第二百八十話:無謀な救助
しばらく呼びかけを続けてみたが、返事が返ってくることはなかった。
やはり、こちらの声は聞こえていないと考えるべきだろう。ただ、独り言のように呟くだけだった。
内容的には、人々や同胞を助けてほしい、自分のせいでこんなことになった、など他者への心配と自責の念が大半だった。
その話を繋ぎ合わせるのなら、この声の主が何かをやらかしたことによって、人々や同胞が危険な目に遭っている、ということになると思うんだけど、一体どういうことだろうか?
俺は、この声の主を、転移能力を持つ幻獣なのではないかと推察したけど、流石にこれだけではそれが合っているかどうかまではわからない。
でも少なくとも、この声の主は、自らを犠牲にしてでも、大切なものを守りたい、そんな覚悟を感じる。
〈一体誰なんだろう……〉
ニクスが言っていたけど、そもそも幻獣が人間を助けてほしいと願うのは相当稀だ。
過去に起きた戦争により、最も偉大な幻獣であるアーリヤが命を絶ってしまったことで、人間への不信は最大値に達し、多くの幻獣は神の遣いとしての役割を放棄して、野に下った。
一応、使命があったから、あえて人々を滅ぼそうとか、そういうことをしようとする幻獣はいなかったようだけど、アーリヤを慕っていた幻獣にとっては、人は恨むべき対象だろう。
だからこそ、幻獣が仲間である同胞を助けてほしいというのは理解できても、人を助けてほしいというのは理解できないのである。
もしかしたら、これは幻獣の声ではないのでは、とも考えたけど、人がこんなことをできるのかという疑問があるし、神様だとしたら、そんな危機に陥ることもないような気がする。
もちろん、人も神様も、俺は詳しく見てきたわけではないから、もしかしたらそう言う人物もいるのかもしれないけど、ディートリヒさんが感じた泉の癒しの効果も合わせて考えると、やはり幻獣というのが妥当な気がする。
そうまでして他者を助けようとするのには、一体どんな理由があるんだろうか。
『やっ、元気してる?』
〈わっ、びっくりした。どうしたんですか、ノシスさん?〉
考え込んでいると、不意にノシスさんの声が聞こえた。
視線を動かして、どこにいるかを確認してみると、どうやらあの寝室にいるらしい。
いつの間にか、俺の体がベッドに移されており、丁寧に布団をかけられている。
遊び相手として騙したにしては、随分と丁寧な対応だね。
『いや、今回のは私としてもイレギュラーだからね。魂を変質させても、体は残るなんてこと、今までなかったから。珍しいものはとりあえず大事に保管する、そういうこと君にもないかい?』
〈それはよくわかります〉
俺も、キラキラ光る石とか、面白い形の木の枝とか、そういうものはとりあえず持ち帰る。
それは、ドラゴンとなってからは顕著で、ニクスからはガラクタを持ち込むなと怒られるほどだ。
俺としては、どれもが宝物であり、ガラクタなどでは決してないけど、何を大切に思うかは人それぞれだし、理解が得られなくても仕方がない。
俺の体が、そんな宝物と同等かどうかはわからないけど、でも、珍しいものだからこそ、なくしたら容易には手に入らないわけで、それがいいものにしろ悪いものにしろ、取っておくのは当然のこととも言える。
『思ったより強く共感してくれたね。もしかして、何かコレクションするタイプ?』
〈収納魔法にたくさん入ってますよ〉
『へぇ、それはぜひとも見てみたい……けど、今はそれは後回しかな。お客さんが来たんだよ』
〈お客さん?〉
つまり、新たな犠牲者が来てしまったということか。
いや、わざわざ言うってことは、助けが来たのかな?
俺はとっさに視線を動かして、入り口を覗いてみる。
すると、そこには見覚えのある二人がいた。
〈フェル! ニクス!〉
『ああ、やっぱりそうなんだね。明らかに幻獣だから、一目でわかったよ』
やはり助けに来てくれた。それは喜ばしいことだ。
けど、今の俺は、屋敷そのものになっている状態。助けるためには、ノシスさんに頼んで、元に戻してもらう必要があるだろう。
つまり、ノシスさんが圧倒的に有利な状態だ。
それに、その気になれば、二人に対しても能力が使えるわけで、下手をしたら、二人の身も危ないかもしれない。
嬉しい反面、ちょっと心配だった。
『さあて、どう変えてやろうかなぁ?』
〈二人に手を出したら許しませんよ〉
『許さないって、どうする気だい? 手も足も出ないくせに』
そう言って、俺の体をそっと撫でるノシスさん。
うーん、その通り過ぎて何も言えない。
俺にできることは、せいぜい目線を動かして、二人の様子を観察することくらいだ。
声も聞こえないだろうし、ただやられる様を見るしかできない。
でも、ニクスなら、やってくれるはず。信じるしかない。
『まず手始めに、こうかな?』
〈あっ!〉
フェルが、明かりが欲しいと言ったことをきっかけに、ニクスの体がランタンへと変わってしまった。
ニクスですら、こんなあっさりと変化させられてしまうのか……。
見た目は小さいけど、もしかしてニクスより格上なんだろうか?
今更ながら、とんでもない相手に出会ってしまったものである。
一応、ランタンにされても動けるのか、ニクスはふわふわと宙を漂い、明かりに徹することにしたようだ。
不用意な発言は拡大解釈され、ノシスさんのいい餌になる。
願いを叶える幻獣である以上は、好き勝手に変えることはできないのかもしれないね。
『さあ、どうする? 僕はここにいるよ?』
〈ぐぬぬ……〉
ちょっと焦りが出てきた。
このままでは、フェルもいずれ姿を変えられて、この屋敷の住人となるだろう。
ニクスのように、動けるのならまだ脱出の芽もあるかもしれないが、脱出したところで、姿を変えられてしまっていては意味がない。
結局、戻るためにはノシスさんの力が必要で、どうあがいても勝てない状況だ。
せめて、変えられる前に、勝負を挑むことができれば、勝機もあるかもしれないけどね。
『おっと、案外早い? まあ、関係ないけど』
〈あの、フェルだけでも見逃してもらえませんか? 俺の大事な家族なんです〉
『君の願いは、家族と一緒にいることだろう? だったら、君が屋敷になった今、一緒にいるならこの屋敷にいる方が都合がいいじゃない。私も遊び相手ができて、一石二鳥どころか、三鳥だよ』
どうあっても、止まる気はないようだ。
やがて、フェルは俺がいる寝室へと辿り着く。
そこには、ベッドに寝かされた俺の姿があるが、それに気を取られて、姿を消したノシスさんの気配に気づくのが遅れた。
数瞬後、フェルの体は、小さなドラゴンのぬいぐるみへと変えられていた。




