幕間:わずかな慈悲
要塞の責任者の主任の視点です。
左遷先である要塞は、元は別の国の領土だったらしい。
ここに送られることになった時は知らなかったが、隣り合った二つの国が、自主的に入らないようにしている空白地帯であり、だから強硬手段で要塞を建てたという。
まあ、誰も使っていないならそれは別にいいと思うが、おかげで、その二つの国からのヘイトは凄かった。
一度だけ、町を訪れたことがあったが、その時は怒鳴られたり、石を投げられたりと、散々だった。
私だって、こんなところに来たくて来たわけではない。
どうせ、この国もいずれは帝国のものとなるのだから、先に要塞を建てても問題ないだろうとも思ったし、何より、自分のせいではないのに煙たがられるのは気分が悪かった。
だからこそ、物資の補給は別の拠点からの空輸を頼った。
あの頭の切れる勇者様は、空を飛ぶ機械すら作れるらしい。
こんな鉄の塊が浮くはずないだろうと思っていたが、実際に飛ぶところを見せられ、さらにそれによって物資を運ばれているところを目の当たりにしてしまったら、黙るしかない。
まあ、本来はまだパイロットが貴重で、こんな辺境の土地に送られるはずもないのだが、ここは一応、勇者主導の下行われた召喚の要の跡。
その重要性は高く、また、他の町からのヘイトが高いことは承知していたのか、すんなりと許可が下りた。
おかげで、孤立した状況にあっても、特に飢えることもなく過ごせていたわけだが、先日のドラゴン事件のせいで、それもパーだ。
今は、生き残りがいくつかのグループに分けられて、それぞれの町で監禁されている。
捕虜にしてはそんなに待遇が悪いわけではないが、それでも窮屈なことに変わりはない。
せめて、奴がいてくれたら……。
私は、副官として仕えてくれていた同僚のことを思い出す。
私がこんな辺境に左遷される日に、それでしたら自分もと手を上げたのが奴だった。
こんなところに来てしまったら、昇進の芽はないし、同じ兵器開発部門でも、あいつは入れ替えの対象ではなかった。
それなのに、私のためについてきてくれると言ってくれたのだ。
馬鹿な奴だとは思ったが、実際、それに救われたことも何度かある。
あいつは私のことを理解してくれている。私に共感してくれる。そして、愚痴を聞いてくれる。
それだけでも、心の支えとしては十分であり、こんな場所の生活も、耐えることができた。
だが、奴は例のドラゴン騒ぎの時に、死んだ。
私は見ていないが、外にいる奴らの話では、要塞は中心部から跡形もなく焼き払われていたようだ。
中心部には、司令部がある。そして、奴はその司令部に詰めていたはずだ。
私は、なぜか寝てしまっていて、たまたま離れた場所にいたから助かったが、奴は助からないだろう。
なぜ、私からことごとくを奪うのか。なぜ、私がこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。
私は、神を恨むぞ。
「おい、この中にあの要塞の幹部はいるか?」
そんなことを思っていると、部屋の扉が開かれ、そんなことを聞かれた。
どうやら、私達の処遇の話し合いが行われるらしい。
方針的には、このまま本国に突き返されるらしいが、結果はどうなっても同じことだ。
だから、私は手を上げる気はなかったが、他の部下達が、一斉にこちらを見てしまい、私の存在がばれることになった。
余計なことを……。
まあ、私はともかく、部下達に罪はない。というか、罪があるとしたら、襲撃してきたドラゴンであり、私達は関係ないはずだが、それでも、上がどう判断するかはわかり切っている。
せめて、部下達だけでも、生き延びれる手段があるなら、探してみるのもいいかもしれない。
そう思って、重い腰を上げた。
「話し合いは会議室で行われる。くれぐれも、余計な真似はするなよ」
「この状態で何をしろと? 初めから抵抗する気力もないわ」
一応、捕虜ということもあって、私は後ろ手に縛られた。
