第三百五十六話:真の黒幕
『戻ったぞ』
しばらくして、ルーナさんが帰って来る。
月の祭壇を通して、月にいる仲間に連絡を取っていたらしい。
果たして、何か有益な情報は掴めただろうか?
『聞いてみた限り、やはり月の技術を聞きに来た幻獣はいなかった』
『そうですか……』
『じゃが、楔の製法について閲覧したいと言ってきた者はおったようじゃぞ』
『えっ?』
俯きかけていた顔を、思わず上げる。
聞きに来た人はいないんじゃなかったんだろうか?
『幻獣じゃない、となると、相手は神か?』
『察しがいいのぅ。その通り、聞いてきたのは神じゃ。それも、ぬしらも聞きなじみがある名じゃな』
そう言って、ルーナさんは説明を始めた。
月にある知識は、地上にあるものの積み重ねで、それを発展させ、未来に繋げる形で保存しているらしい。
簡単に言えば、地上でできること、できないことを明確にし、保管しているということ。
これは、天界にしかいない神様でも把握できないものであり、それ故に月では時たま情報の閲覧を申し込まれることがあるらしい。
そして、今回その製法を聞いたという神様は、俺にもよく関係のある神様なんだという。
俺というよりは、アーリヤにと言った方がいいかな。
名前はグウィネ。アーリヤに求婚し、その名を世界に轟かせるきっかけとなった、神様である。
『まさか、アーリヤの夫がここで出てくるとはな』
『偶然、ではないだろうな。となると、白き子竜を呼び出したのは……』
『こいつが黒幕とみてよさそうだ』
アーリヤの夫。かつて、戦争が起き、アーリヤが自害した際には、天罰を下し、戦争を強引に終結させた。
ある意味で、アーリヤの死を一番悲しんでいる人物だろうし、アーリヤの復活を望んでいてもおかしくはない。
わざわざ楔の打ち方を聞いたのは、地上に降りられない自分に変わって、幻獣に教えるためか?
それなら、幻獣が打っていたという話も矛盾しないし、説明もつく。
『だが、神が黒幕ならば、なぜ直接転生させない? アーリヤほどの魂が、天界に召されないとは考えにくいが』
『それに関しては、イナバが言っていた説が関係しているかもしれん』
以前、イナバさんが言っていた、アーリヤの魂は、大地に還ったという説。
多くの幻獣は、アーリヤが自害した際、その体が光へとほどけ、消えていった瞬間を目撃している。故に、その魂は天界へと召され、永遠の安らぎを得たと考えていた。
しかし、一部は大地へと還ったという説を唱え、今でもアーリヤは自分達を見守っているという考え方をする幻獣もいる。
死してもなお、大地を通して人々を見守り続けるという献身。もしそれが本当だとしたら、神様が手を出せなかったのも頷ける。
『つまり、大地に還ったアーリヤを復活させるためには、地上から手を出すしかなかったと』
『そのためには、アーリヤの魂を正しく捕捉する必要がある。そのための、正確な楔というわけだ』
『なるほど。大陸を跨いで複数あったのも、それが原因というわけか』
この楔は、アーリヤを呼び戻すための召喚の準備と同時に、アーリヤの魂を正しく把握するためのものでもあった。
だからこそ、長い時間をかけて調査する必要があり、数百年という時間をかけてゆっくりと進められていたというわけだ。
しかし、そうなってくると疑問なこともある。
結局、その召喚は成功したのかという話だ。
『状況から考えて、白竜がアーリヤの生まれ変わりというのは間違いなかろう。しかし、そうなると、それだけ準備したにもかかわらず、中途半端に魂を呼び寄せたということになる。アーリヤを愛しく思っている神が、そんなミスを許すかや?』
『それが問題だ。ただアーリヤの魂を呼び戻すだけだったら、白竜のの魂が介入する余地が全くない。それに、神の加護がありながら、召喚が失敗するとも考えにくい』
『つまり、何かしらのイレギュラーがあった、と』
『なんだか嫌な予感がしてきたぞ』
グウィネは、アーリヤを呼び戻すために、恐らく幻獣を使った。
そうでなければ、地上に干渉できない神様が地上に楔を打てるはずもない。
しかし、神様から力を貰った幻獣が、召喚を失敗する確率は低い。少なくとも、俺の魂が介入するのはおかしい。
では、なぜそんなことが起こったのか。
ここで考えられるのは、帝国と神殿の存在。
奴らは、今この世界にアーリヤがいることを前提に捜索をしている。つまり、自分達が召喚したと思っているってことだ。
実際に動いていたのはグウィネの幻獣のはずなのに、これはおかしい。
しかし、もしその幻獣が、捕らえられていたとしたら?
