幕間:小さくて大きな問題
本日より、『捨てられたと思ったら異世界に転生していた話』改め、『七彩の魔術師~捨てられた少女は二度目の人生を妖精と歩む~』の連載が開始されました。
詳細は活動報告にてお知らせしています。
リトの友人、イグニスの視点です。
粗方情報を入手し、一度ユグドラシルに戻ろうということになって、帰路についていたある日。
野営のために、適当な森に降り立ち、フェルミリアの料理に感動しながら休んでいると、ふと、隣に気配を感じた。
『おい、少し面を貸せ』
『どうした、我が友よ。怖い顔をしているぞ?』
そこにいたのは、昔からの知り合いであるニクスだった。
今は、晩御飯も食べ終え、休息している最中。
森の中ではこの身はデカすぎるということで、行きと同じように小さな姿になっていたが、この姿だと、成長途中のニクスですらでかく見える。
まあ、幻獣は、体の大きさで強さが決まるわけではないから、体のデカさは単なる威圧にしかならない。
昔は重宝したこともあったが、最近ではそこまで恩恵は感じていなかったな。
『話がある。白竜ののことについてだ』
『ふむ、聞こう』
ニクスは、眉間にしわを寄せながら、こちらのことを睨みつけている。
心当たりは、まあ、ある。
先日、私は帝国の要塞を破壊した。
帝国が関わっているというだけで、幻獣にとっては明確な敵だし、白き子竜が悪意によって召喚されたとなれば、黙っているわけにもいかない。
だからこそ、ちょっとお灸をすえてやるくらいのつもりで破壊したわけだが、白き子竜は、そのことをかなり気にしていた。
たとえ悪人であっても、助けられる命があるなら助けたい。その精神性は、アーリヤに似たものを感じるし、アーリヤの生まれ変わりとも目される白き子竜なら、そう考えてもおかしくないとは思っていた。
ただ、その予想が、思ったよりも外れていたせいで、白き子竜の精神を不安にさせてしまったのは、事実だ。
『貴様もラスクから聞いているなら知っていよう、白竜のが、アーリヤの生まれ変わりかもしれないということは』
『もちろん。容姿こそ全く違うが、あの精神性は、彼の月の女神と酷似している。シリルに聞いた話でも、相当なお人好しだと聞いた』
『そこまでわかっていながら、なぜあのような真似をした? 貴様ならば、白竜のがどう思うかくらい、わかっていたはずだ』
『面目ない。それに関しては、読みが甘かったと言わざるを得ない』
確かに、アーリヤならあの要塞の人々も助けたいと思ったことだろう。
白き子竜が言っていたように、彼らは上に命令されてここにいるだけで罪はなく、ただ仕事に服しているだけの人だと。
だが、いくらアーリヤとて、帝国には難色を示していた。
かつての帝国の要求は、アーリヤを兵器として利用させろというものだった。
アーリヤを幻獣どころか人とすら見ておらず、ただの道具として扱い、あまつさえ独り占めしようとしたのだ。
そんなこと、人々を導くために神から遣わされた幻獣が承諾できるはずもなく、アーリヤは当然断った。
しかし、奴らは言うことを聞かないならこうだと、アーリヤが助けてきた人々がいる国を次々と攻撃していった。
自分のせいで、罪もない人々が攻撃されている。そのことに、アーリヤは酷く悩んでいた。
結局、途中から神殿が介入してきて、大戦争へと発展し、攻撃は止まったが、犠牲になる人々が変わっただけで、完全に止まったわけではない。
だからこそ、アーリヤは責任を取って、自害したのだ。
そんなアーリヤの精神性を考えれば、生まれ変わりである白き子竜が、悲しむであろうことは予想できた。
しかし、同時に、少しくらいは、仕返ししてやりたいと思っているのではないかと思っていた。
それはそうだ。帝国は罪もない人々を蹂躙し、アーリヤの掬い上げてきた者を蹴散らしたのだから。
その報いを受けるのは当然であり、それが無関係の仕事に服している者だったとしても、関係者なのに変わりはない。
