第二百七十八話:夢と現実を曖昧にする幻獣
――ニクス達が到着する少し前。
俺は、飴に導かれて、森の中にある洋館へと足を踏み入れた。
自分でも、なぜこんな怪しげな洋館に一人で入って行ってしまったのかわからない。
けど、その理由は恐らく、この洋館の主が招待をしてきたからだろう。
確か、ここに来る前にニクスが言っていた。レミアの大森林には幻獣がいる。しかし、その招待を決して受けてはならないと。
招待の仕方が飴だったのは予想外ではあったけど、俺はまんまと相手の術中にはまってしまったということだ。
こうなってくると、一刻も早く脱出し、ニクス達に報告しなければならないんだけど、どういうわけか、俺の足は勝手に廊下を進んでいく。
招待を受けてしまった以上は、もてなしを受けるまでは帰れないってことかな。
一体何をされるのかはわからないけど、穏便に済めばいいな……。
『やあやあ、いらっしゃい。面白い魂を持つお客さん』
しばらくして、俺はとある部屋に辿り着いた。
見た感じ、寝室だろうか? やたらでかいベッドとか、味のあるテーブルとか、結構高そうな部屋だと思う。
ここに来るまでの道中はほとんどボロボロだったのに、この差は何なんだろうか。
まあ、それは今はいいだろう。それより、今気にしなければならないのは、そこにいる声の主だった。
手のひらほどの大きさの人型の存在。背中には四枚の羽が生え、ハイライトのない緑色の瞳が特徴的。
俺のイメージからすると、妖精だろうか? 妖精って幻獣なんだろうか。
一応、精霊というものは存在して、彼らは厳密には幻獣ではないらしいんだけど、妖精とは違うのかな?
よくわからないけど、ここまで招待してきた以上、こいつが件の幻獣であるのは間違いなさそうだ。
『私はノシス。夢と現実の境を曖昧にする幻獣って昔は呼ばれていたね。君も、多分幻獣だよね? 名前は何て言うの?』
「……るみえーりゅ」
『へぇ、光を冠する名前だね。なかなかいい名前なんじゃない?』
「ふふ……」
フェルにつけてもらった名前を褒められるのは素直に嬉しい。
ノシスさんは、とりあえず立ったままではなんだからと、椅子を勧めてくる。
俺が椅子に腰かけると、ノシスさんもテーブルの上に足を延ばし、こちらと向き合った。
『さて、ここは人の夢を叶えるための場所なんだ。私の招待を受けてくれた人は、何でも願いを叶えてあげることにしてる。君は、何か願いはない? 叶えてあげるよ』
「なんでも?」
『うん、何でも。さあ、何かない?』
「うーん……」
なんでも願いを叶えるなんて、どう考えても怪しいけど……でも、幻獣であるなら、ある程度は本当のことかもしれない。
今までにも、ルーナさんとかは、かなり万能な能力を持っていた。
それに、元々幻獣は、人々の願いを叶えるために神様が遣わせた者だし、願いを叶える能力に特化している幻獣がいても何ら不思議はない。
でも、仮に本当だったとして、俺の願いとは何だろうか。
今望んでいることは、ニクスやフェルと一緒に、平穏に暮らすことである。
元の世界に帰ること、とかも思いつくけど、今更あんなブラック企業に帰りたいとは思わないし、自由に羽ばたける今の方が、よっぽど恵まれていると感じている。
他にも、世界を見て回ってみたいとか、人と仲良くなりたいとか、色々あるけどやっぱり一番は、みんなで平穏に暮らしたい、かな。
「かぞく、みんな、いっしょ」
『んー? 家族と一緒にいたいってこと?』
「うん」
『それは、わざわざ願うほどのものなの?』
ノシスさんは、きょとんとした様子でこちらを見ている。
ノシスさん自身は、家族のような概念は持っておらず、一人きりなのが普通と思っているようだけど、一般論として、家族とは一緒にいるものだという認識があるようだ。
でも、一口に家族と言っても色々ある。
中には、子供を売り飛ばしてしまう親もいるし、戦争などによって離れ離れになってしまう家族もいる。
家族とは言っても、様々な理由で一緒にいられないなんてことはよくあることだし、一緒にいたいというのは、なにもおかしなことではないと思うけど。
『なるほどね。まあ、家族の仲を引き裂く筆頭みたいなのがいるもんなぁ。一緒にいたいと願う人がいても、不思議はないか』
「なんの、こと?」
『ああ、いや、こっちの話。でも、うーん、できないことはないけど、そうだな……じゃあ、家族と一緒にいるためには、何が必要?』
ノシスさんが願いを叶える方法は、特定の物品である必要があるらしい。
だから、例えば世界平和を願ったとしても、それは概念的なものであって、物ではないから、叶えられないのだとか。
俺が願う、家族と一緒にいたいという願いも、家族そのものが既に存在している以上、すでに叶っているようなもの。だから、もっと具体的な提案が欲しいらしい。
案外、現実的なんだね。
「ひつよう、もの、うーん……」
『例えば、ほら、お金とかさ』
「おかねは、あんまり……」
確かに、町とかで暮らすならお金は必須かもしれないけど、俺は幻獣だ。
町で暮らしたいという願望はあるにしろ、ニクスと一緒に暮らしたいと考えるなら、やはり野生で暮らすことを考えなければならない。
まあ、これに関しては、どうにかニクスを言いくるめられないかとも思っているけど、野生で暮らすことの方が自然と言える。
それに、必要最低限のお金なら、適当に依頼を受けてやれば、すぐに集めることもできるし、なんなら日頃から狩っている魔物の素材を売りつけるだけでもそこそこ稼げる。
お金は必須ではないかな。
『ああ、そっか、君は幻獣だもんね。となると、安全な住処、とか?』
「あ、それは、ほしい、かも」
幻獣は魔物として見られているし、ドラゴンに至っては、国が動くほどのレベルの大災厄だ。
なおかつ、子供のドラゴンは、大人になったら手が付けられなくなるため、子供の内に狩っておくというのが原則となっている。
つまり、俺の正体が人々に知れ渡れば、安全を脅かされる可能性が高いわけだ。
それを考えるなら、絶対的に安全な住処というのは欲しい。
『オッケー、安全な住処ね。それなら、ちょうどいいところがあるよ』
「ほんと?」
『ほんとほんと。とびっきり安全な場所が、ね」
そう言って、俺の目の前まで飛んでくるノシスさん。
ノシスさんは、俺の鼻に手を当てると、じっとこちらを見つめてきた。
『安全な住処とは、敵がこない場所。そのためには、強固な地盤が必要。幻獣である君なら、素材として申し分ない』
「なにを……」
『君が、その住処になるんだよ!』
ノシスさんの目が、光った気がした。
その瞬間、俺の視界は暗転する。何が起こったのかわからないまま、意識を手放した。
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