第二百八十八話:兎の獣人
この世界には、獣人というものも存在する。
基本的には、人間の体に動物の耳や尻尾が生えているだけの姿だけど、中には動物をそのまま二足歩行にしたような姿の者もいるらしい。
地域によっては、そちらの方が馴染深い獣人とされていることもあるらしく、あの兎の存在が、ありえないということはないだろう。
でも、ニクスに聞いていた話を考えると、ちょっと背が小さすぎる気もする。
確かに、種類によっては背が低い獣人もいるらしいけど、それでも平均身長は人間に近いようだ。
だから、あそこまで小さいのは、ちょっと珍しいと思う。
『他の人は人間っぽいけど、なんで兎獣人がいるのかな』
もちろん、他種族が共生している町もあると言えばあるけど、その割には他の獣人の姿が見えない。
さっきのワニの皮を取る際には、結構な人数が揃っていたけど、全員人間だったし、恐らく獣人はあの兎だけ。
しかも、色々指示を出しているところを見るに、上の立場な気がする。
なんだかちょっと気になるね。
『兎と言えば、イナバさんだけど……』
今探しているイナバさんは、兎の幻獣だと聞いている。
まさか、あの兎が、イナバさんとか言う可能性はあるだろうか?
流石に、遠目で見ただけではその判断はできない。実際に話してみて、確認しなければ。
『町に入る気はなかったけど、これはちょっと調べてみた方がいいかも』
あの兎の正体を突き止めなければ、ニクスの成長が終わった後も移動することはできない。
とはいえ、調べるにしても、一度報告に戻った方がいいだろう。
町に入るにしても、ニクスをそのままにしておくわけにはいかないし、いつまでも帰らなければ、心配をさせてしまう。
俺は、町の場所と、兎が出てきた建物を覚えて、一度住処に戻った。
『お帰りなさい。どうだった?』
『確かに町があったよ。それと、気になることがあって……』
帰ってから、フェルとニクスに兎のことを話す。
予想した場所的に、あの町にイナバさんがいる可能性もなくはない。
人化した姿ではなく、獣人っぽい姿をしているのは気になるけど、あれも人化の一種だと考えるなら、まあ辻褄は合う。
他の人達も、別に気にしていなさそうだったしね。
『ふむ、町を仕切る兎か。特徴は一致していたんだな?』
『うん』
『となると、レヴィアのように、昔から町を見守ってきた幻獣なのかもしれんな』
ニクスも、可能性はあると考えているようだ。
もし、あれが本当にイナバさんだとしたら、かなり助かるんだけど、でも疑問もある。
元々、俺がイナバさんを探していたのは、竜脈に乗って聞こえた声の正体だと考えたからだ。
その声は、人や同胞を助けてほしいという願いと、自責の念を合わせて言葉に乗せていた。
色々と考察し、それはアーリヤの意思を継ぐ幻獣の声ではないかと推察したけど、その声はかなり苦しそうで、弱っているのではないかという考えに至った。
あの兎が、もし竜脈に乗って聞こえた声だとするならば、全然弱っているようには見えなかったし、少し食い違う気もする。
イナバさんは、竜脈に乗っていた声ではないのだろうか?
『実際に聞きだしてみないことには何とも言えん。元々、手掛かりも少ないのだ、本人ではなくとも、何か知っている可能性があるなら、聞いてみるべきだろう』
『そうだね。となると、ニクスの成長を待って、町に潜入かな?』
少し成長が遅いとは言っていたけど、それでもしばらくすればニクスも成鳥と呼べるほどの大きさにはなるだろう。
魔力の量の制限も緩和され、人化しても問題ない状態になるはずである。
まあ、万全を期すなら、ニクスとフェルには待機してもらって、俺だけで行くという手もあるけど、流石に俺の人化した姿は子供の姿だし、一人で行くには不自然すぎる。
ただでさえ、歩きにくい湿地な上、周りには魔物もたくさんいるのだ。せめて、保護者がいなければ怪しまれる。
ニクスは、今の状態だと人化しても保護者として見られるほどには大きくはなれないだろうし、フェルを連れて行くなら、ニクスも一緒に行った方がましだ。
『あまり町には入りたくないが、仕方ないか』
『ニクスのことは俺が守るからね』
『もう少し成長すれば、自分の身は自分で守れる。そんなに心配する必要はない』
『でも、ちょっと危なそうなものがあったからさ』
『危なそうなもの?』
俺は、ワニを一瞬で絞殺した人達と、その人達が使っていた袋について話す。
どう考えても、普通の人がワニを一瞬で絞め殺すなんてことはできないだろうし、いくら魔法の存在がある世界だとしても、不自然だ。
あの袋は、恐らくそう言った能力が付いた魔道具なんだと思う。
あんなものに捕まったら、いくらニクスでも危ないかもしれない。
『ふむ、確かに妙な袋だな。非力な人間が、ワニを絞め殺せるとは思えん』
『でしょ?』
『だが、あくまで魔物に使うものだろう? 人化して入れば、使われることはないはずだ』
『そうかなぁ……』
確かに、用途としては魔物の捕獲を目的としているものだろうけど、悪用しようとすれば、いくらでもできると思う。
あの時は絞め殺していたけど、袋に入ったものを一切の抵抗をできなくするという特性だったとすれば、子供を入れれば抵抗されなくなるだろうし、簡単に人攫いができそうだ。
いくら人化していたとしても、一定の危険はあると思う。
『まあ、一理ある。が、扱うのは所詮は人間だ。常に警戒していれば、先に気づくことはできるだろう』
『それはそうだけど』
『それよりは、その兎に会う方法が重要だな。なにやら、町のまとめ役のような感じだったのだろう? 部外者に簡単に会わせてもらえるかどうか』
いつもなら、Sランク冒険者ニクスの権力を使ってごり押すこともできるけど、今はその姿にはなれない。
そもそも、Sランク冒険者が貴族並みの権力を持つとは言っても、せいぜい下級貴族程度。
相手がファンとかでもない限り、町のまとめ役に会うのはなかなか難しい気もする。
遠目で見る程度だったらできると思うけど、話すとなったらね。
そこら辺のことも、考えなければならない。
『まあ、町に潜入しないことには何も始まらん。もう少し成長したら、さっそく乗り込むぞ』
『わかった』
実際に、まとめ役なのかどうかもわからないし、まずは潜入しないことには何もわからない。
ニクスが完全に成長できていない状態で行くのはちょっと心配ではあるけど、その時は俺が守ってあげないとね。
そんなことを想いながら、ひとまずニクスの成長を待つのだった。




