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第二百八十七話:湿地での生活

 それからしばらく、湿地での生活が続いた。

 普段はニクスの大きな翼に寄り添って寝ているけど、今は逆に俺が翼を貸してあげているというのが少し嬉しい。

 ニクスは、そんなものいらんとはねのけてくるけど、見た目が見た目だけに、可愛い反抗に思えてしまう。

 いっそのこと、このまま子供として育てるのもいいのでは、とか思ったりもしたけど、流石にまだまだ教えを乞う立場である俺が子育てなんておこがましいし、そもそもこの姿は数日程度のものだ。すぐに大きくなる。

 実際、順調に体は大きくなっていって、今や一抱えほどある大きさにはなっていた。

 最初の手で包めていた頃が懐かしく感じる。


『ふむ、少し成長が遅いか?』


『そうなの?』


『いつもなら、もう少し早い。なぜだ』


 十分早いペースだと思っていたけど、ニクスからすると、少し遅いらしい。

 ノシスさんのせいなのか、それともまた別の原因があるのかは知らないけど、成長が遅いのはちょっと心配だね。

 食事も睡眠もしっかりとっているし、体調が悪いってことはないと思うが。


『まあ、成長していないわけではないし、このペースならもう一週間もすれば成鳥にはなれるだろう』


『何もなければいいんだけど』


『ふむ。この土地のせいか? いつもと比べて、水気が多いからな』


 ニクスは、成長が遅れている原因を、水気が多いからだと推察する。

 確かに、元々水が苦手みたいだし、水場が多いこの場所で転生したことは、少し影響しているかもしれない。

 安全な住処ではあるんだけど、条件的にはちょっとずれていたのかもね。

 でも、場所も場所だったし、仕方ないとも言える。

 この湿地、それなりに広いみたいだし、抜けるにはそれなりの日数がかかっていたことだろう。

 それまでに、転生が始まってしまったら、元も子もない。


『ルミエール、戻ったよ』


『あ、フェル、お帰りなさい』


 俺と交代で外の見回りに出ていたフェルが戻ってくる。

 ここ最近は、そこらの魔物を狩りつつ、警戒をしていたわけだけど、特に目新しいことはなかった。

 気性が荒い魔物もいないし、水気の問題さえなければ、このまま本拠地としてもいいくらいだけどね。


『何かあった?』


『うん、ちょっと珍しいものを見つけてね』


 そう言って、フェルは見てきたものを話し出す。

 フェルが見たというのは、複数の人間らしい。

 皆大きな袋を持っていて、何かを運んでいる様子だったという。

 こんなところに人間? 町も近くになさそうなのに?


『人がいるってことは、近くに町なり、街道なりがあるんじゃないかと思って、少し遠くまで調べてみたんだけど、そうしたら、町があったんだよ』


『町が? こんな湿地の中に?』


『私もびっくりしたんだけどね。結構しっかりした町だったよ』


 場所としては、ここから北西のあたりらしい。

 遠目で確認した限りでは、民族衣装のようなものを着た人達が暮らしており、規模としてはそこまで大きくないものの、それなりに発展はしているようだったという。

 今まで気づかなかったけど、近くに町があるのはちょっとびっくりだね。


『距離としてはそれなりに離れているし、ここが見つかるってことはないと思うけど、どうする?』


『どうするって言われてもなぁ……』


 俺としては、別にどちらでもいいと思っている。

 フェルも言うように、ここが見つかる心配はほとんどないし、仮に見つかったとしても、追い払うのはそう難しくない。

 何なら、人化して町に潜入し、そこで過ごすのも悪くないと思うくらいだ。

 もちろん、ニクスはそれを望まないだろうし、極力関わりはなくすべきだとは思うけど、今から別の住処を探すのも大変だし、今は現状維持でいい気もする。


『まあ、放置でいいだろう。手を出してくるようなら、返り討ちにするだけだ』


 ちらりとニクスを見ると、そう言った答えが返ってきた。

 先に住んでいたのはあちらだとは思うけど、特に干渉するような距離感でもないし、放置が一番楽だよね。

 でも、個人的には、その町には少し興味があるな。

 民族衣装のようなものを着ていたということは、伝統的な部族か何かなんだろうか?

 何か珍しいものがあるかもしれないし、行ってみたさはある。

 でも、ニクスを放置して行くわけにはいかないし、行くにしても、ニクスが完全に回復してからだよね。


『じゃあ、現状維持ってことで』


『わかったよ。一応、観察はしておくね』


 妙な真似をされないかどうか見るためにも、観察は必要になる。

 日々の見回りに新たな項目が追加されたけど、まあ、大した労力じゃない。

 どんな人達がいるのか少し気になりつつも、その日は何事もなく過ごし、眠りについた。


 翌日。俺はひとまずその人達のことを確認しようと、見回りのついでにフェルに言われた場所までやってきた。

 言われてみれば、確かに人の反応もある。この辺りに人が住んでいるのは間違いなさそうだ。

 見つからないように、少し上を飛びつつ、様子を窺う。

 人々は、手に大きな袋を持って、湿地を歩いていた。

 一体、何が目的なのかと思っていると、一人がワニっぽい魔物のに近寄っていく。

 狩りでもする気なんだろうか? それにしては、武器の類を持っていないように見えるけど……。

 不思議に思いながら観察していると、突如として袋をワニに被せ、そのまま絞殺した。


『えぇ……?』


 あのワニは、今までにも何回か狩ってきたことがあったけど、温厚ではあるが、一度暴れれば手を付けられないほどには力強かった。

 それを、ろくな抵抗もされないまま袋に詰めて、絞め殺すなんてことできるんだろうか?

 あの人が、特別力が強かったのかと思ったけど、他の人達も、次々に袋にワニを詰めて絞め殺しているのが見えた。

 どうやら、あの人達は、そうやってワニを狩っているらしい。

 人一人の力であんなことできるはずもないだろうし、となると秘密はあの袋にありそうだ。

 魔道具って奴だろうか? ちょっと興味深いね。


『行っちゃった……』


 人々は、ある程度ワニを狩ると、その場を去っていった。

 フェルの報告の通りなら、方角的に、恐らく町に帰ったんだろう。

 あの袋、便利そうではあるけど、仮にどんな魔物でも簡単に絞め殺せるのだとしたら、ニクスが捕まったら大変そうだな。

 大きさ的に、俺やフェルは無理だと思うけど、今のニクスなら、余裕で囲えてしまう。

 これは、ますますニクスを町に近づけるわけにはいかないね。


『もうちょっと様子を見てみるか』


 せっかくだから、町の様子も確認してみようと思い、人々の後を追ってみる。

 しばらくすると、確かに町があった。

 木や石で作られた独特な建物が並び、町の広場では先程ワニを狩っていた人達が、袋からワニを取り出し、みんなに見せつけていた。

 どうやら、利用するのは皮らしい。その場で皮を剥がれ、皮は工房らしき場所へと運ばれていった。

 ワニ革って高級品なんだっけ? こんな場所で作るにしてはちょっと不思議な気もするけど、まあ、この世界ならありえるか。


『……ん? あれは……』


 しばらく様子を眺めて、そろそろ戻ろうかと思った時、奥の建物から、何かが出てくるのが見えた。

 なんだろうと思って目を凝らしてみると、なにやら背の低い人物が指示を出しているのが見える。

 いや、人物というか、あれは……。


『兎……?』


 それは、二足歩行している白い兎だった。

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