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第二百七十九話:願いの形

〈う、ん……〉


 しばらくして、目を覚ます。

 俺は、一体どうなったんだろうか? 起き上がろうと、体を動かそうとして、違和感に気づく。

 体が動かない。いや、そもそも身体の感覚がおかしい。

 手や足と言った感覚が存在せず、ただ意識だけがあるような、不思議な感覚。

 何が起きているのかと目を開くと、そこは先程までいた、寝室だった。

 いや、この表現だと少し語弊がある。

 寝室であるのには間違いないが、その視点は、第三者から見たような視点だった。

 俺が先程まで座っていた椅子には、俺の姿があり、ノシスさんは、その体を支えているように見える。

 まるで、魂だけ抜け出して、空から見下ろしているかのような、そんな感じ。

 一体どうなってしまったんだ? 俺の体に、一体何が起こっている?


『おかしいな、体が残ってしまった。魂をいじくったのに、体は変わらないって、そんなことあるのかな?』


〈ノシスさん! 俺、どうなってるんですか!?〉


『うん? ああ、ちゃんと声は聞こえるな。となると、成功はしてる? 元々面白い魂をしていると思っていたけど、こうなるのは予想外だね』


 どうやら、ノシスさんは何かを知っているようだ。

 というか、状況的にやったのはノシスさんだろうし、敵という可能性もあるのか?

 今の状況もよく理解できないし、どうしたらいいんだろうか。


『まあまあ、とりあえず落ち着くといいよ。君は今、この屋敷そのものになっているだけだから』


〈屋敷そのものに? どういうことですか?〉


『そのままの意味だよ。魂を変質させて、君を安全な住処へと変えた。この屋敷は、招待を受けなければ見つけられない場所だからね。安全なのは間違いないだろう?』


〈は、はぁ……〉


 屋敷そのものに変えたって、一体どういうことだ?

 でも確かに、言われてみれば、そんな感覚もする。

 視線を動かしてみれば、屋敷の部屋をどれでも見ることができるし、俯瞰で見てみれば、洋館が映り込む。

 屋敷そのものに変えたというのは、あながち間違いではないだろう。

 でも、そもそも屋敷そのものになるって何だって言う疑問が来ちゃうけどね。

 屋敷は無機物であって、生き物ではない。いくら魂を変質させたと言っても、それで屋敷になることはないと思う。

 それとも、これがノシスさんの能力なんだろうか? だとしたら、とんでもない能力である。


『よくわかってないみたいだからはっきり言うけど、私はただ願いを叶えているわけじゃない。私の遊び相手として、娯楽としてやっているのさ』


〈俺は騙されたってことですか?〉


『そういうこと。どう、怒った?』


〈怒ったというか、困惑しているというか……〉


 ノシスさんの話が本当なら、俺は動けない屋敷に変えられたってことになるんだけど、それが娯楽というのがよくわからない。

 俺が屋敷に変わったとして、屋敷であることに変わりはないわけだし、そこに変化は生まれないだろう。

 強いて言うなら、俺という意識があるから、反応があるってところだろうか?

 自分の願いとはいえ、別にそれそのものにして欲しかった人はいないだろうし、拡大解釈をしてその姿にすることによって、困惑したり、怒ったりする様子を楽しむ。それが娯楽ってことなんだろうか。

