第59話『恋する賢王』
俺たちは、森人のクルクマに案内されて、“暴れん坊”のいる《断裂の獄域》へと足を踏み入れた。
天井が見えないほどの巨大な空洞。
見上げるほどの巨木が何本もそびえ立ち、その合間から、朽ちかけた遺跡のような構造物が顔を覗かせている。
木々や岩肌、エリアの外壁面など、至るところに深々とした爪痕が刻まれている。
足元には引き裂かれた巨岩が転がり、荒れた地形が続いていた。
「破壊跡が、妙にでかくないか……?」
考えを巡らせていると、ラースが浮上し、青白い光を瞬かせた。
「クロ! あそこに逃げ遅れた方々がいるようです!」
ラースについていくと、岩陰の狭い隙間に、十人ほどが身を寄せ合って震えていた。
「……クルクマじゃったか。てっきり、また王が来られたのかと思うてな……」
「無事で何よりです。我々は王を止めるため、こちらのクロ様とラース様を連れてきたのです」
クルクマが俺たちを紹介すると、森人たちは一様に顔を上げて、すがるような目で見つめてきた。
老人の一人がよろめきながら前に出て、俺たちに語り始める。
「……もともと、あの方は威厳ある王じゃった。
じゃが今は、自分を見失って暴れておられる。
他の者らは皆、《古樹の森》へ退避したんじゃが……
見ての通り、ここにいるのは年寄りと子供ばかりでな。
動きが鈍く、逃げ遅れてしもうたのじゃ。
王が町へ向かう危険があったゆえ、出入口はすべて《隠蔽》をかけて封鎖してある。
儂らは……この岩陰に息を潜めておるしかなかったのじゃ……」
自然と、俺の小さな前足にギュッと力が入る。
「……グレムサめ……こんなところで迷惑をかけてるんだな。
もう大丈夫だ。俺が止める」
俺は深く息を吐き、リリオリから授かった策を思い返していた。
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リリオリが机の前にふよふよと浮かび、両手を組んでいた。
「いいかい、これが策だ」
目の前には、白い団子が山のように積まれている。
鑑定によると、これは《白玉団子》という栄養価の高い食べ物らしい。
一つ差し出されたものを口に入れると、噛むたびにねっとりとした弾力が跳ね返ってきて、歯に絡みついてくる。
もちゃもちゃとして食べにくいが、ほんのり甘くて美味い!
「クロ様、こちらを」
舌鼓を打つ俺の前へ、クルクマが布に包んだ二つの団子を、まるで宝物のように両手で掲げてきた。
「こちらは、《白玉団子》に似ていますが、別物です。
《忘念草》から作った特別な団子……そう、《白魂団子》でございます」
そう言われると、うっすらと淡い光を帯びていて、ひと際美味しそうに見える。
ラースが小さく瞬いた。
「……クロ、うっかり食べてはいけませんよ」
ハッとする俺に対して、クルクマが冷たい視線を向ける。
「クロ様、どうかお気をつけて。
これを口にした者は、五分ほど、動きを完全に停止いたします。
そしてその間に、心にあるこだわりや執念を、きれいさっぱり消し去ってしまうのです。
残念ながら、今回は二個しか作れませんでしたが、作戦の肝となる大切なものです」
リリオリは丸眼鏡をくいっと持ち上げた。
「これらの団子は見分けがつかないので、注意してくれたまえ。
そして、見分けがつかないからこそ、王の前で《白玉団子》を美味しそうに食べてみせればいい。
そうすれば、王もまた《白魂団子》に食いつくというわけだ。
シンプルな作戦だろう?」
たしかに、それだけなら簡単そうに思える。
が、本当にそんな思い通りに行くんだろうか……?
リリオリが両手で空中をなぞり、《トリガー》を操作しながら言った。
「いくつか持てるよう、カバンが必要だね。
クルクマにも《白玉団子》を何個か持ってもらって──」
スルスルと蔦が伸び、小さなカバンが俺の方へ運ばれてくる。
「いらないよ、あるだけ全部持っていくから! 急ぎなんだろ」
俺はリリオリの言葉を遮り、《白玉団子》を《収納膜》の中へ次々と放り込んでいく。
リリオリは目を丸くしている。
「凄い能力だな……まったく、君は本当に変わっているね」
******
クルクマの鋭い警告で、意識が目の前の現実に引き戻された。
「来ますよ!」
声と同時に、地を揺るがす爆音が轟いた。
ドゴォォォンッ!
天井からパラパラと土砂が降ってくる。
桁違いの破壊音と地響きに、ゾワリと背中の毛が逆立った。
これ、本当にグレムサKなのか……?
俺の中で嫌な予感が急速に膨れ上がっていった。
次の瞬間、前方で森の一部が派手に吹き飛んだ。
舞い上がる木片の向こうから、ふらふらと飛んでくる影が一つ。
「セ、セレナ!? なんでこんなところに……!」
思わず声を上げた。いや、驚いている場合じゃない。
そのすぐ後ろから迫る、あいつは──!!
