第60話『白魂大作戦①』
《断裂の獄域》にて──
目の前には、巨躯の大猿が仁王立ちしている。
真っ赤に血走った小さな眼球が、まっすぐ俺を見据えている。
長く肥大化した両腕には異様な圧をまとい、周囲の空気を歪ませている。
グラヴォルクが拳を握りしめると、腕の筋肉がボゴボコと波打って膨れ上がった。
先ほど一撃で弾け飛んだ白魂団子。その姿が俺自身に置き換わって、脳裏に浮かぶ。
こ、これは死んだ──!
「──クロッ!!」
俺を呼ぶ声とともに、セレナが横から飛び出してきた。
その勢いのまま首を掴まれ、胸の中に抱え込まれた。
セレナを目にしたとたんに、怒り狂っていたグラヴォルクの顔が緩み、握り込んだ拳もぱっと開かれた。
「ウホッ♡」
その隙にセレナは歌声を響かせ、猛烈な勢いで上空へ向かって加速する。
グラヴォルクの姿が、あっという間に遠ざかった。
「おぉぉ、セレナ! 助かったよ、マジで死ぬかと思った!」
安心感が押し寄せてきて、思わずセレナの頬をぺしぺし叩くと、突然ぎゅっと身体を掴む力が強くなった。
「クロぉ……もう私、限界……」
見上げると、銀縁眼鏡の奥で涙をためて、瞳の紋様が淡く震えている。
「セ、セレナさん?」
セレナは唐突に俺のお腹へと顔を押し付け、熱い吐息を漏らした。
「すぅぅぅぅぅぅぅ……! ──はーっ……至高のにおい!」
「うわぁぁ! またかよ!」
「これはまさしく、混沌に揺蕩う漆黒の天鵞絨……」
意味の分からないことを呟きながら、セレナは俺のお腹に顔を埋め、一心不乱に左右へ擦りつけている。
俺は彼女の顔を必死で押し返すが、まるでビクともしない。
「……っはぁ。あいつ、ずぅーっとしつこく追いかけてくるんだよね。
もうっ……ふぅ。丸一日以上、逃げ続けてるんだよっ?
私を狙って音の塊をぶつけてくるせいで、上手く飛べないし。ふうっ……」
一瞬顔を上げたセレナは半泣き顔で、またすぐお腹に顔をうずめながらぼやいた。
「ほんっっっとぉーに疲れちゃったぁ……」
その声は、やや鼻声になっている。
セレナ=ハーモニック──
神出鬼没で何を考えているのかさっぱり分からないが……どうやらこいつも、相当大変だったようだ。
涙目で愚痴る姿を見ていると、徐々に抵抗する気が失せてきた。
「……あっ! また、来るっ!」
セレナがびくっと身体を震わせると、鼓膜を刺すような、甲高い咆哮が響き渡った。
「ホゥワッキャアアアアアーーーーーッ!!」
あまりの声量に空気がビリビリと震える。
その衝撃でセレナは体勢を崩し、視界が大きく揺さぶられる。
「ほらっ、あの音だよ! あれを私の歌にぶつけてくるんだよね。
合唱でもしてるつもりなのかな?
それならそれで、もっとハーモニーを意識してくれないと~……」
ぼやくだけぼやいてから、セレナはスキルの歌声をまた響かせる。
失速して下降気味だった身体が、ぐっと加速したのがわかる。
……んん? 歌に音をぶつける?
セレナの様子を見て、ひとつの疑惑が頭に浮かんだ。
そもそも、高速で飛行しているセレナを、グラヴォルクが正確に追跡できている理由って──
セレナが、ひたすら歌い続けているからじゃないのか!?
この歌声をうまく隠すことが出来れば……。
「ちょっと、試してみるか」
俺はセレナの両腕に掴まれたまま、意識を集中して《隠密膜》を展開した。
青く輝く俺の皮膜を見て、セレナは目を丸くする。
「えぇっ、すごいね……音が見えなくなってるよ、クロ」
「そういうスキルなんだよ……って、俺の声も、聞こえないんだった」
セレナは首をかしげている。
さらに魔力を集中すると、皮膜の輝きが少しずつ広がり、腕を伝ってセレナの全身を覆った。
「これでお前の歌声は、あいつに届かなくなったはずだぞ」
試すのは初めてだが、隠密膜で包み込めば、お互いの声が聞こえているようだ。
セレナはぱっと顔を明るくして、嬉しそうに笑った。
「ほんと!? それじゃ……!」
セレナは思い切り息を吸い込むと、軽やかに高音を連ね始めた。
何本もの細い糸を同時に弾くようなきらきらした音と共に、再び飛行速度がグンと増す。
「……っはぁ。思いきり歌うと、気っ持ちいいねぇー!」
この歌声は、恐らくグラヴォルクに届いていないはずだ。
そのとき遠くで、くぐもった咆哮が響いた。
「……ホヮオォォォォ!」
だが、さっきのように直接的な衝撃をまるで感じない。
《隠密膜》のおかげで、グラヴォルクは俺たちの位置を完全に見失ったようだ。
「よし。今のうちに下に降りられるか?」
セレナはうなずき、ゆっくりと高度を下げて森の中に降り立った。
「あいつ、ほんとなんなんだろ……」
「セレナ、協力してくれないか。
白魂団子をあいつに食わせれば、大人しくなるはずなんだ」
セレナは白魂団子に顔を近づけて、むむっと唸る。
「えぇ~……協力って言っても私、歌うことしかできないよ」
「いや、グラヴォルクは相当セレナに執着してるだろ?
それに、これを使えば、うまく気を逸らせると思うんだ」
俺は《収納膜》から、《エコルナの木》で出来た小箱を取り出した。
「あとはどう近づくかだけど──」
俺が身振り手振りで作戦を説明すると、セレナは真剣な表情でうなずく。
「わかった……それなら、できるかも!」
「よし! 取り残された森人のためにも、やらなきゃな」
セレナの肩に飛び乗ると、セレナは俺の体に頬を摺り寄せた。
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開けた場所にそっと木箱を置いて、俺たちは森の中で息をひそめた。
俺はセレナの肩の上に乗ったまま、周囲を注意深く観察する。
そんな俺の背中を、セレナはひたすら撫でている。
「クロ、気をつけるんだよ」
その時、森の端でガサリと音がして、グラヴォルクが姿を現した。
セレナの声を記録した木箱を不思議そうな表情でしばし見つめている。
グラヴォルクは少し首を傾げた後、ゆっくりと箱に近づき始めた。
こちらには全く気付いていないようだ。
その隙に俺たちは、《隠密膜》で気配を消したまま、グラヴォルクの背中側に回り込む。
完全に真後ろを取った──グラヴォルクは俺たちに気づいていない!
「今だ!」
合図とともに、セレナはグラヴォルクに向かって猛スピードで飛行を開始した。
そして、俺が《隠密膜》を解くと同時に、セレナが思い切り叫んだ。
「グラヴォルク―!」
あとは……タイミングがすべてだ!
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■クロ
身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》《隠密膜》
尻尾系:《ファントムテール》《スラッシュテール》《ゴーストテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》《ヒールスタンプ》《バーストスタンプ》
ヒゲ系:《ウィズセンサー》《ウィズスピア》
Extra:《跳星バースト》
■ラース
スキル:《マシナリードライブ》《マシナリージャンプ》《マシナリークラッシュ》《ウルトラアルティメット・ギャラクシーバースト》
パーツ:《言語パーツ》《通信パーツ》《観測パーツ》《偏重計測パーツ》
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次回2026/10/24、0:10頃、次話を更新予定です




