第二百八十一話:想像力を働かせて
文字通り手も足も出せず、みんなも無機物へと変えられてしまった。
俺自身が変えられてしまったことは、まだいい。
森の中に落ちている飴という、明らかな罠に手を出してしまった俺の責任だし、それに命を取られたわけでもなく、いつかは元に戻れる可能性もあるのだから。
でも、ニクスやフェルが来たのは、完全に俺のせいだ。
もちろん、助けに来て欲しいとは思った。でもそれは、二人なら何とか出来るだろうと確信していたからだ。
フェルも最近はめきめきと力をつけてきているし、ニクスなんて人生何周したかもわからないくらい経験が豊富だ。
二人ならば、こんな理不尽にも負けずに、助け出してくれると信じていた。
しかし、結果はこれ。二人は成す術もなく無機物に変えらて、その場に佇んでいる。
命を取られたわけではないし、いつかは戻してくれるって言うのはわかっていても、俺のせいでこうなってしまったというのは、心を絞めつけた。
〈二人とも、ごめん、俺のせいで……〉
〈この声は、白竜のか。どこにいる?〉
〈え、俺の声が聞こえるの?〉
〈ああ。同じく姿を変えられた状態なら、声を聞くこともできるのだろう。となると、貴様も何かしらに姿を変えられているのだな?〉
〈う、うん、この屋敷そのものに〉
〈屋敷そのものか……それは予想外だな〉
どうやら、俺の声は聞こえるらしい。
確かに、屋敷の中にいる他の犠牲者の声も、耳を傾ければ聞こえていたし、姿を変えられて同じ目線に立ったことで、言葉が通じるようになったのかもしれない。
これで、言葉さえ通じなかったら、俺は自責の念でどうにかなっていたかもしれない。
せめて、話せてよかった。
〈私も変えられちゃった……ルミエール、いるの?〉
〈うん、ここにいるよ〉
〈よかった、無事なんだね。いや、無事、ではないかもしれないけど……〉
〈まあ、ね……〉
姿をドラゴンのぬいぐるみに変えられ、呆然としていたフェルも、しばらくしてこちらのことを認識する。
二人とも、姿はあれでも、ちゃんと動くことはできるようだ。
他の犠牲者達は、動けてもせいぜい震える程度だった気がするけど、やっぱり幻獣だからだろうか?
いくら魂を変質させても、本質的な部分は変わらないのかもしれない。
『やあやあ、幻獣のお客さん。ようこそノシスの館へ』
〈出たな、害悪め〉
『ちょ、いきなり失礼だな。もしかして、会ったことある?』
〈忘れたとは言わせんぞ! 昔、我を人形にして弄んだだろう!〉
『人形って言われても、たくさんあるしなぁ……あ、でも、あの姿、フェニックスだよね? ってことは、あの時のか』
ノシスさんは、思い出したと言わんばかりに手を叩く。
ニクスも過去に被害に遭っていたってことか。だから、招待を受けてはいけないってことを知っていたんだね。
『あの時は驚いたよ。自由に動けるのもそうだけど、自分から命を絶ってこの屋敷から出ていくなんて、思いもしなかったから』
〈ふん、貴様に一生弄ばれるくらいなら、死んだほうがましだ〉
『そこはフェニックスならではだね。でも、そんな経験があるのに、わざわざもう一度来るなんて、よっぽどその子が大事なのかな?』
〈貴様には関係ない。いいから大人しく我らを解放しろ。でなければ、痛い目を見ることになるぞ〉
『おお怖い。でも、そんな姿で何ができるのかな? 流石に、その姿じゃ自殺もできないでしょ』
ニクスの脅しとも取れる言葉にも、余裕そうなノシスさん。
まあ、実際手も足も出ないよね。
フェルは一応、まだ手足と呼べるものが備わっているけど、材質はぬいぐるみ。攻撃をしようにも、無理がある。
可能性があるとしたら、魔法だけど、それができるならニクスが開幕にやってそうだよね。
ニクスとて、ノシスさんが油断ならない人物であることは理解していただろうし、フェルが襲われるのを察知して、攻撃してもおかしくない。
となると、この姿だとできないんだろう。
本当に、何もできないかもしれない。
〈白竜の、貴様はどこまでできる?〉
〈どこまでって、せいぜい目線を動かすくらいしかできないけど……〉
〈なら、それは気づいていないだけだ。貴様はこの屋敷そのものなのだろう? ならば、この屋敷は、貴様の手であり足だ。寝たきりの老人でもあるまいし、動けないなんてことはないはずだ〉
〈なるほど?〉
確かに、ニクスが普通に動けている以上、俺だって動ける可能性は高い。
まあ、だとしても、屋敷が動くって何だと思うところだけど……とりあえずやってみるか。
手や足の感覚はない。けど、目で見えている範囲のそれが、俺の手や足だと考えるなら、脳から信号を送るように意識すれば、動くかもしれない。
俺は早速、先ほどまで座っていた椅子に意識を向ける。すると、ほどなくしてカタカタと動き始めた。
『え、嘘、動けるの? 小さいものならわからなくはないけど、屋敷だよ? それも、私の力がかかった、特別な屋敷なのに!』
〈貴様は白竜のの力を見誤っている。白竜のの想像力は、我らとは比べ物にならんぞ〉
そう言っている間にも、部屋の調度品が動き始める。
魔法とは、イメージが大半を占める。
先日の模擬戦で、俺はあえてイメージを武器に寄せることによって、威力を抑えていたことを知った。
威力だけを高めたいなら、もっと強力なものをイメージすればいいのだと、ニクスから教わった。
この本質は、魔法はイメージ次第で、どんな姿にも形を変えるということである。
今の俺の体は屋敷だけど、だからこそ、この屋敷にあるものは、俺の体の一部とも言える。
であるなら、身体強化魔法のように、自分を強化する魔法を行使しようとすれば、動かせるのは道理だ。
魔法は使えないはずだって? それは俺も疑問に思うけど、実際にやれているのだから、考え方は間違っていないんだろう。
〈えいやっ!〉
『うわっ!? ちょ、それ結構いい奴なんだからね!?』
周りの調度品を操り、ノシスさんに向けて飛ばしていく。
もしかしたら、犠牲者の成れの果てかもしれないけど、今は俺の手足として扱わせてもらうとしよう。
まあ、仮にこうして投げることができても、その速度はそこまで早くない。
いくら室内とは言っても、そう簡単に当たることはなかった。
『待って、話し合おう! ここにあるものを壊されるのはまずいんだって!』
〈ならば、さっさと我らを解放しろ。それができなければ、わかっているな?〉
『わかったわかった! もう、こんな強引なことしてくる奴は初めてだよ』
ノシスさんは、慌てて手を振るうと、ニクスやフェルの姿が元に戻った。
その様子を確認した後、俺の意識も急激に薄れていくのを感じる。
意識が薄れてから数瞬後、俺ははっと目を覚ました。
先程までのように、俯瞰で部屋を見つめているのではなく、きちんと人の視点である。
どうやら、ベッドに寝かされていた俺の体へと戻ったようだ。
よかった。ちゃんと戻ったみたいだ。
『うーん、屋敷そのものにするのは失敗だったか。安全な住処というだけなら、洞窟とか泉に変えるのがよかったかな?』
『まだ凝りていないようだな。ねじられたいか?』
『冗談だって。全く、いい遊び相手ができたと思ったのに』
それぞれ、幻獣の姿に戻った二人は、ノシスの周りに集まって鋭い視線を向けている。
さて、ノシスさんの処遇はどうするべきだろうか?