「ぐ……」
後の声が出て来ず、俺は口をぱくぱくさせる。
「グ、ググ……」
ぶるぶると震える指先をそいつに向ける。
全身を覆う剛毛に、つぶらな瞳。
巨大な体躯に、異様に発達した長い腕。
「……グラヴォルクじゃねーか!!」
「ウォウッ……ウォウウォウッ♡ ヴォワァァァァ!」
甘ったるい鳴き声を響かせながら、セレナを追いかけている。
セレナはその咆哮を浴びるたびに体勢を崩し、きりもみしながら落ちそうになっていた。
「ああっ、クロ~~!? たすけて~~!」
そのまま俺たちの頭上を通り過ぎ、二人は森の奥へ消えていった。
呆然と見つめる俺に、クルクマが静かに言う。
「賢王でございます」
「どこが賢王だよ!!」
アリの巣での大乱闘が脳裏に蘇り、げんなりする。
だが──あの猿、あの時とはどこか様子が違っていた。
クルクマは、地面に落ちていたグラヴォルクの毛束をそっと拾った。
「やはり、思った通りです。賢王はずばり……恋をしています!!」
ラースはくるりと回転して明滅する。
「どうして分かるのでしょうか!」
クルクマは毛束を頬に当て、うっとりと目を細めた。
「私は、触れた物から断片的な映像や感情を読み取れるのです。
賢王が森で咆哮をしたとき、上から彼女が高速で落ちてきて──ぶつかった。
そして、彼は恋に落ちたのです」
その恍惚とした表情に、背筋がぞわりとする。
「あぁ、違うのです、これはやりたくてやっているわけではないのです。
あくまで賢王の状態を把握するためなのです。仕方のないことなのです」
そう言いながら、クルクマは毛束を大事そうにポケットにしまった。
「クロ様も触らせていただければ、今の考えを読み取れますよ……」
クルクマは手をワキワキさせている。
「か、勘弁してくれ……」
「さて。それでは、ガツンと“分からせて”やってください、クロ様」
ラースは考えるように明滅している。
「さすがに危険なのではないでしょうか……」
そのとき、震えている森人の子供と目が合った。
怯えた瞳が、まっすぐ俺を射抜いてくる。
「いや……大丈夫だ。
助けるって決めたんだ。やってやる!」
俺は短く息を吐いて、駆け出した。
──破壊音の進行方向を横から追い、森を抜けて、先回りをする。
森の向こうで、セレナがふらふらと逃げている。
その背後を、甘ったるい咆哮を響かせながらグラヴォルクが追っていた。
「おい、グラヴォルク! 俺を覚えてるか!」
開けた場所で俺が叫ぶと、グラヴォルクはぴたりと止まった。
その巨躯が、静かにこちらへ向きなおる。
……よし、気を引けた。
俺は収納膜から《白玉団子》を取り出し、モグモグ食べながら近づいていく。
ねっとりとした弾力が歯に絡みつき、ほのかな甘みが口に広がる。
「う~~ん! もっちもちで、噛むほど味が出てくる!
それにこれ、見てみろよ。こんなに伸びるんだな!」
グラヴォルクは、つぶらな瞳でじっと俺を見つめている。
俺は《白玉団子》をちぎっては口に運びながら、そっと距離を詰めた。
「ほら、匂いもいいだろ。もちもちで、そう! お腹に優しい感じがするんだ」
グラヴォルクの足元まで来たところで、俺は静かに足を止めた。
「こういうのってさ……一人で食べるより、誰かと分けたほうが美味いんだよな」
……よし、ここだ!
俺は《白魂団子》を取り出し、そっと地面へ置いた。
「あの時は……悪かったな」
俺はニコッと笑ってみせた。
次の瞬間──
バチィィンッ!!
グラヴォルクの長い腕が振り下ろされ、《白魂団子》は粉々に消し飛んだ。
その顔には、怒りで血管が浮き上がっている。
「全っ然だめじゃねーか!!」
俺の叫びが《断裂の獄域》に響いた。
残る《白魂団子》は──あと一個。
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■クロ
身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》《隠密膜》
尻尾系:《ファントムテール》《スラッシュテール》《ゴーストテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》《ヒールスタンプ》《バーストスタンプ》
ヒゲ系:《ウィズセンサー》《ウィズスピア》
Extra:《跳星バースト》
■ラース
スキル:《マシナリードライブ》《マシナリージャンプ》《マシナリークラッシュ》《ウルトラアルティメット・ギャラクシーバースト》
パーツ:《言語パーツ》《通信パーツ》《観測パーツ》《偏重計測パーツ》
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次回2026/10/10、0:10頃、次話を更新予定です