 動けなくして、拷問している感じに似ているかな? もしそうだとしても、理解できないが。


〈俺はいつ戻れるんです?〉


『私が飽きたら、かな。まあ、たまに忘れてそのままになっちゃうときもあるけど』


〈うーん……〉


 どうやら、すぐに戻す気はないらしい。

 すでに泉を探し始めてから結構時間が経っていると思うし、早いところ戻らないといけないんだけど……。


『……なんか、あんまり焦っていないね。もっと泣きわめいたりしたら?』


〈まあ、多分助けが来るので、そこは心配してないです〉


『助け? 君の家族って奴かい?』


〈はい。ニクスなら、必ず助けてくれるって信じてますから〉


『随分信頼しているんだね。なら、そのニクスって奴を捕まえたら、怒ってくれるかな?』


〈もし手を出すなら、黙ってませんよ〉


『そうかそうか。なら決めた。私はそいつをこの屋敷に捕らえるとしよう。家族と一緒にいられるって願いも叶えられて、一石二鳥だしね』


 どうやらやる気にさせてしまったらしい。

 ニクスが後れを取るとは思えないけど、この屋敷に招待された時点で、ノシスさんの術中にはまっていると考えられる以上、万が一もある。

 俺は今、こんな状態だから、黙ってないと言ってもどうしようもないとは思うけど、せめて二人の無事を祈ろう。


『……たす、けて』


〈え?〉


 そんなことを考えていると、不意に声が聞こえてきた。

 掠れてよく聞き取れなかったけど、多分助けを求める声。

 もしかして、例の泉の声だろうか? ここは泉ではないはずだけど。


〈ノシスさん、今何か言いました?〉


『言ってないけど、どうかした?』


〈今、声が聞こえたんです。助けてって〉


『助けて? まあ、この屋敷には今まで姿を変えた奴がたくさんいるからね。屋敷そのものとなったことで、その声が聞こえるようになったんじゃないかい?』


〈他の犠牲者の声ですか……〉


 確かに、これを娯楽としてやっているなら、他にも犠牲者はいるだろう。

 この屋敷に来てから、そんな声は全然聞こえなかったけど、屋敷そのものとなって、同じ目線に立ったことで、その声が聞こえるようになったのかもしれない。

 もしかしたら、俺がさっきまで座っていた椅子とかも、元は人だったのかもしれないね。

 なら、泉の声とは関係ないか。


『まあ、ひとまず君の家族が来るまで、のんびりしているといいよ。どうせ動けないだろうけどね』


〈あ、ちょっと……〉


 そう言い残して、ノシスさんは姿を消した。

 もう少し聞きたいことがあったんだけど……まあ、仕方ないか。

 俺はひとまず、この屋敷の全容を把握しようと試みる。

 結構大きな洋館だけあって、部屋数はかなりのものだ。

 大抵は、ボロボロで、廃墟と言った様相だけど、よく見てみると、ところどころに真新しいものが混ざっているのがわかる。

 恐らく、あれが犠牲者だろう。

 耳を澄ませてみれば、確かに声が聞こえてくる。

 うちに帰りたいとか、許してほしいとか、そんな声がたくさん。

 この森は、人は容易には入れない場所らしいけど、それにしては犠牲者が多いような気もする。

 いくら飴の招待があるとはいえ、あれがあるのは森の中。そもそも森の中に入らなければ、招待を受けることもないのだから。

 それとも、俺が見つけたのがたまたま森の中なだけで、町とかにもばらまいているんだろうか?

 それでも、わざわざ森の中まで追いかけてくるような人は稀だと思うけど。


〈……やっぱり、聞こえるよね〉


 疑問はあるが、今はそれよりも、さっき聞こえた声である。

 ノシスさんは、犠牲者達の声だと言っていたけど、その声は、どこから聞こえてくるかがわからなかった。

 それに、犠牲者達は、皆はっきりとした声で聞こえてくるのに対し、その声は今にもこと切れそうなほど、掠れた声で聞こえてくる。

 もちろん、長い間放置されて、精神をやられている人の声って可能性もあるけど、どうにも、それとは別なように思えるのだ。

 俺は、少し意識を集中させてみる。

 この声が、竜脈に乗った声なのだとしたら、少しでも情報が欲しいからね。


『みんなを、たすけて……』


〈君は誰? どうして助けを求めるの?〉


『私のせい……私のせいで、みんなが……』


〈落ち着いて。俺でよければ、話を聞くよ〉


 語り掛けるも、その声は独り言を呟くばかりで、応答はない。

 こちらの声が聞こえていないのか、それともそんな余裕もないのか。

 俺はしばらくの間、呼びかけを続けた。

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