第二百七十六話:理不尽な招待
主人公のパートナー、フェルミリアの視点です。
ニクスさんに言われた通り、しばらく辺りを探索してみると、それらしい泉を発見した。
こんな広大な森の中で、よくぞ見つけたと自分を褒めたいところだけど、本番はここからである。
まずは、みんなに報告しなければと、元の姿に戻り、空へと飛び立った。
どちらもまだ探索が終わっていないのか、誰もいなかったけど、しばらくすると、ニクスさんがやってくるのが見えた。
『小娘だけか。泉は見つかったか?』
『はい、それらしいものは見つけました』
『ほう、なかなかやるな。ならば、白竜のが合流し次第、調査するぞ』
『はい』
珍しくニクスさんに褒められて少し嬉しくなりながら、ルミエールが来るのを待つ。
しかし、日が傾き、そろそろ夜になろうという頃になっても、ルミエールは現れなかった。
『奴め、どこで油を売っておるのだ』
『ま、まさか、何かあったんじゃ……?』
『この森の魔物は確かに強力ではあるが、白竜のが後れを取るとは思えん。襲われたのでないとしたら……まさか』
『何か心当たりがあるんですか?』
『ああ、当たって欲しくはないがな』
そう言って、苦虫を噛み潰したような表情をするニクスさん。
まさか、ルミエールが危険な目に? だとしたら、すぐに助けに行かないと!
『教えてください! ルミエールはどこに!?』
『行先はわからんが、辿り着く方法ならわかる。だが、そのためには、貴様も覚悟を決めてもらわねばならんぞ』
『そ、それはどういう……』
『奴が連れていかれたのは恐らく、ノシスの館だ』
『ノシスの館……?』
ノシスの館とは、この森に住む、ノシスという幻獣の住処だという。
ノシスは、時折迷い人を自分の館に招待し、もてなす。だがそれは、迷い人を助けようなどという高尚な目的ではなく、単純な遊び相手としてだとか。
魂に関連する能力を持っているらしく、それを駆使すれば、魂を抜き出して、別の器に入れたり、魂を変質させて、それにふさわしい姿に変えたりなどができるらしい。
基本的に抗う手段はなく、唯一の対策は、ノシスの招待を受けないこと。
だが、その招待の仕方も独特で、あちらこちらに飴を撒き、それを手にした者は招待を受けたことになる。
一度招待を受けてしまえば、もはや抗う術はない。そのまま館に招待され、ノシスが満足するまで、弄ばれることになる。
『我も、昔奴の招待に乗ってしまったことがあった。その時は、魂を変質させられ、姿を人形のように変えられたな』
『ニクスさんでも、抗えないんですか?』
『我の場合は、隙をついて自殺し、転生することによって元の姿に戻ったが、あれを解除できるのはノシスのみ。一度術中にはまれば、抜け出すのは容易ではない』
今まで、いろんな幻獣に会って来たけれど、ニクスさんがこれほどまでに警戒するのは初めてのような気がする。
でも確かに、招待を受けた時点で抗えないのなら、されるがままになるしかないし、やばい相手なのは確かだね。
そんな相手に、ルミエールは捕まっちゃったの?
手分けしなければ、とは思うけど、ニクスさんはきちんと警告してくれていた。その上で、招待を受けてしまったのなら、仕方のないこととも言える。
でも今は、どうにかしてルミエールを助け出すことを考えなければならない。
そのためには、私達も招待に乗り、その館に辿り着かなければ。
『ニクスさん、私は助けに行きます』
『当たり前だ。番である貴様が見捨てるのであれば、我は貴様を焼き尽くしているところだ。そして、親である我も見捨てるわけにはいかん。どうにかして、助け出すぞ』
『はい!』
そうと決まれば、さっそく捜索開始だ。
と言っても、探すこと自体は難しくない。
飴の招待は、そこかしこに広がっているものだから、探そうと思えばすぐに見つかる。
案の定、少し探せば、怪しげな飴が落ちているのを見つけることができた。
『よし、行くぞ』
『はい!』
飴を辿っていくと、やがて大きな洋館へと辿り着いた。
ここが、ノシスの館……。
ここに入るということは、魂を変質させられてしまうかもしれないということ。そして、運が悪ければ、そのまま姿を変えられ、満足するまで弄ばれるかもしれないということ。
怖いけど、でも、ルミエールを助けるためならば、怖くない。
待っててね、ルミエール。必ず助け出してあげるから。
決意を胸に、入り口の前に経つと、扉は勝手に開いた。
ここからは、未知の領域。せめて、少しでも抗えるように、準備しておかなければ。
そう思いながら、扉をくぐった。
『見た目は、廃墟って感じですね……』
エントランスは、薄暗く、カーペットもボロボロで、壁は蜘蛛の巣にまみれていた。
どう考えても、人が住んでいるようには見えないけど、こんなところを住処にしているのか?
『気をつけろ。ここはすでに奴の術中。不用意な発言をするだけで、逆手に取られることもある。発言は慎重にせよ』
『は、はい』
私達の会話はすでに聞かれているかもしれないということか。
それにしても、魂を変質させられると聞くと、凄く恐ろしい能力のように思えるけど、実際どういう感じなんだろうか?
ニクスさんは、姿を人形のように変えられたと言っていたけど。
周りをよく観察してみる。
周囲には、ボロボロではあるものの、壺や絵画など、それらしい調度品が揃っている。
いくつかの部屋があり、ここからではその全貌を図ることはできない。
当然ながら、ルミエールの姿も見えない。
流石に、入り口に入っただけでは見付けることはできないな。
『慎重に進むぞ』
『は、はい』
まずは手近な場所から。左手にある扉に手をかけ、そっと開く。
どうやら物置だろうか? いくつかの木箱が積まれ、使い古された甲冑が飾られている。
エントランス以上に薄暗く、また狭いため、今の姿のまま探索するのは難しそうだ。
『ニクスさん、人化した方がいいのでは?』
『ぬぅ、止むを得んか』
このままでは、多くの部屋を探索できない。
仕方なく、人化し、改めて部屋の中を見る。
すると、先程よりも暗く、ほぼ何も見えないことに気が付いた。
そうか、ニクスさんが光を発していたから、明るかったけど、人化したからそれがなくなったのか。
「ニクスさん、明かりをくれませんか?」
「馬鹿、それは……!」
『明かりが欲しいの? それじゃあ上げる』
「えっ?」
ふと、頭の中に聞こえた言葉に、思わず振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。
さっきまで、ニクスさんがいたにもかかわらずである。
しかし、その代わりと言わんばかりに、そこにはランタンが落ちていた。
防風ガラスが付いた、高そうなランタン。中のろうそくにはすでに火が灯っており、ゆらゆらと激しく揺れている。
これは、一体……。
〈不用意な発言は控えろと言っただろう! ここで何かを欲するということは、そう言うことだ!〉
「ま、まさか、ニクスさんなんですか?」
私は、落ちていたランタンを拾う。
そのランタンからは、確かにニクスさんの声が聞こえた。
これが、魂を変質させるということ、姿を変えられるということなのか……。
私は、思った以上に理不尽な恐怖に、身を震わせた。




