第三百五十二話:特別な楔
第十四章開始です。
冬の冷たさが徐々に緩和され、暖かな陽気になり始めた頃。
楔の調査を終え、一度ユグドラシルへと戻った俺達は、さっそく今回の件をラスクさんに報告することになった。
今回は、イグニスさんによって要塞が破壊され、楔の跡も瓦礫で埋もれてしまったけれど、情報としては、それなりに得られたと思う。
楔を打っていたのは帝国であり、その理由は、何者かを召喚するため。
しかし、その召喚はうまく行かず、召喚の魔法陣には誰の姿もなかった。
上層部は、魔力は消費されているのだから、召喚自体は成功しているはずだと考えて、勇者主導の下捜索をしており、楔は後に再利用する可能性も考えて、守っていたということだった。
神殿の動きを考えると、召喚してきたのは神殿かと思っていたけど、この様子だと、帝国の可能性もある。
だが、直近で打たれた楔は二種類あり、その片割れが神殿のものだとするならば、神殿が召喚した可能性も残っている。
あちらは、明確にアーリヤを探していたし、こっちの可能性の方が高いかもしれない。
それらのことを報告すると、ラスクさんはうーんと腕を組んで考え込んでいた。
「まずは、調査お疲れ様。白竜君にとっては、ちょっと災難だったかな?」
「うん……」
「すまない。今後は気を付けるので、どうか許してほしい」
要塞を破壊したのは、完全にイグニスさんの独断だった。
帝国は幻獣達の敵であり、そこに帝国の拠点があるなら、破壊するのは当然のことではあるのだけど、でもやはり、納得がいっていない。
もちろん、要塞の兵士達は、隣国に許可を得ずに居座っていたわけだし、実際脅しとして怪我人も出していたみたいだから、罰せられて当然だとは思うけど、でも、だからと言って殺す必要まではないと思っている。
一応、主任を始め、何人かは助かったみたいだけど、それでも絶望は凄かったみたいだし、俺のせいでそんな顔をさせてしまったと考えると、心が痛い。
イグニスさんに悪気はないのはわかっているから、怒ることもできないし、多少落ち着いたとはいえ、落ち込み気味だった。
「いつまで引きずっているのだ。奴らは当然の報いを受けた、ただそれだけだ。貴様に責任はないし、気に病む必要もない。いい加減前を向け」
「う、うん……」
リトの言う通りではあるんだけど……いや、こうして落ち込み続けていても始まらないし、切り替えるべきか。
俺は、一度頬をパチンと叩く。
それだけで吹っ切れはしないけど、もう少し考えないようにしよう。
「で、楔を打ったのは帝国で間違いないと。となると、状況的にもう片方の楔は神殿って考えているんだね」
「そうなるだろうな。だが、神殿がそこまで正確な楔を打てるのかという疑問はあるが」
「それに関しては、ちょっとした進展があったんだよ」
そう言って、ラスクさんはどこからともなく資料を取り出す。
楔について調べてくれた幻獣に対し、もう少し正確な情報はないかとアプローチをかけたらしいのだけど、そうしたら、何人かの幻獣が様子を見に行ってくれたようだ。
直近に打たれたという複数の楔。ここで言う直近というのは、ここ十数年の期間で、短い間隔で打たれた楔という意味。
事前の調査では、楔の打ち方は二種類あり、一つは今回俺達が調べたような雑な楔、もう一つは、かなり正確に打ち込まれた綺麗な楔だったという話だった。
しかし、よくよく調べてみた結果、その情報は一部間違っているということがわかったらしい。
「簡単に言うと、正確に打たれた方の楔は、直近に打たれたものではないってことだったよ」
「どういうことだ?」
「これに関しては、実際に楔を見てみて判明したことなんだけど、その楔、どうやら普通の楔じゃなかったらしいんだよね」
楔には色々な打ち方があるが、その効力は、そこまで長くは続かない。
楔を打つ理由は、竜脈の魔力を固定し、その魔力を利用することだから、あまりに固定し続ければ、竜脈の流れがおかしくなって、大地に影響を及ぼす。
そもそも、竜脈の流れは強大過ぎて、楔の一つや二つ程度打ち込まれたところで、自然と流れて行ってしまう。
だからこそ、効力は長く続かないってことだね。
しかし、今回見たという楔は、未だに効力が残っていた。それ故に、直近に打たれたものだろうと判断したわけだけど、実際に見てみると、その楔が打たれたのは、かなり昔だということがわかったという。
「昔って、どのくらいですか?」
「一番古くてざっと数百年からここ数十年にかけて。通常の楔では考えられないくらい頑丈だね」
「そんな昔から……」
通常の楔の効力が持続する時間を考えれば、ありえないほど昔だ。
というか、数百年ということは、下手したらアーリヤの大戦争が起こっていた頃じゃないだろうか?
そんな長い間、楔で竜脈の流れを止め続けたら、それこそ大地がとんでもないことになりそうだけど……。
「不自然なのは、それほど長い年月竜脈の流れを固定しているにも拘らず、大地に不自然な腐りが見当たらないこと。表面上は、楔なんてないみたいな感じらしいよ」
「どういうことだ?」
「わかんない。そもそも、そんな長い間持続する楔を打てる技術なんて、今の時代にだってない。少なくとも、人間が打ったものではないね」
大地に影響を与えずに、竜脈の流れを固定化している。
普通ならありえないことだけど、それがまかり通っているとなると、何か特別な方法がとられたってことになる。
少なくとも、人間が打ったものではないってことは、神殿は関係していないってこと?
「恐らくだけど、打ったのは幻獣だと思う。それも、神に直接力を貰ったような、特別な幻獣が」
「つまり、アーリヤか?」
「いや、それはない。楔が打たれたのは、アーリヤが亡くなった後みたいだからね」
「なら、誰が」
「それがわかれば、何か掴めそうなんだけどね」
「ちっ、肝心なところで使えん奴だ」
「りと、しつれい」
神様に力を貰った幻獣か。
確かに、竜脈の流れに影響を与えずに楔を打つってなったら、特別な力は必要になるだろう。
アーリヤ以外に、そんな楔を打てる人物なんているんだろうか?
「一応、候補はいる。まず考えられるのは、冥界王に仕える、ケルベロスだ」
ケルベロスは、冥界の番人という役割を与えられていて、その名の通り、冥界の治安を守るために遣わされた、幻獣の一体である。
冥界王は、冥界の管理を任された神様であり、それに仕えるケルベロスは、必然的に強い力を与えられている。
であれば、その特別な楔を打つことも可能なのではないかということらしい。
確かに、そう言えば冥界王って神様なんだよね。あの性格からはあまり想像できないけど。
「ケルベロス以外にも、冥界に勤める幻獣はいるけど、可能性の一つとしては、十分でしょう?」
「確かに、冥界の管理者に直接力を貰う形になっているなら、力という意味では可能性はありそうだな」
「他にも、一応候補はあるよ」
そう言って、ラスクさんは人差し指を立てる。
案外候補がいるんだなと思いつつ、次なる候補の話を聞くことにした。




