き、体勢を立て直すべきだと、そう主張していた。
ミトさんは割と冷静みたいだけど、肝心の巫女がこれだから、退くに退けないって感じになってしまっている。
どうしたものかね。
「もういっそのこと、焼き払ってしまえばよくないか?」
「だめ」
「いや、流石にこいつらに付き合うだけ無駄だろう。こいつはただ欲望のままに、できもしないことを並べ連ねているだけだ。何を言おうが、こいつの耳には届かん」
リトもイライラし始めているし、そろそろ何とかしないと本当に爆発しそう。
うーん、効果があるかはわからないけど、とりあえず試してみるか。
「みこさん」
「は、はい、なんでございましょう?」
「ぎゅっ」
「あ、アーリヤ様!? 一体何を!?」
俺は、そっと巫女を抱きしめた。
この世界に転生してから、俺はリトに何度もこうされてきた。
特に子供の頃は、何かと文句を言いながらも、優しく抱き留めてくれたことを覚えている。
こうされると、とても穏やかな気持ちになるし、安心できる。
なら、同じようにすれば、巫女も落ち着くんじゃないかと思ったのだ。
もちろん、俺にはリトのような包容力はないし、背も小さいから抱き留めるにはちょっと体積が足りないけど、それでも気持ちは伝わるはず。
びくりと体を震わせて、素っ頓狂な声を上げている巫女の頭を優しく撫で、精一杯気持ちを伝える。
巫女のためにも、その部下達のためにも、冷静になって欲しいと。
「なんと……ああ、私は何を焦っていたのでしょう。このように尊きお方が、ずっとそばにいてくださったと言うのに……」
「おちついた?」
「ええ、もう大丈夫です」
どうやら、落ち着いてくれたようだ。
なんか、冷静に考えると恥ずかしいことをしていた気もするけど、少しでも役に立ったのなら何よりである。
巫女は、そのまま俺を抱き上げ、辺りを見回した。
その目には、先ほどまで宿っていた狂気の色はなかった。
「皆様、ここは退きます! ミト、負傷者の運搬は任せましたよ」
「御意」
ミトさんは、すぐさま通信機を取り出し、どこかに連絡していた。
多分、帝国に忍ばせていた潜入部隊かな? 今思うと、帝国側が撤退に反対していたのは、その部隊の影響かもしれないね。
「アーリヤ様、ありがとうございます。あなたのように尊きお方を前にして、さらに戦果を得ようなど、邪な考えでした」
「うん」
「こうして力を貸してくださったのも、我々の信仰が届いた結果でしょう。助けられた恩義に報いるためにも、精一杯おもてなしさせていただきます」
「うん?」
なんか、このまま連れ去ろうとしてる?
いやまあ、神殿の目的は元からそれだから、当たり前かもしれないけど、そこは欲を捨てて退いてくれるかと思った。
俺はとっさに巫女の手から離れようとする。しかし、少し身じろぎするだけで、恐ろしいほどの力で引き留めてくる。
いや怖いって。落ち着けるためとはいえ、抱きしめるんじゃなかった。
「は、はなして」
「なにをおっしゃいますか。このままお連れしますよ」
「に、にくすぅ……!」
「やれやれ、何をやってるのだ貴様は」
意気揚々と連れ去ろうとする巫女の前に、リトが立ちはだかる。
不満げな表情を浮かべた巫女であったけど、次の瞬間には、俺の体は巫女の手から離れ、リトの手の中にいた。
「あ、あら?」
「よくやった、小娘」
「流石にこのまま連れ去れるのは看過できませんからね」
何が起きたのかわからなかったけど、フェルが何かしたらしい。
まあ、フェルの幻術にかかれば、これくらいは朝飯前か。
巫女は、ぽかんと口を開けていたけど、それを見る前に、リトは歩きだす。
正気を取り戻し、リトの姿を認めた時には、すでにかなりの距離を離していた。
「あ、ありがとう、りと、ふぇる」
「どうしてあの場面であんな簡単に捕まれるのだ? 貴様には警戒心というものがないのか?」
「ご、ごめんなさい……」
まあ、確かに軽率だったかもしれないけど、あのままでは、帝国と神殿は、どちらかが全滅するまで戦っていたことだろう。
それでは、せっかく助けようとした意味がなくなってしまうし、双方にとってもよくない。
結果として、神殿を退かせることができたのだから、良かったのではないだろうか?
「ルミエール、その気はないんだろうけど、知らない女の人にあんまりああいうことしちゃだめだよ?」
「? みこは、しりあい」
「うん、そう言うことじゃないんだけどね……。まあ、ルミエールらしいと言えばそうなのかもしれないけど」
今回ばかりは、フェルも呆れ顔である。
なにやら不満そうだけど、やっぱり抱きしめるのはやり過ぎだっただろうか?
今後は気を付けていこう。
「さて、一度戻るぞ。イグニスも待っている」
「う、うん」
幻術で巫女の追跡を妨害しつつ、戻ることにする。
今回は、レイヴンというロボに、幻獣の一部が使われているということがわかった。
半壊してしまっているけど、これを持ち帰り、解析すれば、どんな幻獣のものなのか、その幻獣は今どこにいるのかなどがわかるかもしれない。
当初の目的も達したし、ラスクさんにも報告しないといけないよね。
元の姿に戻り、ユグドラシルを目指す。
『来たか。遅かったようだが、何かあったのか?』
『相変わらず、白竜のがやらかしただけだ。問題は解決したから、気にすることはない』
『そうか』
しばらく進むと、イグニスさんが待っていてくれた。
その手には、レイヴンの残骸が握られている。
これの機構も解析すれば、何かしらわかるかもしれないね。
ロボを間近で見る機会なんてそうそうないし、ちょっと楽しみかもしれない。
俺は、レイヴンの残骸を後ろから眺めながら、翼をはためかせた。




