第三百五十七話:自由気ままに
状況から考えて、俺がこんな形で召喚されたのは、帝国が関係しているであろうことは間違いない。
俺は元々は別世界の人間であり、こうして呼び出され、あまつさえドラゴンの体にされたのだから、俺は人生をめちゃくちゃにされたと言っても過言ではない。
リトは、幻獣が傷つけられたことに怒っているのもあるけど、俺がこうして呼び出されてしまったことにも怒っているようだ。
人間嫌いなはずのリトが、なぜそこまで怒ってくれるのかはわからないけど、そもそもその怒りは、見当違いである。
『何か勘違いしているみたいだけど、俺は自分が召喚されたことをそこまで怒っていないよ?』
『なっ!? き、貴様、ここまで理不尽なことをされて、それでも相手を許すというのか!?』
『許すとか許さないとかじゃなくて、俺は今の生活が気に入ってるの。確かに、人間でなくなってしまったことには思うところもなくはないけど、ドラゴンの体の方が、空も飛べるし、いろんな場所を見て回れる。会社という檻に閉じ込められていた俺にとっては、今の方が解放されている気分なんだよ』
俺は元々、ブラックな会社で精神をすり減らしながら生きてきた。
パワハラとか、サービス残業とか、責任転嫁とか、いろいろ理不尽なことをされてきた前世に比べたら、今は天国みたいなものである。
なんなら、人化の術によって、子供の姿ではあるけど人前にも出られるし、フェルやリトの存在もある。
少なくとも、俺はこの世界に転生できて、良かったと思っているよ。
『……なるほどな。貴様は、前世は会社という組織に属し、働いていたのだったな。それは、人の姿を捨てることになっても、手放したかったものなのか?』
『そりゃもう! あいつら人を人間と思ってないからね』
『……良ければ、詳しく聞かせてくれないか? 貴様の、前世のことを』
『え? まあ、いいけど』
なんだか神妙な面持ちで聞いてくるので、俺は久しぶりに過去のことを思い出しながら、話していった。
すでにかなり昔のことだから、忘れていることも多いかなと思ったけど、会社でのことは大体覚えているあたり、よっぽど辛かったのかもしれない。
逆に、家族との思い出や日常生活のことをほとんど思い出せないのが社畜らしいなと思った。
『……という感じなんだけど』
『……』
懐かしさを覚えつつ、思いつくまま喋っていると、いつの間にか周りが静かになっていた。
リトはもちろん、フェルも、イグニスさんも、ルーナさん達まで。
まあ、ルーナさん達は、俺が前世は人間だったってことは知らないだろうし、驚くのも無理はないけど、リト達は知っているよね?
何かおかしなところはあっただろうか。
『……貴様、奴隷ではなかったんだよな?』
『そりゃそうだよ。俺の住んでた国では奴隷制度なんてなかったし』
『……』
『え、そんなおかしなこと言った?』
まあ、確かに奴隷のような扱いだったと言われればそうかもしれないけど、俺だけが特別扱いが酷かったというわけではない。
部長などの上の役職を持つ者も、昔はそうやって苦汁を舐めさせられてきたと飲み会の席で語っていたし、元々あの会社がそう言う体質なんだと思う。
俺だったら、昇進した暁には部下には同じような思いはさせたくないと思うけど、実際に昇進したら、俺もそうなっていた可能性は高い。
上には上の苦労があるってことだ。
まあ、末端の人間にとって、そんな苦労は何の関係もないので、そのストレス発散に付き合わされるのはごめんだが。
『白き子竜よ、この世界の奴隷でも、そこまで酷い扱いはされんぞ』
『え、そうなんです?』
『そう言う扱いをしてくるところもあるが、基本的には違法だ。奴隷にも人権はあるし、使い潰されるような奴隷はよっぽど酷い犯罪を犯した犯罪奴隷くらいなものだ』
『へぇ』
奴隷と言っても、俺が想像するような、主人の命令には絶対服従、どんなに理不尽な命令でも、死ぬような命令でも、必ずこなさなければならない、みたいなものではないらしい。
犯罪奴隷のような、再犯が見込まれる可能性がある時には、契約で縛ることもあるみたいだけど、普通の奴隷なら給料だって出るし、主人はその衣食住を保障しなければならないという。
案外、奴隷の扱いも悪くないのかもしれない。
『前世があるとは聞いたけど、まさかそんな辛い境遇だったなんて……ルミエール、これからはもっと甘えていいからね?』
『え? う、うん、ありがとう?』
『人間の愚かさはカーバンクル達の扱いを見ればわかるが、同胞に対してまでそんなことをするのかや? 死後に冥界に行くことが怖くないんじゃろうか』
「そこまでの扱いをされたら、人間じゃなくなっても何も気にしないよねぇ……あ、思わず出て来ちゃった」
『みんな、なんか変だよ?』
誰もが、俺のことを可哀そうなものを見るような目で見てくる。
いやまあ、確かにブラックな会社に勤めていたことは不幸だったと思うけど、別にこれは俺だけが特別不幸だったわけじゃない。
時代のせいかはわからないけど、そう言う会社はごまんとあったし、まともな会社で働けていた人なんてそんなにいないだろう。
言うなれば、それが普通であり、俺はそれに耐えられなかったというだけの話だ。
まあ、この世界でも散々我儘言ってきたし、適応できなかったのも頷ける。
だから、そこまで同情してくれるのは予想外だった。
『貴様が世界を見て回りたい理由がわかった。貴様は、自由に羽ばたける翼が欲しかったのだな』
『まあ、そうだね。前世で何もできなかった分、この世界のことを見て回りたい。綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて、そんな風に自由気ままに生きたい。それが俺の夢かな』
『ならば、その夢、我が全力で叶えてやろう。貴様を不幸にさせはしない。いや、貴様は不幸であってはいけない』
リトは、何かを決意したように真剣な目でそう言った。
まあ、夢とは言ったけど、ぶっちゃけもう叶っているんだけどね。
今までいろんなところを回って来て、いろんな体験をしたし、リトやフェルという家族にも恵まれて、まさに至れり尽くせりという奴だ。
途中から、アーリヤがどうのこうのって言う問題は上がってきたけど、ちょっとお人好しが過ぎるかなって程度で特に不便は感じていないし、今の生活が続けられるなら、それでいいと思っている。
まあ、リトがその気になってくれたのなら、それはそれでいいのかもしれない。
今更リトが俺を見捨てるとは思っていないけど、一応、人間嫌いの部分に引っかからないかなって気にはしていたからね。
俺は、少し安堵しつつ、暖かな目を向ける皆を見回した。