まあ、勇者様自慢の武器も没収されてしまっているし、今更何もできないが。
冒険者と思われる男に連れていかれ、会議室へと入る。
そこには、このために集まったらしきお偉いさん方が軒を連ねていた。
しかし、それよりも、私は目を引くものがあった。
何しろ、先ほどまで死んだと思っていた人物が、そこにいたのだから。
「ランドン!? 貴様、生きていたのか!?」
「おや、主任じゃないですか。おかげさまで、この通り無事ですよ」
私の左遷に合わせてついてきたお人好しであり、心の支えとしても頼りにしてきた副官。
死んだと思っていたが、まさか生きているとは。
なにやら、片手を包帯で釣っているから、無傷というわけではなさそうだが、生きていてくれて本当によかった。
「くっ、心配をかけおって! 生きているならさっさと会いに来んか!」
「すいません、気が付いた時には病院でして、安静にしていろと言われていくに行けなかったんです」
「そこ、大声を出すな! 立場をわきまえろ!」
護衛と思われる冒険者に怒鳴られるが、そんなことはどうでもいい。
何もかも奪われたと思っていたが、少しは神にも慈悲の心があったようだ。
私は喜びを噛みしめながら、言われた通りに席に着く。
そう言えば、私達の処遇についての話し合いだったな。
「あの要塞の存在は、我々の国、および隣の国に関しても、存在してはいけないものだった。こちらの要求を突っぱね、独断で要塞を建築し、長年にわたって領土を侵害し続けたのは、重大な罪になると考える」
「もちろんだ。ドラゴン騒ぎによって要塞は破壊されたが、それがなければ、この先も数十年、数百年と居座られていた可能性もある。気持ちとしては、このまま全員八つ裂きにしたいくらいだが……」
「流石に、皆殺しではラシクル帝国との全面戦争は免れません。ドラゴンの脅威もまだ去ったとは言えない中、無駄に敵を作る必要はないでしょう」
「うむ、だからこそ、問いたい」
どうやら、奴らは私達に技術供与を求めているようだ。
元々、脅すのに銃を使ったりしていたが、あれは最新型であり、他の国々では見たこともないようなものばかりだろう。
それらを提供し、解析に協力してくれたら、今までのことは水に流して、許してやると言っているようだ。
随分と都合がいい話だが、だが、それは私に国を裏切れと言っているのと同じである。
「ふん、そんな話に乗ると思ったか? 私は……」
「まあまあ、主任。少し考えてみてもいいんじゃないですか?」
「なに?」
何があっても、帝国を裏切ることはできないと思ったが、ランドンは違う考えがあるようだ。
そもそも、ここで断れば、こいつらに処刑される、あるいは国に帰らせてもらえたとしても、待っているのは処刑台だ。
それでは、こうして生き残った意味もないし、部下のためにも生き残る選択をした方がいいのではないかということだった。
確かに、私はもうどうでもいいと思って、見知らぬ不審者に帝国の情報をべらべらと喋ってしまっている。帝国に忠誠を示すと言っておきながら、あまりに矛盾した行為だ。
私一人の意見で部下の命が救われるのなら、苦汁を舐めてでも、従った方がいいのかもしれない。
「それに何より、主任をこんな場所に送った勇者達に、仕返しができるかもしれませんよ?」
「……なるほどな。確かに、それはいい提案だ」
もし仮に、私が武器の技術供与をして、それが勇者の作った兵器に勝つようなことがあれば、それは明確に、私があいつらより上だということを示すことができるということ。
私をこんなところに左遷した帝国への意趣返しとしては、十分すぎるものがあるだろう。
そうだ、最初に裏切ってきたのはあちらだ。であれば、鏡返しのように対応してもいいはずだ。
「……いいだろう。その話乗ってやる」
「随分と上から目線ですが、まあいいでしょう」
もはや何も残っていないと思っていたが、まだやることがあるようだ。
私は、忌々しい勇者の顔を思い浮かべながら、必ず見返してやると息巻いた。




