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第二百七十二話:声の主

「しかし、気になるな」


「なにが?」


「その泉の声の主だ」


 何となく打ち解けてきて、一緒にベンチに座りながら話していると、ニクスがそんなことを言い出した。

 ディートリヒさんが聞いたという、泉の声。

 俺の推理では、それは幻獣の声であり、人々と同胞である幻獣を助けてほしいと願う声だった。

 ただ、そもそも今の幻獣に、人々を助けてほしいと願う者が、どれほどいるのかという話である。


「貴様も言っていたように、幻獣は過去の戦争を境に、人々への手を貸すのをやめ、好きに生きるようになった。大抵の幻獣は、人に対して恨みこそすれ、助けたいだなどと思う奴はいない」


「それは、たしかに?」


「人と幻獣、そのどちらも助けたいと言うとすれば、相当なもの好きだ。一体どんな奴なのか、興味はある」


 幻獣だけを助けてほしいというのなら、わからなくはない。けど、人までも助けてほしいという幻獣は少ないはず。

 しかも、苦しそうな声だったことを踏まえると、弱っている可能性もある。その上で、自分ではなく、他を優先するほどのお人好しということになれば、片手で数えるくらいじゃないだろうか。


「我としては、そんな奴はいないと断言できる。もしいるとすれば、以前にも話した、アーリヤくらいだろう」


「あーりや」


 アーリヤは、人々に寄り添いすぎたがために、戦争を引き起こし、多くの犠牲を出したことを後悔して、自ら命を絶った幻獣。

 神様に求婚され、膨大な力を持ってしまったからこそ起きたことではあるけど、確かにアーリヤが生きていれば、同じことを願うかもしれない。

 特に、アーリヤは幻獣が理不尽な目に遭っていたことを知っていただろうしね。人々のみならず、幻獣も助けたいと願うのは、当然とも言える。


「でも、いまは、いない」


「もちろんだ。きな臭い動きはあるがな」


 貴様のことだ、と俺のことを見てくるニクス。

 そう言えば、俺はアーリヤの生まれ変わりかもしれないんだっけ?

 アーリヤにしか使えなかった、ほぼすべての属性を操ることができるという能力。それを、俺は受け継いでいる。

 だからこそ、俺はアーリヤの関係者であり、アーリヤの復活を願う何者かが、手を回しているんじゃないかと勘繰っていた。

 まあ、俺にはアーリヤに関する記憶なんてないし、なんのこっちゃなんだけどね。

 関与しているのは、神様か、それとも人か。それすらもわからないけど、俺がこの世界に来てしまったことには、何かしらの意味があると思う。

 俺としては、そんなの関係なく、平穏に暮らせたらそれでいいと思っているけどね。


「待て、何の話だ?」


「貴様には関係のない話だ。すっこんでろ」


「にくす、しつれい」


「本当に話す意味がないんだから仕方がないだろう。こいつに話して何の得がある?」


「べつの、きりくち、あるかも」


「ふむ」


 ニクスは、少し考え込むように腕を組む。

 確かに、幻獣のことすら知らなかったディートリヒさんに聞いても何もわからないかもしれないけど、知らないからこそ、気づけることもあるかもしれない。

 結局、ニクスは話すことにしたようだ。

 と言っても、相当端折っていたので、途中で捕捉を加えることになったが。


「過去に起きた大戦争、そして、その中心となった偉大な幻獣の話か。聞いたことがないな」


「だろうな。特に戦争に関しては、国規模で隠蔽してきたほどだ。知っている方がどうかしてる」


 戦争の結末は、アーリヤが自らの命を絶ったことを悲しんだ神様が、天罰を下し、無理矢理鎮めた形だった。

 そして、神様は、二度とこのようなことが起こらないようにと、アーリヤの像を建てさせた。

 しかし、しばらくすると、戦争に加担していた国々は歴史を歪め、その像がある村をなかったことにしようとした。

 真実は闇に葬られ、幻獣の存在とともに、忘れ去られていったというわけだ。

 人は忘れる生き物ではあるけど、そう考えると、本当に薄情に思える。


「そのアーリヤという幻獣は、本当に死んでしまったのか? 実は生き残っていたという可能性は?」


「ない。多くの人と幻獣がその最期を目の当たりにした。その亡骸は光となってほどけ、霧散していった」


「幻獣って、死ぬと光になるんですか?」


「いや、そんなことはない。あれは、神に愛されたアーリヤだからこその現象だろう」


 本来、幻獣が死亡しても、他の魔物などと同じように、遺体は残る。

 光となって消えたのは、アーリヤを地上に残したくなかった神様が、その魂を回収するために行ったことだろうと、ニクスは見ているようだ。

 実際、もし遺体なんて残ろうものなら、聖遺物として祭り上げられ、アーリヤに安寧の眠りは訪れなかっただろうし、人々が再び争うきっかけにもなっただろう。

 アーリヤのことを憂いていた神様ならば、そうするのは確実だ。


「ならば、あの声がアーリヤのものということはないか」


「アーリヤのものではないかもしれんが、その声は、こ奴の声に似ていたのだろう? であれば、何かしらの関係はあると見るべきかもしれん」


 ニクスは、思い出したかのように俺の頭に手を乗せる。

 そう言えば、そんなこと言ってたね。俺の声に似ていたとかなんとか。

 俺はもしかしたらアーリヤの生まれ変わりかもしれないと言われていて、その裏には誰かしらの思惑が絡んでいる可能性がある。

 そして、そんな俺と似た声を持つ泉の声。何か関係があってもおかしくはない。

 ただ、具体的にどう関係があるかまではわからないな。

 俺と同じように、アーリヤの生まれ変わりの幻獣が、他にもいるとか?

 俺には全然その気はないけど、アーリヤの意思を引き継いでいれば、人と幻獣の両方を救ってほしいと願うのもわかる気がするし。


「ちなみに、その泉はどこにあったんだ?」


「ここから国を二つ挟んだ先だ。確か、レミアの大森林だったか」


「む、あの神秘の森か。貴様、そんなところには行ってよく無事だったな」


「実際死にかけたがな」


 どうやら、ニクスはその場所を知っているらしい。

 ヒノアの大森林と同じく、広大な範囲に広がる大森林で、神秘の森とも呼ばれているらしい。

 その理由は、その魔力の密度。

 竜脈が重なる場所があるらしく、ひと際濃い魔力は、普通の人間であれば体調不良になるほどである。

 魔力に当てられた魔物も強く、未だに浅瀬の一部しか開拓されていないようで、国と国の間にあることから、天然の要塞と化しているようだ。

 なんだかすごそうな場所だけど、場所は関係あるんだろうか?


「確か、以前の山で、貴様も同じような声を聞いたんだったな?」


「うん、すこし、だけだけど」


「共通点は水辺、いや、もしかすると……」


 ニクスは、何やら考え込むように唸っている。

 何かわかったのかな。俺にはさっぱりだが。

 俺は、泉の声の主と俺にどんな関係があるのか、首を傾げていた。

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