第三百五十五話:森の宝石達
『……考え込んでいてもわからんな。今こそ、月の叡智で何とかできないのか?』
『月の叡智も万能ではない。楔の製法を教えることはできるが、楔を打った者を特定する方法などないぞ』
リトの無茶振りに、ルーナさんは苦笑して返す。
月の叡智は、その膨大な情報から必要な情報を閲覧することで、瞬時に正解を導き出す、というような仕組みらしい。
しかし流石に、情報も少ない中で、犯人を当てるような真似はできないようだ。
元々、月の叡智に頼るのはあんまり好きじゃないみたいだし、これでルーナさんを責めるのはお門違いだと思う。
『……あの、一ついいですか?』
『なんだ小娘。言いたいことがあるのか?』
『は、はい。その、楔なんですけど……』
そう言って、フェルが自分の考えを話し出す。
今のところ、この楔を打てるのは、相当高位の幻獣か、神様から直接力を貰っているような強い幻獣に限られる。
しかし、前者は、その高位の幻獣であるドラゴンのイグニスさんでも、難しいと言っていた。
神様に関しても、大抵は地上に降りられず、幻獣と直接言葉を交わすような機会は少ない。
しかし、一つ確実に製法を知れる場所がある。それが、ルーナさんの言う、月だ。
『過去に、月に来て、製法を聞いた人はいないんですか?』
『なるほどのぅ。月の技術を教わったのなら、確かに楔を打つこともできる。じゃが、残念ながら、そんな幻獣はいないのぅ』
『そうですか……』
いい考えだと思ったが、そううまくはいかないらしい。
まあ、月に行く方法なんて思いつかないし、普通は無理だよね。
元は月に住んでいたルーナさんですら、帰れないわけだし。
『……まあ、一応聞いてみてもいいかもしれん。わっちがここに落ちてきてからだいぶ経つし、あれから聞きに来た者もいるかもしれんからのぅ』
しばし時間をくれと言って、ルーナさんは去っていった。
まだ確定とは言えないけど、もしかしたらまだ手掛かりが残っているかもしれない。
ここは、ルーナさんの聞き込みに期待しよう。
『……黒幕が誰かわからなくなってきたな。帝国や神殿なら、容赦なく叩き潰せたが、幻獣だったとするなら、どうしたものか』
『それほどアーリヤが慕われていたという証拠だろう。それに、かつてのアーリヤと人々の関係を取り戻したいと思う幻獣がいても、不思議はない』
幻獣は、人を導く存在として、人に寄り添ってきた。
神様からの指示は大雑把で、人と交流するにしても、人化の術を用いてようやくと言った感じだったようだし、それだけ幻獣達は苦労してきたとも言える。
しかしそれでも、願いを叶えた時に感謝されるのは嬉しくて、中には共に添い遂げようと思う人達もいた。
それが壊れ始めたのは、人の欲望が渦巻き始めた頃。幻獣を利用し、金儲けしようだとか、自分だけいい思いをしようとか、そう言う考えが関係に罅を入れた。
今でこそ、アーリヤの事件を機に、人に愛想をつかして隠れてしまっている幻獣は多いけど、中には以前のように戻りたいと願っている幻獣もいるはず。
アーリヤが、その旗頭になってくれるなら、これ以上心強いことはない。
だから、幻獣が黒幕でも、何ら不思議はない。
まあ、いずれにしても思うのは、アーリヤに期待しすぎだってことだけどね。
『みんな、アーリヤのことを見てないよね』
『……そうだな。人も幻獣も、アーリヤのことを尊敬はしているが、一人の幻獣として見ている奴は少ない。利用しようとか、崇拝しようとか、それはアーリヤの持つ力であって、アーリヤ自身ではない。本当の意味でアーリヤを見ている奴の、少ないこと』
アーリヤは偉大な幻獣なのかもしれない。けど、みんなその偉大さにフィルター越しに見てしまって、本当のアーリヤというものを見ていない気がする。
アーリヤだって一人の幻獣で、一人の女性のはずなのにね。
介入してきた神様も悪いと言えば悪いけど、力しか見ない人々にも、責任があると思う。
『……俺も、そんな風に見られるのかな』
『馬鹿なことを言うな。貴様が第二のアーリヤになることはない。他の有象無象共が何と言おうが、我は子として、友として貴様を見る。我だけでなく、ここにいる者達は、皆そうだろうよ』
『ほんとに?』
『誓ってもいい。だから、飲まれるなよ。貴様は貴様であり、アーリヤではない。生まれ変わりだとしても、貴様の精神は貴様だけのものだ』
『う、うん?』
なんだかよくわからない激励だったけど、でも、確実な味方がいるというのは救いになる。
リトも、フェルも、イグニスさんも、そしてニーシャさんも、俺のことを見捨てることはしないだろう。
いっぱい迷惑かけてきたけど、それでもそう言ってくれるのは、本当に嬉しい。
『……おや、ニクス様ではありませんか!』
『貴様は、あの時のカーバンクルか』
そんなことを話していると、カーバンクルの一体が近寄ってきた。
この宝石の色、見覚えがある。
以前、フェルが体を貸し、どうにか生き延びることができた運のいいカーバンクル。エメルダさんだ。
『お久しぶりです! あ、白竜様も、今日はご友人方と一緒ですか?』
『お久しぶりです。まあ、ちょっと聞きたいことがあって』
『あなた様なら大歓迎です! あ、フェルさんはいらっしゃらないのですか?』
『え?』
俺は、思わずフェルの方をちらりと見る。
目の前にいるはずだけど、気づいていない?
と、少し考えて、理由がわかった。
あの時のフェルは、まだ人間だった。今のような、幻獣の姿にはなっていなかった。
流石に、あの時の人間と今の幻獣を比べたら、同一人物とは思わないだろう。
俺は、少し笑って、フェルのことを紹介した。
『ここにいるのがフェルですよ』
『え? でも、フェルさんは人間では? ……いや、でも、この気配、わたくしの力を感じます。ということは、本当に?』
『そうですよ。私があの時の人間、幻獣として生まれ変わったんです』
『なんと! それはおめでたいことです!』
エメルダさんは、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている。
あの時は大変だったけど、こうして喜んでくれると少し誇らしい。
エメルダさんは、久しぶりに話しがしたいと、積極的にフェルに話しかけて行った。
フェルも、そんな態度が嬉しいのか、いつもよりニコニコとしている。
ここは、思い出話に浸からせてあげよう。
『あ、お前はあの時の!』
『またカーバンクルか。今度は貴様の知り合いか?』
『ちょ、覚えててくださいよ!』
次にやってきたのは、青い毛並みのカーバンクル。
これは俺も覚えている。
フェルを助けるため、小さくなる薬を飲んでしばらくいたら、強風で飛ばされて迷子になった。
その時に、道案内をしてくれたのが、このカーバンクル、ラズリーさんである。
『お久しぶりです。その節はどうも』
『いやいや、こちらこそ! おかげでルーナ様からの評価も上がったし、俺としても願ったり叶ったりだぜ!』
別に、ルーナさんはこの森のカーバンクルは等しく見守っている気もするけど、それでも顔を覚えてもらうのは名誉なことらしい。
まあ、少しでも役に立ったのなら何よりだ。
エメルダさんにラズリーさん、懐かしい顔ぶれに頬を緩めつつ、思い出話に花を咲かせるのだった。




