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第三百五十四話:未知の文明

『なるほど、それでわっちに話を聞きに来たというわけかや』


『そういうことだ』


 事情を説明すると、ルーナさんは腕を組んでうむうむと頷いていた。

 幻獣は、本来は人を導くための存在であり、人がいないはずの月に幻獣が送られるのはおかしな話だ。

 何か理由があるのか、それとも月にも実は人が住んでいるのか、どういう理由があるのだろう?


『うーむ、さて、どこから話したものか』


『機密に関わるというなら別に話さなくても構わん。ただ、今回の楔を打てるだけの技術があるのかどうかは最低限聞いておきたい』


『まあ、機密と言えば機密ではある。強いて言うなら、わっちらムーンラビットの役割は、普通の幻獣とは違うということじゃな』


 そう言って、ルーナさんは空を見上げる。

 詳しいことは言えないみたいだけど、楔を打てる存在かと言われたら、それは可能だと答えた。

 ということは、やはりルーナさん達ギョクト、いや、ルーナさんの呼び方に合わせるならムーンラビットが、楔を打ったんだろうか?


『確かに数百年続き、大地にも影響を与えない楔は打てる。じゃが、それを打ったのがムーンラビットとは考えにくいのぅ』


『どうしてですか?』


『ムーンラビットが月から離れることはほぼないからじゃ』


 ムーンラビットは、ある目的のためにずっと月に留まっているらしい。

 一応、情報収集のために地上を観察することはあるが、直接降りることは稀だそうだ。

 ルーナさんは、事故で落ちてきてしまい、帰る手段も失った、例外中の例外である。

 故に、ムーンラビットがわざわざ楔を打つとは考えにくいという。


『確かに、月に住まう幻獣が、わざわざ地上で事を成すとは考えにくいな』


『ならば、その技術を使えそうな他の幻獣に心当たりはないか?』


『そうさなぁ……月と地上では文明レベルが違いすぎる。月と同じくらい文明が進んでいる場所があれば、可能ではあると思うが』


『文明って、文明があるんですか?』


『おっと、口が滑った。今のは忘れてくりゃれ』


 文明ということは、やっぱり人がいるということ?

 あんまり話せないみたいだけど、まあ、異世界だし、月に人がいてもおかしくはないのか?


『文明と言えば、帝国はかなり先に進んでいるという話じゃありませんでしたっけ?』


『確かに、勇者の知識によって、その技術レベルは時代を数歩先に行っているという話だ』


『しかしそれなら、あそこに要塞があったのはおかしいのではないか?』


『ああ、そっか……』


 この世界において、最も文明が進んでいると言ったら、恐らくは帝国になるだろう。

 勇者の知識は、電気の力をもたらし、電化製品や精密加工の技術が恐ろしく発達したと主任が言っていた。

 しかし、もし楔を打つ技術があるなら、あの要塞にあった楔は誰が打ったんだという話になってしまう。

 というか、主任の口から、あの楔は帝国が打ったものだと自白しているし、とてもじゃないけど、帝国が正確な楔を打ったとは考えにくい。

 文明レベルという意味では数歩先を行っていると思うけど、イコール楔を打てるというわけではなさそうだ。


『帝国というのは、ラシクル帝国のことかや?』


『そうだが、何か関連性があるか?』


『いや、わからん。そもそも、ずっと引きこもってた故、外の情勢には疎くてのぅ』


 ルーナさんは、帝国についてあまり知らないようだ。しかし、知らなくても、月の技術力には及ばないと断言できるらしい。

 よっぽど月が進んだ技術を持っているのか、それとも人間では再現できないようなものなのかはわからないけど、少なくとも、その楔は帝国でさえ打てないと決めつけていいらしい。

 まあ、元々強い力を持った幻獣が打ったという線で話を進めていたし、帝国が関わっていないならそれでいいけどね。


『こほん。幻獣だったとしても、並の幻獣では無理じゃろうな。幻獣の中でも高位の者、それこそドラゴンとか、神から直接力を貰っているような特別な幻獣でなければ』


『ふむ。おいイグニス、貴様ならそんな楔も打てると思うか?』


『現物を見てみないことにはわからんが、流石に大地に影響を与えずとなると難しいだろう』


『そもそもの話じゃが、なぜ幻獣が楔を打つのかや?』


 色々候補を探していたけど、ルーナさんはそう言って首を傾げた。

 確かに、楔とは、大規模な魔法を発動する際に、竜脈の魔力を借りるため、一時的に竜脈の流れを固定化するためのもの、

 つまり、楔は前準備であって、目的ではない。

 人間が打ったのなら、勇者召喚というわかりやすい目的があるから、まだわからなくもないけど、幻獣が勇者召喚をするとは考えにくい。

 となると、楔を打った幻獣には、また別の目的があったはずだと、ルーナさんはそう思っているようだ。


『それに関しては、確かに謎だ。帝国や神殿と同じように、アーリヤを呼び出すためということも考えられるが……』


『なんでそこでアーリヤが出てくるのかや?』


『ああ、そう言えば貴様には詳しく話していなかったな』


 そう言って、リトは俺のことについて話し始める。

 アーリヤの生まれ変わりかもしれないという俺の体。帝国や神殿なら、アーリヤを我が物とするために、俺を召喚したとも考えられるけど、幻獣がそこまでするだろうか?

 確かに、イナバさんのように、アーリヤの復活を望んでいる幻獣もいる。そのうちの誰かが、信念に突き動かされるがままにやったと考えれば、辻褄は合うかもしれない。

 楔の正確さも、確実にアーリヤを呼び戻すために念入りにやったと考えれば、理解もできるしね。


『なるほど、白竜にはそんな宿命があったのじゃな』


『俺自身はあんまり実感できてませんけどね』


『ふぅむ、となれば、ぬしを呼び出したのはアーリヤ復活を願う幻獣の誰かということになるが、どうも引っかかるのぅ』


 ルーナさんの疑問は、確実に召喚するために念入りに楔を打ったとして、ではなぜ俺のような中途半端な存在が生まれたのかということだ。

 数百年も前から楔を打ち続けていたのだから、その想いは並々ならぬものがあったはず。それなのに、こんな形で失敗するのはおかしな話だ。

 人間達なら、まだ楔の技術も曖昧で、不正確になるのはわかるが、これだけ正確に楔を打ち込んでおいて、知識がなかったというのはありえないだろう。

 それに、まだすべてを確認したわけではないが、正確に打たれた楔は、一番最近のものでも数十年前。流石にスパンが空きすぎている。

 まだ見つけてない楔があって、そこで間が埋められている可能性もあるが、もしそれが最後となっているならば、その幻獣は、何らかの理由で楔を打つのをやめたことになる。

 召喚自体は行われているから、死んだということはないと思うけど、それにしては、不自然な空き方だ。

 確かに、少しひかっかる部分かもしれない。

 なんだか、もう少しで掴めそうで、掴めないもどかしい感覚。

 果たして、楔を打った幻獣とは誰なんだろうか。

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