ラスクさんが入手した噂では、帝国は幻獣を捕らえているという話だった。
その幻獣が、例の幻獣で、そこからアーリヤ復活の計画が漏れたとしたら?
帝国が躍起になって召喚しようとしたのも、説明がつく。
人間達が持っているのは、勇者召喚の技術。それを応用して召喚しようとした結果、異世界の魂が紛れ込んだと考えれば、俺のような中途半端な存在が生まれたことも理解できる。
つまり、捕まっているという幻獣はグウィネの幻獣、そして、俺を召喚したのは、帝国ということだ。
『本当に……ああ、本当に……!』
リトの体が激しく燃え上がる。
そこにあるのは怒りの感情。今まで幾度となく見てきたけど、その炎は青色を通り越して白色になり、周囲の宝石の草花を溶かしていった。
『何たる侮辱! 何たる傲慢! 自らの身で扱いきれないとわかっていながら、それを見ようともせず、尊き幻獣を攫い、あまつさえ無関係の魂を巻き込んでアーリヤを呼び戻しただと? ふざけるな!』
俺がアーリヤの魂と共に復活したのは、完全に想定外だっただろう。それが、全く別の場所に召喚されたのはよくわからないが、俺はそのせいで、人間の体を失い、ドラゴンとして生を受ける羽目になった。
自らの利益のためなら、幻獣を犠牲にしてもかまわない。いや、奴らにとっては、幻獣も等しく魔物なんだろうけど、だとしても、あまりに身勝手な行為だ。
俺も、そんな理不尽で呼び出されたのかと思うと、思うことはあるけど、今はそれよりも、リトを落ち着かせる方が先決だ。
あまりの熱量にビビりながらも、必死に声をかける。
『り、リト、落ち着いて!』
『これが落ち着いていられるか! 今すぐにでも、帝国を潰さねばならん。イグニス、ドラゴンをかき集めよ、全面戦争だ!』
『ふむ、まあ、落ち着け、我が友よ。白き子竜が怯えている』
完全に頭に血が登っていたリトだったが、イグニスさんの言葉で多少落ち着いたのか、炎を収める。
イグニスさんの威圧感も凄かったけど、さっきのリトはそれ以上かもしれない。
怒りの矛先がこちらを向いていたら、それこそ泣いて固まっていたかもしれない。
冷静に構えてくれていたイグニスさんには、感謝しないと。
『はぁはぁ……』
『大丈夫?』
『問題ない、ちょっとくらっとしただけだ。それよりも、一刻も早く帝国を潰さなければ』
『だから落ち着いてってば。今すぐに帝国に乗り込むのは危険でしょ』
そもそも、まだこの情報が真実かどうかもわからない。
状況証拠は十分だけど、仮にこれが本当のことだとして、今すぐに帝国に乗り込むのはリスクが高すぎる。
まずはユグドラシルに連絡し、ラスクさんの指示を仰いだほうがいいだろう。
それに、仮に帝国が悪いにしても、召喚の主導者は恐らく勇者だろうし、関わっていたのは一部だろうから、全面戦争はやり過ぎだ。
というか、そんなことしたら、数百年前の再現になってしまう。それではダメだろう。
俺は、まだ興奮している様子のリトを宥めつつ、これからの動きを考えた。




