第二百八十二話:過去の願い
『いやぁ、驚いたよ。屋敷にしたことを逆手にとって攻撃してくるなんて』
「わたしも、できる、おもわなかった」
『ぶっつけ本番って奴? 確かに、想像力が豊かなのかもしれないね』
とりあえず、荒らしてしまった部屋を片付けた後、みんなで椅子に座って話をする。
俺の提案で、仕方なく人化したニクスは相当不満そうだったけど、でも、ノシスさんも完全な悪人ってわけでもない気がするんだよね。
いや、遊び相手を欲していただけなら、悪意はないのかもしれないけど、何か、それだけではない理由がある気がする。
「のしすさん、これ」
『あ、それ。大丈夫? 割れてない?』
「だいじょうぶ」
『よかった。私の大切な思い出だからね』
そう言って、俺から受け取ったのは、一枚の絵だった。
絵に描かれているのは、背の高い男性と、その男性に抱えられた少女、そして、背中に羽を生やした小柄な女性の三人だった。
羽が生えているのは、恐らくノシスさんだろう。一緒に映っているってことは、昔はこの人達と交流があったってことなのかな?
『私が昔、夢と現実を曖昧にする幻獣と呼ばれていたことは、話したよね?』
「うん」
『私の能力は、実際に夢を現実にする能力がある。その人が望めば、富も名誉も思うがままだ。だからこそ、多くの人に狙われた』
まだ、幻獣が神の遣いとして人々の願いを叶えていた頃。
ノシスさんはその能力を使って、様々な人の願いを叶えていた。
姿を変える能力だけあって、戸惑う人もたくさんいたが、それは紛れもなくその人自身が望んだ姿。それによって、実際に願いも叶ったし、多くの人が感謝した。
だが同時に、理想の姿になれるというのは、邪な考えを持つ人々の興味を引く結果になった。
犯罪を犯して追われている者が、姿を変えたいと願ったり、国の重役に姿を変えて国を乗っ取ろうと画策してみたり、その用途は多岐にわたった。
行く先々で狙われ、ノシスさんは面倒だと思いつつも、願いは願いと思って、その願いを叶えていった。
そんなある日、いつものように悪徳貴族に狙われていた時、一人の男性に出会った。
その男性は、ノシスさんのことを見て、こう言ったらしい。
私の下に来れば、どんなことからも守ってあげよう、と。
ノシスさんはこれを、ああ、またいつもの勧誘かと思ったそうだ。
事実、自分のものになれという願いはたくさんあって、ノシスさんはそれに辟易していたから。
だから、今回も適当に付き合って、静かにいなくなろうと考えていた。
しかし、その男性は、約束通り、ノシスさんのことを守ってくれた。
ノシスさんに対する願いに関するルールを定めたり、明らかに悪意のある人物の面会を阻止したり、ノシスさんを守るために尽力してくれたそうだ。
それでいて、男性は多くのことを願わなかった。
いつもなら、守る代わりに、自分の願いを叶え続けろと言ってくるのが関の山だったけど、その男性が願ったのは、たった一つだけ。
娘を守って欲しいというものだった。
当時、男性には小さな娘がいて、それを守って欲しいとのことだった。
なんとも平凡で、それでいて難しい願い。
娘を守れということは、この先ずっと面倒を見ろということなのだから。
だけど、その願いを言った男性の目は真剣で、自分はどうなってもいいから、娘だけは助けてほしいと、懇願しているようにも感じた。
ノシスさんは、最終的にその願いを叶えることにした。
娘を守るために、あらゆる兵器を作り出し、防壁を作り出し、万全の備えをした。
男性と娘の将来は、安泰だと思われた。
しかし……。
『私はその人のおかげで、人を信頼し始めていた。けど、結局最後は、人は裏切るものだって言うのを、痛感したのさ』
ある日、娘が攫われた。
鉄壁の守りを誇る家に、どうやって、と思ったが、その犯人は、その男性の家に住む使用人だった。
どうやら、男性がノシスさんを独り占めしているといちゃもんをつけてきた貴族が、金で買収したらしい。
男性は娘を守ろうとして殺され、一夜にして鉄壁の城は崩れ去った。
娘を攫った奴らは、こう言った。
お前が守るべき娘はここにいる。だから自分に従え、と。
ノシスさんが、娘を守って欲しいと願いを受けていたことを聞かれていたようで、それで娘は攫われたらしい。
その時、ノシスさんの中で何かが切れたらしく、その後のことはあまり覚えていないらしい。
気がつけば、この屋敷を作り出し、森の中にひっそりと居を構えていた。
わかっていることは、この屋敷にいる犠牲者の多くが、その時の主犯やその関係者だったということ。
屋敷に囚われているのは、ただ単にノシスさんの気まぐれではなく、罰を与えるための檻だったからというわけだ。
『結局、その子もどこかに行ってしまってね。私はその役目を背負いながら、願いを叶えることができなくなったんだよ』
「あの、あめは?」
『あれはその子の大好物でね。もしかしたら、見つけてきてくれるんじゃないかと思ったんだよ。まあ、こんな森の中に来るとは思えないけど、諦めきれなくてね』
男性が唯一願った願いを叶えられず、命を奪われた。そのことを、ノシスさんは凄く気にしているようだ。
だからこそ、今でも待ち続けているというわけだね。
やっぱり、ただ遊び相手が欲しいからってわけではなかったのか。
『君達には悪いことをしたね。幻獣である時点で、愚かな人とは関係なかったのに』
「まったくだ。人が愚かな生き物というのには激しく同意するが、だからと言って幻獣に、それもよりによって白竜のに手を出すなど、断じて許せん。貴様、覚悟はできているんだろうな?」
『気になってたんだけど、白竜のって何? 確かにこの子は幻獣なのはわかるけど、竜、ドラゴンなの?』
「なんだ、気づいていなかったのか? 白竜の、姿を現してやったらどうだ?」
「いい、けど、せまい?」
「貴様一人くらいなら大丈夫だろう」
「まあ、それなら……」
ニクスに言われて、俺は本来の姿を現す。
この部屋は比較的広いから、天井に頭をぶつけるとかはないけど、普通に邪魔だろうから、人化した状態の方がいいと思うけどね。
俺のドラゴン姿を見たノシスさんは、わずかに目を見開くと、ばつが悪そうに頬を掻いた。
『よりによって、ドラゴンの子供かぁ……それはほんとにごめん』
『何か問題があるんですか?』
『基本的に、子供は尊ばれる者だからね。特にドラゴンは、子供を大事にする習性があるし、下手をしたらこの屋敷ごと消し飛ばされてもおかしくなかったかもね』
『そんな大げさな……』
そもそも、ニクスですら完封できるほどの力を持っているのに、ドラゴン相手には負けるって言うのが想像できない。
でも、ニクスが言うには、ノシスさんが強いのは、あくまで招待を受けた場合であって、外から見つける手段があるなら、屋敷に入る必要すらない。
もちろん、この屋敷はそう簡単に見つからないようにはなっているらしいけど、子供に敏感なドラゴンなら、気づいてもおかしくはないとのこと。
ドラゴンって、思った以上に格が高いのかな? 確かに、今まで会ったドラゴン達はみんな強そうだったけども。
俺は、申し訳なさそうに頭を下げるノシスさんを見て、無意識に頭を撫でていた。