仮に、自分の大切な人が殺されたとして、殺した本人ではないけど、そいつが所属している組織の人間が目の前にいたら、仕返ししたくなるだろう。
その組織は、明確に悪であり、そいつらは、自分以外の誰かの大切な人を奪っているかもしれない。
裁かれるのは当然のことだ。
白き子竜は、確かにお人好しではあるが、敵に対してまでその精神性を発揮することはないと思っていた。
それは、かつてヒノアの大森林にいた時に、近くにあった小さな町で領主らと敵対したことを考えても、当たっていると思っていた。
一応、手加減はしたつもりだし、それであそこまで落ち込むとは、予想外だったのだ。
『……まあ、正直読みを間違えるのも無理はない。我も、白竜のの様子がおかしいと気づき始めたのは最近だ』
『ということは、元はあそこまでではなかったと?』
『ああ。確かに奴はお人好しだが、殺すまではいかなくとも、敵に対しても攻撃はするし、日常生活においても、魔物などは普通に狩ってきていた。だが、最近になって、少しずつ変わりつつある』
『それはつまり、人格が変わりつつあるということか?』
『もしかしたらな』
何が原因かはわからないが、強いて言うなら、アーリヤの魂が、活性化してきているということなんだろうか。
アーリヤの生まれ変わりとは言っているが、その人格は明らかにアーリヤではない。
いや、生まれ変わっているのだからある意味当然と言えるかもしれないが、ニクスの話によれば、白き子竜は、元は別世界の人間だったという。
つまり、二つの魂が混在しているような状態なのではないだろうか。
今までは、今の人格が表に出ていたが、何らかの影響でアーリヤの魂が表に出てきて、その結果として精神に影響を与えている?
もしそうだとしたら、少しまずい状況ではないだろうか。
私は、同じ考えに至っていそうな友の顔を見つめ、静かに口を開いた。
『……もし仮に、このままアーリヤの魂の影響が出続けた場合、今の人格はどうなると思う?』
『十中八九、消滅するだろうな。元が神に匹敵する者とただの人間だ。どちらが勝つかなど、目に見えている』
二つの魂が同時に存在することなど、普通はない。
だが、もしあったとしたら、どちらかの魂が人格を得て、もう片方の魂は消滅するだろう。
それが、体の中で眠り続けるのか、それとも文字通り消えてなくなるのかはわからないが、完全にアーリヤの魂が表に出てきてしまったら、今の白き子竜の人格はなくなることになる。
それは、ある意味で、白き子竜の死と同義だ。
『何とかならないのか? 確かにアーリヤは大事だが、今の白き子竜が消えるなど、許容できるはずもない』
『それは我だって思っている。だが、どうやって止めるかなど、我にも想像がつかん』
私もニクスも、アーリヤのことは慕っている。
特にニクスは、アーリヤのために心を砕いてきた隠れた親友だ。
アーリヤがどう思っていたかは知らないが、少なくともニクスは、並々ならぬ感情を持っていたことだろう。
だが、そんなアーリヤのせいで、今の人格が消え去るなど、許容できるものではない。
アーリヤ自身も、自分が復活するために誰かが犠牲になると知れば、必ず後悔するだろうし、もし止められるなら、止めているだろう。
何か、手はないのだろうか?
『これに関しては、どうしようもない。ノシスのような例外はいるが、基本的に魂に干渉できるのは神くらいだ』
『ダメ元でそのノシスの下に行くというのは?』
『馬鹿を言え、あいつにできるのは魂に別の在り方を植え付けて、姿を変えることくらいだ。人格に関することなどできはしないし、ましてや二つの魂をどうこうする方法など知るはずもない』
仮に知っていたとしても、素直に協力するとも思えないしなと、忌々し気に口を歪める。
神か。流石に、気軽に会える神など存在しない。そもそも、神は地上に降りられないからこそ、幻獣という神の遣いを遣わしたのだ。
この問題をどうにかできる者は、この地上にはいないだろう。
さて、どうしたものか。
しばらくの間、二人揃って唸り声を上げていた。




