第二百七十七話:ノシスの館
「ほ、ほんとに、ニクスさんなんですか?」
〈そうだ。全く、面倒なことをしおって……〉
その場に転がっていたランタンは、ふわりと浮かび上がり、こちらに向かってカラカラと音を立てながら近づいてきた。
ランタンがひとりでに動いている。そのことにはびっくりだけど、これが本当にニクスさんなんだとしたら、そう言うこともあるのかもしれない。
私はてっきり、身も心も無機物になってしまうのかと思って、かなり焦っていた。
こんなことで、ニクスさんを失うようなことがあれば、私はルミエールに合わせる顔がなくなってしまうし、なにより、恩人であるニクスさんを、私のせいで失うなんてことがあっていいはずがないから。
「その姿でも、動けるんですね……」
〈魂を変質させられると言っても、本質は変わらん。我という存在が魂に刻み込まれている以上、それは生きて動けるということだ。まあ、こんな姿になったのは納得できんが〉
感情を表すように、中のろうそくの炎が激しく揺れている。
でも、仮に姿を変えられてしまっても、全く動けなくなるということはないらしい。
そこだけは少し安心したけれど、でも、いつ姿を変えられるともわからない今の状況は、普通に怖い。
不用意な発言一つで、自分も姿を変えられてしまうと思うと、今すぐにでも逃げだしたい気分だ。
でも、ここにはルミエールがいるはずである。見つけるまでは、帰るわけにはいかない。
〈はぁ……不本意ではあるが、この姿なら辺りを照らすこともできるだろう。捜索は基本的に貴様に任せる。くれぐれも、妙な発言はするなよ〉
「は、はい……」
ニクスさんの言葉を胸に刻み、改めて辺りを見回してみる。
物置らしく、木箱がたくさんあるが、特徴的なのは、やはり飾られている甲冑だろう。
古びてはいるが、傷はあまり見当たらず、他のものと比べると新しいような気もする。
この屋敷は、ノシスという幻獣が作ったものであり、人間が住んでいたわけではないはず。であるなら、なぜこんなものが置いてあるんだろうか?
「……ッ!? う、動いた?」
観察していると、かすかに甲冑が動いたのを見た。
人が動くように、すべらかに動くのではなく、震えるように、カタカタと音を鳴らすだけではあるけど、でも、確かに動いた。
もしかして、これも誰かが魂を変質させられた姿なんだろうか?
〈どうやら、こいつも犠牲者のようだな。それも、すでにかなり長い時が経っているようだ〉
「わかるんですか?」
〈こいつの声が聞こえる。いや、こいつだけじゃない。そこかしこから、声が聞こえてくる。恐らく、ここで犠牲になった者達の声だろう〉
ニクスさんは、周りを見回すようにクルリと回る。
私には何も聞こえないんだけど、今のニクスさんは、魂を変質させられて、無機物となっている状態だから、同じく変えられた人の声が聞こえるってことなんだろうか?
それだと、何でニクスさんの声は聞こえるんだって言う疑問があるけど……まあ、それはこの際気にしなくてもいいだろう。
問題なのは、この甲冑が、元は人だったということ。
そこかしこから聞こえるということは、このほかにも、この部屋にあるものの中には、同じ境遇の人が混ざっていることだろう。
私には、それがどれなのかはわからないけど、こうしてただのものとして放置されると考えると、ぞっとしないね。
〈ノシスは元々、夢を見せる幻獣だったはずだ。人々の認識を歪め、望んだものを見せる、そんな幻獣〉
「夢、ということは、現実ではない?」
〈どうだろうな。我も会ったことはなかったし、噂で聞いた程度のことだ。だが、奴の能力を考えるなら、恐らくは現実だったのだろう〉
つまり、物理的に姿を変えて、夢を叶えていたってことだろうか。
それは何とも、強引な方法だけど、望んだ姿になれるのだとしたら、人によっては救いとなるのかもしれない。
でも、今やその能力は、こうして人々を苦しめるために使われている。
長い間、こんなところで無機物として放置されていれば、精神が持たないだろう。
ニクスさんのように動けるならまだしも、この人達はかすかに震えるのが精いっぱいのようだし。
やはり、昔にあったという戦争の傷跡は、今もなお、幻獣を苦しめているのかもしれない。
そう考えると、一方的に悪く言うこともできないね。
〈ひとまず、ここにはいなさそうだな。次の部屋に行くぞ〉
「は、はい」
遠ざかっていくニクスさんを見て、慌ててついていく。
できることなら、この人達も助けてあげたいけど、今はルミエールを探す方が先決だ。
明かりを頼りに、他の部屋も捜索していく。
応接室、食堂、キッチン、寝室、様々な部屋を回り、見ていくが、ルミエールの姿は見当たらない。
代わりに、犠牲者と思われる人々はたくさん見たけど、一体どれだけの人が囚われているんだろうか。
それに、ルミエールが見つからないのはそうだけど、姿を変えている張本人であるノシスの姿も見当たらない。
姿を変えられた以上、いるのは確かだろうけど、姿を消しているのだろうか。
というか、ルミエールの姿も変えられている可能性がある以上、パッと見るだけではわからない可能性もあるな。
ニクスさんが声を聞けるから、見逃すことはないかもしれないけど、そこも考えなければならない。
一体、どこにいるのだろうか。
〈……待て、この先に、いる〉
「ほんとですか?」
〈ああ、声が聞こえた〉
荒れた廊下を進んでいると、ニクスさんがそう言って体を揺らす。
ここまで少し時間がかかったけど、ようやく見つけられるようだ。
私は、一度深呼吸をしてから前へと進む。
そこにあるのは一つの扉。この先に、ルミエールが……。
「待っててね、今助けるから!」
私は、扉に手をかけ、勢いよく開いた。
そこは、どうやら寝室らしい。
今までにも寝室はいくつか見てきたが、ここは少し造りが違う。
恐らく、今まで見たのは使用人達のものだろう。そしてここは、主人のための寝室。
明らかに広く、ベッドもとても大きい。
周りの調度品は年季が入っているものの、埃も被っておらず、明らかに今までの部屋とは違う雰囲気を感じた。
「ルミエール!」
そんな部屋の中。ベッドの上に、見覚えのある姿があった。
それは、人化したルミエールの姿。
姿を変えられるでもなく、元の状態のまま存在しているその姿は、この屋敷においては、少し異様な光景だった。
でも、それならそれでよかったと思う。ニクスさんのように、苦痛を味わわずに済むのだから。
私は、すぐさま駆け寄り、その姿を確認した。
どうやら眠っているようだけど……。
『あれ、もう来ちゃったの? 早かったねぇ』
「ッ!?」
不意に、背後から聞こえてきた声に、私はすぐに振り返った。
しかし、その時には遅かった。
その時には、私の体は小さなドラゴンのぬいぐるみへと変わっていた。




