第三百五十三話:月に住む幻獣
「もう一つの候補は、ギョクトだね」
「それって……」
ギョクトと言えば、以前訪れたカーバンクルの森で長をしていたルーナさんのことを思い出す。
あの人が、何か関係しているんだろうか?
「ギョクトは、月に住む珍しい幻獣だ。その役割は明かされていないけど、人を導く幻獣が、人のいない月にいるとなると、何かしら特別な任務を与えられている可能性がある」
「なるほど、それは確かに何か特殊な力を持っていても不思議はないな」
「でしょ?」
実際、ルーナさんは、素材を消費することで、望んだ効果の丸薬を作ることができるという、結構万能な能力を持っていた。
それに加えて、月の叡智とも呼ばれていたし、その知識量も並ではないだろう。
それだけ特別なら、何かしら特殊な能力を持っていても不思議はない。
「今のところ思いつく候補はこのくらいかな。冥界の方は、一応連絡を入れておいたんだけど、返事がないんだよね」
「なにかあったのか?」
「わからない。まあ、冥界王に限って何かあるとは思ってないけど、忙しいんじゃないかな」
あれでも一応冥界全体の管理者だし、と続けるラスクさん。
冥界は、死した魂の中でも、罪を犯した者が送られる場所。そこに勤めるからには、絶対的な力を持っているし、間違ってもやられてしまったなんてことはありえない。
でも、連絡が取れないのは少し心配だな。
いくら何も取られないとはいえ、もう一度冥界下りをするわけにもいかないし、そこらへんはラスクさんに任せるしかない。
「ふむ、冥界王ならあるいはと思ったが……」
「どうか、した?」
「……いや、何でもない。それより、ギョクトの方なら心当たりがある」
「ほんと? いやぁ、流石に顔が広いね。月にしかいないはずのギョクトの知り合いがいるなんて」
「まあ、奴も何か知っているとは限らんが」
冥界の方が連絡が取れない以上、行くとしたらそちらになるだろう。
果たして、楔について何か知っているだろうか?
「じゃあ、そっちの調査はお願いするね」
「ああ。ところで、例の幻獣についての進展はあったのか?」
「あー、うん、あれから潜入部隊を編成して、帝国に送り込んだよ」
例の幻獣というのは、帝国に捕らえられているかもしれないと噂されている、謎の幻獣のことだ。
ラスクさんの事前調査では、そもそも本当かどうかもわからず、調べるに調べられなかったけど、先日の帝国の軍の侵攻の際、幻獣を捕らえる兵器を引っ張り出してきたことを鑑みて、本当に捕らえられている可能性もあるんじゃないかと考えた。
もし、本当に捕らえられているのだとしたら、絶対に助け出さなくてはならない。だからこそ、危険を承知で部隊を編成し、帝国に送り込んだわけである。
送り込んでからまだそんなに経っていないため、まだ情報は入ってきてないらしいが、しばらくすれば、降りてくるだろうとのこと。
「こういう時は帝国の審査の緩さは楽でいいね。強ささえあれば、誰だって入れちゃうんだから」
「力しか目に入らない馬鹿どもだからな。能力さえあれば子供ですら兵士にすると聞く。本当に、愚かしい連中よ」
「そうだね。まあ、情報が降りてくるまで、しばらく待ってて」
どのみち、今のところは有力な情報は入ってこなさそうだ。
先にルーナさんのところに行って、情報を貰ってくる方がよさそうだね。
「さて、そうと決まればさっそく行くとしよう。ラスク、カーバンクルはいるか?」
「カーバンクル? まあ、いるけど、なんで?」
「宝石回廊を使わせてもらいたい。理由は、わかるだろう?」
「ああ、なるほどね。わかった、すぐに連れてくるよ」
そう言って、ラスクさんは去っていった。
ルーナさんがいるカーバンクルの森は、正確な場所がわかっていない。
だが、宝石回廊と呼ばれるカーバンクルが通る道を使うことで、簡単に辿り着くことができる。
いや、宝石回廊自体も複雑だから、簡単ではないかもしれないが、カーバンクルなら、その道は熟知しているだろう。
リトは、ルーナさんとは旧知の仲だ。事情を話せば、貸してくれることだろう。
「連れてきたよ」
『お初にお目にかかります、ニクス様。私はカーバンクルが一体、ペリーと申します』
しばらくして、ラスクさんが戻ってきた。
隣には、額に宝石を輝かせる兎のような幻獣がいる。
カーバンクルは、人間に乱獲されて、かなり数を減らしているらしいから、そのほとんどはカーバンクルの森で暮らしているらしいのだけど、それでも時折、外に出て帰れなくなる者もいるという。
そういう者達の中には、運よくユグドラシルに辿り着く者もいて、ペリーさんもそう言う口みたいだね。
類稀なる能力を持つ幻獣の中でも、カーバンクルが司るのは幸運。直接的な武力は持っていないので、抵抗もしにくい。
その希少価値も相まって、狙われちゃうってことだね。
『宝石回廊を使いたいとのことですが、行先はどちらに?』
「貴様の主のところだ。少し用事があってな。貴様なら、すぐに辿り着けるだろう?」
『なるほど。承知しました、近場の宝石回廊までご案内しますね』
リトの言葉を聞いて、すぐに理解したのか、ペリーさんはいそいそと先導し始めた。
宝石回廊は、各地のいたるところにある。
ジオードと呼ばれる空洞に作られていて、普通の方法では、そもそも入ることすらできない。
その道を開けるのはカーバンクルだけであり、だからこそ、カーバンクルの森は誰にも侵されない場所なのだ。
まあ、カーバンクルを生け捕りにして、脅して開かせるって手もあるけどね。
だが、カーバンクルの言葉を人間が理解できるはずもないし、命の危険にあっても、カーバンクルが森の存在を教えることはない。
同じ幻獣相手なら別だろうけどね。
『ここに来るのも久しぶりだなぁ』
元の幻獣の姿に戻り、宝石回廊を通じてカーバンクルの森へと至る。
森とは言っているが、そこにあるのは宝石でできた枝葉や幹であり、通常の植物は存在しない。
以前は、フェルがカーバンクルの一体であるエメルダさんを助けるために体を貸し、それを何とかするために来たわけだけど、この光景を見ると、少し心が騒ぐ。
いつ見ても綺麗だよね。また、何本か枝を貰えないだろうか。
『なにやら強い気配がすると思って構えていれば、ぬしだったか、ニクス』
『この姿では初めましてと言った方がいいか?』
『ははは、確かに縮んでおるのぅ。転生した直後に動き回るとは、ぬしらしくもない。それに、今回は火竜まで一緒か。何かあったのかや?』
『ああ、少し聞きたいことがあってな』
さっそくルーナさんに会いに行くと、軽く挨拶した後、説明を始めた。
数百年も持続する楔を打った者の正体、それに迫るかもしれないルーナさんの種族。
果たして、有益な情報が得られるといいのだけど。




